都道府県の第2の都市

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都道府県の第2の都市(とどうふけんのだい2のとし)は、各都道府県において、2番目の規模を誇る都市のことだが、多くの県では候補が複数存在する。

第2の都市と言われる要因[編集]

主に以下の条件にあたる場合が多い。

  1. 人口が多い(もしくは、多い時期があった)
  2. 鉄道もしくは高速バス交通の要衝である
  3. 県庁所在地の場合は人口が他の都市より少ない
  4. 県庁所在地ではないが政令指定都市である
  5. 観光や衛星都市要素より生活・生産や行政・文教[注 1]中枢要素の方が強め
  6. 県下での市制施行時期が昭和大合併が始まる前の1952年以前[注 2]でかつ早め

なお、政令市の区を追加する際は、なるべく旧市町村名で追加するほうが望ましい。

北海道[編集]

1位は札幌で確定であろう。

旭川市[編集]

札幌方面と鉄道で接続し特急カムイが30分に1本運行されているのと、札幌以外では道内で唯一の30万超都市であり候補地となる。

函館市[編集]

道南地区の代表都市で、路面電車も存在するため、こちらも候補地となる。

苫小牧市[編集]

札幌、旭川、函館の3強に割って入ったような感じで勢いの著しい工業都市。

小樽市[編集]

かつての第2の都市の候補地。今は見る影もないが、戦前は金融と港で活気ある街だった。石原裕次郎が幼少期を過ごす。

東北地方[編集]

青森県[編集]

青森市が県庁所在地であるが、明治以降の新興都市であり、ある意味弘前や八戸が伝統的な大都市であった。

弘前市[編集]

弘南鉄道が通り、国立大学が設置され、古くから栄えていたため青森市の次の候補となる。

青森市[編集]

県庁所在地ではあるが、古来より弘前の外港としての位置づけで、空襲で官立医専や師範学校も弘前に疎開移転したため、ある意味弘前の次とも言える。

八戸市[編集]

南部地域最大の都市で新産業都市に指定されて工業で栄え、四年制私立大学2校と国立高等専門学校を抱え文教面で中枢性が高い。こちらも新幹線駅や八戸線が通る交通の要衝だが、「あまちゃん」放送後は、舞台の久慈市に近接した便乗で観光需要要素が大きい。そのため、弘前市には及ばない可能性が高い。

岩手県[編集]

盛岡市が一位で確定だろうが、県の北に寄りすぎなのでやや微妙な面もある。

北上市[編集]

横手に通じる北上線の起点の街で新幹線駅も開業時に開設された。

花巻市[編集]

北上の永遠のライバル。大谷翔平の出身校のある街。三陸海岸に通じる釜石線の起点の街で北上に先を越されたのに怒って2年後に新幹線駅を開設。

奥州市[編集]

水沢市と江刺市が連合を組んで、内陸第2の都市戦線に割って入った市。連合の成果は県下2番目の人口の市となって出た。

釜石市[編集]

最盛期の人口は現在の約3倍近くの約9万あり、「鉄の街」時代なら、岩手県第2の都市戦線にいてもおかしくなかったと思われる。

遠野市[編集]

明治初期は県第二の都市であった様子。

一関市[編集]

人口では県第3位の都市。だが岩手最南端で中尊寺もぎりぎり平泉町にある為、観光面においても交通面においても第二の都市とは言えぬが、暮らしやすさでは第二とも言える。

秋田県[編集]

秋田への一極集中が進んだ結果、他の都市の人口は10万未満であり、平成大合併以前の市制市全てに税務署があって、突出した市はない。

横手市[編集]

かまくら祭りとB級グルメの横手焼きそばに支えられている都市。県内陸部では最多の人口である。田沢湖線で改軌工事が行われていた期間は大曲市に代わり、岩手県への玄関口にもなっていた。

大館市[編集]

鉱山を背景に、県北部ながら秋田以外で人口10万に迫る市…だったが、鉱山閉山で斜陽化した。県の行政機関の大半は鷹巣に置かれて、意外と中枢性に乏しく、また、空港が遠いのも惜しい。

大仙市[編集]

大曲市が7町村を合併して、突如第2の都市候補にのし上がった市。秋田新幹線がスイッチバックすることで、交通面で内陸南部の2市よりアドバンテージを得ることに成功した。ただ、文教面では、難関大進学実績が良い県立湯沢高校のある湯沢市より分が悪い。

能代市[編集]

県北部の中心都市とされるが、官公署の殆どが山本地域(旧・山本郡域)のみの管轄で県北部全域を傘下にしていない。

山形県[編集]

酒田市[編集]

庄内地域というか県内の第2の都市の地位を鶴岡と争っている。なお、県内移動目的の鉄道交通の便は陸羽西線の存在もあり鶴岡よりは良い。

鶴岡市[編集]

庄内地域というか県内の第2の都市の地位を酒田と争っている。なお、酒田に無い山形大の農学部キャンパス、工業高等専門学校といった学術面や元放送局下がりのNHK支局があることで酒田をややリードしている。県内陸地域への鉄道交通は余目を遠廻りするため不便だが、路線バス発祥の高速バスで充分カバーできており、上越新幹線が発着する新潟への交通の便は良い。

宮城県[編集]

石巻市[編集]

漁港と工業で、仙台以外の県下の市で最初に人口10万超になった市。現在も人口は県下第2位である。

大崎市[編集]

古川市が平成大合併で周辺町村を合併しまくって、突如県内第2の都市候補に踊り出た市。後背地は石巻市よりも広い。

福島県[編集]

一位は実質郡山市であろうが、県下人口最多の都市はいわき市。県庁所在地は福島市。

いわき市[編集]

人口トップで隣県の北茨城市を商業面で傘下に置いていることもあり、規模的に言えば郡山に次いで福島を抜く東北トップレベルの都市。もっとも、県庁所在地ではなく、映画『フラガール』ヒット以降「スパリゾート・ハワイアンズ」の観光アピールが強くなっていることに加え、そもそもいわき市は多角都市であるため、商業資源も観光資源も市内各地域に散在し、市内で最も大規模の平市街地が大黒屋百貨店があった頃より商業面で衰退している点が難点である。
文教面では福島工業高専や県下有数の進学校の磐城高や磐城桜が丘高があって中枢性が高く、産業面では前述の八戸同様に新産業都市で各地に多くの工場が進出しており、2023年1月時点での製造品出荷額は東北1位となっている。

福島市[編集]

いわき、郡山の二強争いからトップ戦線に加われず、県庁所在地ながら、必然的に第2の都市候補になる。文教の街と銘打ち、福島大学や古関裕而記念館を併設した音楽堂なども所在しているが、いかんせん地味。市内の飯坂温泉は県外からの評判も高く、日本の道100選に選ばれている磐梯吾妻スカイラインにもアクセスしやすい立地であり、市の中心部には福島競馬場があるなど観光資源も豊富である。しかし、やはりどこか地味である。

会津若松市[編集]

福島県最初の「市制市」としてのプライドのある市。鶴ヶ城を始めとする観光資源もあり、猪苗代とも面しているため外部から見る福島県のイメージ戦略上の強みがある。

白河市[編集]

江戸時代の中通り最大都市。

関東地方[編集]

栃木県[編集]

一位は宇都宮市一択。第2の都市候補には、日光市も鬼怒川温泉等を抱えているため候補に入れたいところだが、どう見ても観光で支えられているため一覧から外す。

小山市[編集]

人口だけなら県下第2位だが、宇都宮線の通過地という雰囲気もある。

栃木市[編集]

元栃木県庁所在地というプライドを捨てていない市。

足利市[編集]

室町幕府を開いた足利氏の発祥地、西洋に認知された「東洋のアカデミー」足利学校や県内経済を牛耳る足利銀行の創業地のプライドを捨てていない市。

鹿沼市[編集]

明治初期は県第二の都市であったみたい。

群馬県[編集]

一位を、県庁所在地の前橋市とするか、交通の要衝である高崎市とするか微妙。

高崎市[編集]

県庁所在地の前橋市を第1の都市とした場合、次の規模に当たるのが高崎市である。高崎自体は交通の要衝でもあり、新幹線も停車する。

前橋市[編集]

高崎市が群馬県最大規模の都市で県庁所在地の前橋市より規模が大きいという意見も存在する。前橋市には普通列車しか来ないため、もはや、楫取素彦によって県庁を移転させられた高崎に県庁を戻して良いと言えなくもないが、県庁所在地一極集中抑止の観点からすれば、逆に今のままで良いかもしれない。

太田市[編集]

日系国外出身者と平成大合併で突如県下人口第3位にのし上がった市。東武3路線が集中して間違いなく交通の要衝で、SUBARUの企業城下町のため、生産都市面も大きい。群馬大学も太田にキャンパスを構えている。

茨城県[編集]

一位は水戸市の様にも見えるが、つくば市に勢いがあり、どちらとも言えない。昭和の時代は、日立市も一位クラスの都市であった。

取手市[編集]

東京通勤圏に最も近く、関東鉄道常総線沿線の発展も目覚ましいため即刻候補に上がる。ただ、文教面は東京芸大のキャンパスや私立の江戸川学園取手高等学校はあるものの、隣県特例で千葉県立高校に進学できることや土浦市に公立の有数の進学校の土浦一高があるため、中枢としては弱い。

つくば市[編集]

学術研究により発展した都市。もっとも「これからはクルマだ」のモータリゼーションの時代に関東鉄道筑波線(1985年廃線)の存在を無視してアメリカンに計画された新興都市のため、オイルショックを経て公共交通の貧弱さが露呈。東京や守谷とのアクセスの悪さは改善されたが、つくばエクスプレスの水戸接続がボツになっても、土浦接続がいち早い望まれる状況である。

日立市[編集]

高度成長期、人口は鉱山も抱えた日立市が県下一番で水戸は県下2番目だった。その後、鉱山の閉山や日立製作所の事業構造の変化で日立は年々斜陽化して、今や、つくば市にも抜かれてしまった。

古河市[編集]

室町時代に古河公方が置かれたことで有名で、昔から県有数の大都市であったが、今は影が薄い。

神栖市[編集]

平成大合併で成立の新興都市。人口9万と鹿行地域でトップで、工業生産面で中枢ながら、文教面は完全に清真学園のある鹿嶋市や隣県特例で進学できる香取市銚子市の方が中枢で、工業以外の影が薄い都市鹿島臨海鉄道の神栖駅を旅客化すれば…と一見感じるが、高速バス『かしま号』が停まる鹿島セントラルホテルが交通の中枢になっていて、東京との交通の便は非渋滞時には良い。

埼玉県[編集]

県庁所在地のさいたま市は東京のベッドタウン色が強く、一位を決めるのが難しい。歴史的には川越市が大都市であったが、現在はさすがにさいたま市の方が栄えている。

さいたま市大宮区浦和区[編集]

大宮(旧大宮市)は経済・交通の中心地、浦和(旧浦和市)は埼玉県庁やさいたま市役所など行政機関が集中する政治の中心地。どちらかと言えば大宮が第一の都市と言われることが多い。以下はさいたま市を第1の都市とした場合の第2の都市候補。

川口市[編集]

過去、人口だけでは埼玉県一位の時期もあったが、浦和、大宮、与野の大同合併で、第2の都市候補に陥落した印象大。

川越市[編集]

腐っても、江戸の北の守りの城下町と県下初の市制市のプライドを捨てていない蔵つくりの街。

熊谷市[編集]

埼玉県北部の中心都市。人口は川口、川越、所沢などより少ない。熊谷地方気象台があり、気温の暑さで有名。

行田市[編集]

埼玉県北部のかつての中心都市。埼玉県の県名の由来も行田市から来ている。

千葉県[編集]

千葉市、船橋市、柏市いずれもそれなりの拠点性があり、一位を決めるのはやや困難。もっとも、千葉市のみは政令市である。

船橋市[編集]

東京通勤圏内に入り、非公式ゆるキャラふなっしーが現れるレベルに梨の栽培も盛んな農業都市のため、すぐさま候補に入るが、地裁家裁支部が無く中枢性にやや欠けるのが難点。

松戸市[編集]

船橋市に次ぐ県下人口3位で、常磐線沿線地域を管轄する地裁家裁支部、県の東葛飾地域振興事務所、流山、鎌ケ谷を管轄下に入れる税務署があって意外にも柏市より中枢性があり、日本で初めて市役所に「すぐやる課」を設けた進取性もある。ただ、文教面では、公立有数の進学校の県立東葛高校のある柏より分が悪い。

君津市[編集]

製鉄などの重工業で発展した都市候補。特急さざなみ定期列車の終点でもあり、東京通勤圏内に入れることもできる。

東京都[編集]

すでに第一位が千代田区か新宿区か、あるいは23区全体なのかで揉める。

千代田区[編集]

都庁所在地新宿区を第一の都市とする場合、国会議事堂首相官邸最高裁判所といった国家権力の最高機関が並び国の中心部である当区を第2の都市として扱って良い。

中央区港区[編集]

国会議事堂や中央省庁、皇居がある千代田区を第一の都市とする場合、千代田区とともに都心部を形成する中央区と港区、もしくは日本最大級の繁華街である新宿が第二の都市といえる。

新宿区[編集]

国会議事堂や中央省庁、皇居がある千代田区、および江戸開府以来の中心市街地である中央区を第一の都市とする場合、日本最大級の繁華街である新宿が第二の都市といえる。

品川区[編集]

交通の要衝としては規模が大きいし、一応江戸時代は江戸から独立した宿場町とされ、都内第二の都市であった。

八王子市[編集]

江戸時代以来の都内第二の都市。東京23区をまとめて第1の都市として扱う場合、独自の経済圏を築いており、東西南北と比較的交通の便が良い八王子市は第2の都市候補として挙がるが、子分に隣県の相模原市の与瀬、藤野といった地域を抱えていることも寄与しており、人口増は1964年に合併した旧・由木村域が多摩ニュータウン建設や中央大学東京薬科大学などの大学移転の恩恵を受けた部分が結構大きい。

町田市[編集]

都下3位の人口を誇る。小田急のおかげで、町田駅は相模原市の玄関口と揶揄されるくらい、政令市であるはずの相模原市を後背地に持つ多摩地域随一の商業地となった。そもそも相模原市が政令市になれたのは、戦時相武台軍都構想の名残で、住宅供給にいくらでも割けるほど面積が広いからであるが。

立川市[編集]

人口だけだと西東京市よりも少ないが、地方検察庁支部、地裁家裁支部といった多摩地域全体を管轄する官公署があり、行政面で都下第2の都市の位置付けが強い。

神奈川県[編集]

第1の都市は横浜で確定して良いが、政令市が横浜含め3つもありややこしい。

川崎市[編集]

県庁所在地横浜市に並ぶ政令指定都市の1つとして第2の都市候補に挙がるが、もはや横浜と、京浜工業地帯の一角として経済圏を共同で築き上げており、このまま確定してよいかは微妙。なお政令市といっても、実体は川崎市・小杉市・溝の口市・百合丘市の寄せ集めに近い。

相模原市[編集]

横浜、川崎と並ぶ政令指定都市の1つ。交通の便は、川崎と比べると比較的悪いが、横浜中心部とは異なる経済圏が築き上げられているように見えるが、前述のように「町田の子分」の印象も拭えない。ついでに、相模原市の面積のうちの約77%は、「八王子の子分」も含み、あの一面のクソミドリで名高い緑区であるが。政令市になれたのは、第二次大戦時の相武台軍都構想で大規模合併を行い、住宅供給にいくらでも割けるほど面積が広いからであり、実質「西町田市」である。

小田原市[編集]

神奈川の西の都として、室町時代後期に後北条氏が拠点として治めた。徳川家康が江戸に領地を移されるまでは、関東・東北含め最大級の都市であり、江戸時代に入ってからも老中が治めた土地になるなどして天下の大都市として栄えた。が、小田原城廃城後は市の大都市化が衰え始め、現在では神奈川第二の都市という分類に入るわけだが、それでも立地的な立場で第二の為、政令市でないなど他の立場から見ると微妙である。

中部地方[編集]

山梨県[編集]

山梨県はそもそも甲府市がずば抜けて県内の中で最大都市なので、他の市町村はだいたい人口が同じという点が挙げられる[注 3]。しかも、その甲府市の人口は東日本では一番少なく、西日本の中でも少ない鳥取市山口市と県単位でビリ争いが起きるくらい少ない。

そのため、山梨県の第二の都市を決めるのは困難である

甲府市は昔20万都市と言っていたのに…。

なお、「6番」の県下市制が1952年前に始まったのは甲府市、富士吉田市の2つであるため、6番の基準から行くと富士吉田市、人口から行くと甲斐市、交通の便から行くと大月市が第二の都市と言えるが、山梨県は中西部(御坂峠以西)は全て甲府市で用が足りてしまうことからここでは東部地域・富士五湖地域のみとし、中西部は省略させていただく。

大月市[編集]

富士急行線の直接的な分岐点であり、富士吉田・河口湖などへのアクセス拠点であること、郡内地域を管轄する税務署があることや東京から出て初の県内特急停車駅であることから候補となるが、人口に関しては後述の富士吉田より少ない。

笑点ではよく「大月市出身の三遊亭小遊三」と「埼玉県の秩父市出身の林家たい平」と張り合うこともあるが、秩父市にはJRの駅がなく交通の便が大月より悪い一方、人口は秩父市が約6万人と大月市の約2.1万人より多いためある意味引き分けと言えよう。

富士吉田市[編集]

第2の都市候補になりそこね感の大きい市。まがりなりにも、戦前までの「1県1市」の牙城を昭和大合併前に崩した、県下2番目の市制施行地。YBSラジオの中継局が県内で最初に設けられた。大月には無い地裁家裁支部や簡易裁判所がある[注 4]。惜しむらくは、折角県下で2番目に市制を敷きながら、その後人口が減少したことと、明治の段階で構想されながら、国鉄(JR)が通じなかったことであろう。

なお、富士吉田市は甲府市の「甲府都市圏」と並んで東部・富士五湖地域の中で唯一都市圏を持っており、上記の大月市を含めた大都市圏ができている[注 5]

詳細は「富士吉田都市圏」を参照

長野県[編集]

全国の中でもトップ5に入るほどの大きさを持つ県。「北信・東信・中信・南信」の4つに分けることができる。ここでは、各地方から1つずつ、県庁所在地の長野市(北信)を含め候補を上げるえってか松本が県庁所在地じゃなかったの

松本市[編集]

上高地の事実上の玄関口で、寺内町発祥の県庁所在地の長野と違い松本城があることから、城下町、筑摩県庁、(旧制)長野縣立第一中學校が置かれていた中信の由緒正しき都市として知られている。新幹線は通らず中央線快速区間の特急の鈍速ぶりから東京との交通に不満を持つ人もいるが、甲府・名古屋からのアクセスも悪くはない。

長野市[編集]

由緒正しき城下町発祥の松本の方が長野より第1の都市にふさわしいという意見もある。こちらは新幹線も通り、南北の交通や名古屋からのアクセスが良い。かつては、白馬・南小谷など北安曇地域へのアクセスが悪かったが、オリンピック道路の完成でバス交通が格段に便利になって交通流を一変させ、特急「あずさ」の大糸線内の減便を招いた。しかし、治部坂高原など下伊那郡国道153号方面とのアクセスはなお悪い。
ちなみに、江戸時代は長野市の中心部より長野市松代町の方が大都市であり、1966年にこの松代町、篠ノ井市や川中島町などを大型合併したことが、人口で松本市に差をつけ、30万を超えたことにかなり貢献している。

上田市[編集]

長野市、松本市と並んで地方私鉄が存在し、松本市に無い新幹線駅がある。真田幸村にゆかりのある東信の都市でもあるが、松本に比べると県中南部との交通の便はかなり悪い。

飯田市[編集]

車のナンバープレートでご当地ナンバーが付けられず、未だ松本の子分状態だが、曲がりなりにも南信初の10万超都市。鉄道交通は国鉄分民化頃から不便だが、高速バスは名古屋、東京、長野ともに便が良い。

また、リニア中央新幹線三遠南信自動車道が開業した場合はさらなる発展が見込まれるものと期待(逆にリニアはストロー効果も憂慮)されており、今後が特に注目される。

新潟県[編集]

1位は政令市の新潟市で確定となる。

長岡市[編集]

新幹線の通る駅として、糸魚川や上越と比べても栄えており、第2の都市の候補になり得る。ただし、ほぼ新潟経済圏に入りつつあるので確定してよいかは微妙。

上越市[編集]

新潟県西部の代表都市。長野方面と北陸方面への分岐点であり、新幹線も通り、かつ糸魚川と比較した場合糸魚川の過疎化がとにかく深刻と思われるので、こちらも第2の都市の候補に入れて良い。

旧・新津市[編集]

現在の新潟市秋葉区の一部だが、上越新幹線が通る前は古くから交通の要衝として栄えていた。

富山県[編集]

第一、第二と富山、高岡で確定なように見える。

高岡市[編集]

北陸の3県庁所在地共々「明治第1期市制市」で、県下の他の都市と比較しても、生活需要が高く、路面電車や新幹線駅も存在するため、必然的に候補に挙がる。というか他は観光需要ばかりで候補から外れるような…。

石川県[編集]

第一は金沢で確定して良い。

小松市[編集]

石川県で最初に人口10万超になった市だが、小松空港があることから、北海道の千歳のような「金沢の空の玄関」的なポジションとなっている。大手重機メーカー小松製作所のお膝元でも知られる。明治初期の頃も、県第二の都市であった。

七尾市[編集]

人口こそ、小松の半分以下だが、能登地方の中核的都市としてゆるぎない。

白山市[編集]

加賀第2の都市戦線に突如参入した都市。松任市が手取川上流、白山の麓まで広域の平成大合併したため、人口で県下第2位となった。[注 6]ただ、車両基地がありながら北陸新幹線延伸区間に駅を誘致できなかったことがマイナスに影響しそう

福井県[編集]

1位は福井で確定と言える。県下人口2位の坂井市は福井の子分色があり、鯖江以外の他の市を見ると観光産業で栄えているか、あるいは半ば廃れ気味に見える自治体が多い印象がある。

鯖江市[編集]

眼鏡産業で支えられ、文教面でも福井工業高等専門学校が所在する都市。必然的に鯖江市が勢い的に第2の都市候補となる。

越前市[編集]

越前府中からの由緒があり、人口も鯖江より多く、新幹線駅も開業見込みで南越の交通要衝候補である。しかし、「鯖江のメガネ」のような他県にインパクトのある産業に乏しく、たけふ菊人形ボルガライスといった観光面で栄えている印象が大きく、武生の市名を捨てて越前がにが名物の北西の越前町との混同があるのが難点。

敦賀市[編集]

今や「京阪神新快速の北の終点」だけの印象が強いが、明治初期に、現在の県域で敦賀県の県庁が置かれたり、大正期は貿易を背景に、大和田伸也兄弟の先祖が「大和田銀行」を設立して、北海道の小樽のような「金融と港の街」で、意外にも戦前に福井市に次いで県下で2番目に市制施行している。

小浜市[編集]

旧若狭国だと最大の都市だが、「嶺南」という枠組みでは敦賀の下風に立たされている。

静岡県[編集]

第一、第二と静岡・浜松で確定と言えよう。いずれも政令市、かつ家康により築かれた由緒正しき城下町が発祥である。

浜松市[編集]

対抗できる都市がない。県庁所在地の静岡市と並び政令指定都市となっているため、他の都市は足元にも及ばない。浜松は静岡市とライバル関係であることが知られ、平成の大合併では清水市を合併した静岡市に対抗するため、[Jokeこの一文には冗談が含まれています。真に受けるかどうかはあなた次第です。]浜北市天竜市などと合併し、越県合併が可能になれば、西隣の豊橋市を呑みこんで百万都市にできるくらい[Jokeこの一文には冗談が含まれています。真に受けるかどうかはあなた次第です。]、超巨大になった。

沼津市[編集]

平成の大合併で候補から外れた、東部地区の代表都市。現在ではラブライブ!サンシャイン!!の聖地といった観光需要も高いが、ららぽーと沼津などの生活需要も欠かせない。もっとも、静岡や浜松に負けじと三島市や裾野市、富士市、富士宮市や駿東郡などを合併していれば、第2の都市の候補として残っていたのかもしれない…

旧・清水市[編集]

平成大合併前に静岡と経済圏を共同で築き上げていた1市。すでに静岡市の清水区として飲み込まれている。

伊豆の国市韮山[編集]

かつての田方郡韮山町韮山のこと。江戸時代は代官所があって伊豆地域の中枢だったが、県統廃合で足柄県が消滅してからは中小自治体で平成大合併まで推移した。ちなみに、静岡県で県立旧制第三中学は沼津でなく韮山に設置された。

愛知県[編集]

第一は名古屋で確定だが、世界のトヨタにモーニングセット、さらには新興住宅地など多数の都市が第2候補として注目を浴びる。
下記の4市の他、愛・地球博記念公園以降生活圏として発展した長久手市、名鉄豊田線沿線で人口も増え気味の日進市みよし市、さらには誰も気にしない新幹線駅があるものの日本のデンマークとまで言われる農業先進都市である安城市なども候補に挙がるが、すべて名古屋、あるいは以下の4市いずれかの経済圏内に入ってしまうため、以下の4市が特に候補となり得る。

一宮市[編集]

モーニング発祥の地とされる一宮市。東海地方の速達輸送を担う新快速名鉄特急がそれぞれ尾張一宮駅名鉄一宮駅に停車する。アクセスが比較的よく、人口も多く、平成大合併で尾西市と木曽川町を合併したため人口で豊橋を抜いたが、名古屋の経済圏に入っており、第2の都市と言えるかは微妙。もっとも、文教的面では、旭丘に次いで尾張圏内で2番目に偏差値の高く、かつ2022年度の東大合格率が県内随一の愛知県立一宮高等学校があり[注 7]、その観点からも候補に入れて良い。

豊田市[編集]

世界のトヨタと言われるトヨタ自動車のお膝元であり、トヨタ関連の事業を始めとする産業地帯が形成されていて、圧倒的な存在感がある。名古屋からも比較的近く、「愛知の道は豊田に通ず」と言われるくらい県内の四方八方に一般道路が通じる。
公共交通は、豊田市駅と鉄道連絡できる名鉄三河線もしくは名鉄西尾線との交点に新幹線新駅ができなかったため、新幹線での往来が概ね不便だが、2027年頃に開業するリニア中央新幹線に合わせて、名古屋から豊田まで乗り換えなしで行ける特急が名鉄によって計画中である。
市制は戦後で市制直後はさほど大都市では無かったが、1960年代後半に高岡、上郷、猿投、松平の4町を合併して広域化し、平成大合併では、観光地の足助、稲武や藤岡町、小原村、下山村を合併して、人口で名古屋市に次ぐ第2位に躍り出た。

豊橋市[編集]

1906年の市制施行以来、三河のリーダー的存在で、1932年の1町3村合併時は千葉市やまだ市制が敷けなかった浦和町よりも人口が多かった...のだが、昭和大合併八名郡が消滅したため、浜松市のように北に市域を拡大できずに平成大合併に与せず、前述の豊田市などの急成長もあり存在感が徐々に下がってきている。名古屋駅から快速など速達列車1本で行ける東端で、一部が浜松まで直通するものの、基本的に豊橋駅が終点。新幹線のひかりが停車するが、ごく一部の三河民以外は名古屋駅からのぞみに乗車するのが現実である。路面電車が走っていることや30万超都市なのに農業出荷額が多いことが特筆される。名古屋から若干遠いため独自の経済圏を形成し、共に県庁から遠隔地の三遠南信の連携こそ真の姿...と言えなくもない。

岡崎市[編集]

徳川家康に縁があるとされる[注 8]由緒正しき城下町由来の都市。観光都市としては東海オンエアの勢いに食われている一方、公式キャラクター「オカザエモン」が有名。味噌がすごい。
公益・文教面では、法務局支局、中部電力、県立岡崎高校で三河全体を手下にしている。
交通面では、名鉄の東岡崎駅とJRの岡崎駅はとても距離が離れ、名前の割に、岡崎市街地に近いのは名鉄東岡崎駅や愛知環状鉄道(元国鉄岡多線)中岡崎駅である。また、南隣の幸田町に新幹線新駅ができなかったため、新幹線での往来が不便である。

旧・熱田町[編集]

今の名古屋市熱田区のことだが、江戸時代から明治初期にかけて、県内第二の都市であった。熱田神宮の門前町であるが、尾張藩随一の港町、東海道唯一の海路の東側の港・宿場町として栄えていた。現在でも、名鉄最大の分岐駅である神宮前駅がある。

岐阜県[編集]

鉄道といった公共交通の便が第1の都市の岐阜市含めて比較的悪いが、世界のトヨタ様の影響によるクルマ社会で旧・美濃の国の都市を中心に候補が挙がる。なお明治初期は、岐阜より高山の方が大都市であったらしい。

大垣市[編集]

水の都として歴史があり、産業面では十六包囲網に屈しない大垣共立銀行や全国の物流界を席巻している西濃運輸があり、文教面も岐阜経済大学があるため候補となり得るが、新幹線駅を羽島市に取られ、特急「ひだ」も大垣への往来に便利な逆ヤマの運行がないため、南北の交通の利便性がやや悪いのがデメリットとなる。

多治見市[編集]

太多線の分岐があり、名古屋通勤圏内にも入っており第2の都市としてふさわしい出で立ちをしているが、飛騨地方との鉄道での往来は乗り換えが必要なのがデメリット。

各務原市[編集]

名鉄各務原線が通っており、かつ飛行場もあることから候補になり得るが、JRの路線が非電化であることや文教面で岐阜市への流出が大きいことから、勝負上劣る。

高山市[編集]

税務署などの行政面や白線流しの斐太高校や整備士界では名門の高山自動車短期大学を抱える文教面で中枢性は高いが、小京都での観光需要と旧・飛騨の国最大規模ばかりが目立ち、とても多治見・各務原・美濃加茂など旧・美濃の国の各都市には及ばない。

三重県[編集]

すでに第1の都市が四日市と津で揉めている。

四日市市[編集]

県庁所在地の津市を第1の都市とした場合、その次に栄えている都市にあたるのがこの四日市市である。こちらは市の代表駅がJR含めすべて電化されている。
しかし、25万超都市の割に、四年制大学の新設が伊勢市よりも遅れ、文教面での中枢性はそれほど高くないのが難点。

桑名市[編集]

名古屋への近さと西桑名ネオポリスや大山田といった丘陵団地が名鉄BCと高速バスで直結することから、名古屋経済圏内に入ってしまう候補。市内の鉄道路線は全線電化されており、後述の津市よりは古くから発展してきたものとみられる一方、三重交通の団地直結高速バスの前では電化などの近代化は無力である。

津市[編集]

四日市市の方が栄えており第1の都市にふさわしいものと考えた場合、県庁所在地の津市が第2の都市候補になる。
こちらはJRの津駅が非電化であることや、公共交通の利便性も比較的悪めであることから四日市より栄えていないものと考えて良い。一方、「伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ」と言われた伊勢神宮の入口かつ安濃津藩城下町かつ国立大学所在地のプライドを捨てておらず、国土交通省から走行中乗務員引継でお叱りを受けたため、近鉄の名阪甲特急は四日市通過、津停車となる点では勝る。

ちなみに、一時的に、甲府、鳥取、松江、山口と共に県庁所在地ビリ争いの渦中にあったが、久居市や周辺町村を呑みこんだため、人口も県下2番目となり、ビリ争いからも離脱した。

松阪市[編集]

久居市合併前は、津市や鈴鹿市と県内第2の都市を争ったが、津市より小型合併になって、人口では津に差を付けられた。三井の発祥地らしく商業面で東紀州を傘下とし、商圏は津市より広い。

近畿地方[編集]

滋賀県[編集]

一位が大津市と言えるかは微妙だが、まあ妥当だろう。

草津市[編集]

湖南地域で最も栄えている都市。アウトレット等で生活需要がかなり大きい。また、特急ひだが通過する大津と異なり草津駅は停車となる。

彦根市[編集]

湖東地域で最も栄え、滋賀大学滋賀県立大学の本部があり、譜代大名の井伊氏の影響もあり由緒正しい都市である。滋賀県庁を彦根に移し、大津市は京都市大津区でいいという移庁論を唱える人もいる。

長浜市[編集]

かつて交通の要衝として栄えた。文教面では、湖北の進学校がある虎姫町に負けていたが、虎姫町を合併したことで、文教面で彦根市と対等の中枢性を得た。現在では観光需要が大きいと思われ、そうすると候補から外れる。南隣の米原市も、現在の県下の交通の要衝ながら、新興都市であり栄え方が控えめのため、候補どころか一覧からも外して良いように思われる。

京都府[編集]

一位は京都市一択。

宮津市[編集]

古くからの城下町で、田辺(現在の西舞鶴)と並ぶ日本海側最大級都市であった。しかし1904年に舞鶴に官設鉄道が通じても、宮津は海運輸送が中心で、1907年鉄道国有法で瀬戸内側の山陽鉄道が国有化したことで、日本海側の官設鉄道の延伸は立ち遅れ、宮津線開通は1932年と昭和に入ってからになり、結果、主要通過交通路から外れたため、現在の拠点性は低い。

舞鶴市[編集]

西舞鶴は田辺城の古くからの城下町で、宮津市と並ぶ日本海側最大級都市で、東舞鶴は軍港としても有名であり、明治年間の1904年にいち早く舞鶴線が官設で通じた。しかし1907年の鉄道国有法で東舞鶴から東への延伸は遅れ、小浜線の全通はそれより14年後の大正期で主要通過交通路にならなかっため、現在の交通面での拠点性は低い。しかし、府下唯一の舞鶴工業高等専門学校があるため、文教面の中枢性はそこそこある。

福知山市[編集]

日本海側最大の交通の要衝。元々は宮津や舞鶴よりやや小さめの町であったが、まず、私鉄の阪鶴鉄道が1899年に開通して鉄道が通じ、1904年に舞鶴、1911年に和田山方面へ官設鉄道が通じた。その後、山陰本線のル一ト上で福知山線を分岐する福知山に、戦時中、鉄道省の大阪鉄道局福知山管理部が置かれ、北近畿の中心となった。

旧・伏見市[編集]

今は京都市伏見区となったが、長年酒造りが盛んな府第二の都市であった。しかし、近鉄・京阪とも特急が停まる様になったのは平成中期頃で、現在表玄関駅と言える丹波橋駅も拠点性が低く、府第二の都市としては物足りない。

宇治市[編集]

候補がこれだけ挙がり、「府下の人口第2位はウチ」と標榜しても、イマイチインパクトに欠ける市。

奈良県[編集]

一位は奈良市が妥当。

大和郡山市[編集]

県最大の城下町で、江戸時代は奈良と並ぶ二大都市であった。現在は近鉄特急が止まらない上に、平成初期はJR大和路線の快速も通過し、影が薄い。

橿原市[編集]

文教面で奈良県立医科大学や国立橿原考古学研究所があり、市内の近鉄の2大ターミナルの大阪線の全ての乙特急が停車する大和八木駅と南大阪線の橿原神宮前駅がある県内最大の民鉄交通の要衝である。反面、JTB時刻表で代表駅であるJR畝傍駅のポジションは桜井や高田より著しく低い。

大阪府[編集]

一位は大阪市一択だが、梅田を第二位とするなら、難波のある大阪市中央区が第一位。

堺市[編集]

豊臣秀吉の時代に大坂に抜かれ、明治期に堺県の県庁を喪失して以降、現在まで一貫して府第二の都市。今は大阪のベッドタウンになったためJR特急や南海ラピートαは停車しない。

大阪市北区(梅田)[編集]

大阪府内は大阪市外にこれといった大きな拠点が無く、ある意味、大阪市内の梅田と難波(中央区)が府の二大都市。大阪のキタ、ミナミと呼ばれ、文化もまるで異なり、ある意味別の都市。難波の方が栄えている気がするし、梅田が二番だろう。

吹田市[編集]

道路交通の要衝。中国、名神、近畿道のジャンクションがある。日本屈指の名門大学である大阪大学の、理系中心のキャンパスも吹田市にある。

豊中市[編集]

伊丹空港の事実上の所在地である他、日本屈指の名門大学である大阪大学の、文系中心のキャンパスが豊中市にある。

兵庫県[編集]

一位は神戸市が妥当。

姫路市[編集]

大本命。実質的に、県の西半分の県庁所在地という感じ。本当は、県庁所在地になってしかるべき都市、および後述の米子市のように兵庫県域民間放送局の本社があってしかるべき都市だが、幕末の姫路藩が幕府側であったこと、明治新政府の神戸優遇政策によりずっと県第二の都市に甘んじている。

なお、江戸時代も、姫路より兵庫の方が大きな町で、かつ兵庫の町に至っては羽柴秀吉の姫路と異なり平清盛時代から栄えていたため、昔から二番であったのは確かである。

ちなみに、戦前に県庁所在地以外では数少ない旧制高校の官立姫路高校があり、兵庫県立大学も姫路にキャンパスがあって、文教面では結構中枢性がある。

尼崎市[編集]

県都神戸を大きく超える人口密集地で、人口密度が県内でもトップクラス、人口も姫路市に匹敵する。しかし、実態は大阪の植民地であり、名門の学校も少なく、拠点性は低い。JR・阪急・阪神で駅も分かれていて市の中心も分散していて、1997年までJR新快速・快速、2009年以前は阪神特急も通過していたし、阪急特急は今も止まらない。

西宮市[編集]

県都神戸を大きく超える人口密集地で、山間部以外での人口密度が県内でもトップクラス、人口も姫路市に匹敵する。しかし、実態は大阪の植民地であり、拠点性は低い。JR・阪急・阪神で駅も分かれていて市の中心も分散していて、JR新快速は堂々と通過する。

ただし文教面では、関西学院大学をはじめ多くの私立大学・高校があり、灘と並ぶ県内一の集積地となっている。神戸大学のある灘と異なり、国公立の名門校は少なく、圧倒的に私立校中心なのが西宮である。さらに、学習塾の充実度は圧倒的に県内トップであり、文教都市としては県内最大である。

豊岡市[編集]

日本海側最大の都市ではあるが、日本海側自体の人口が少なく、都市の規模も小さく、第二の都市とは言えない。

和歌山県[編集]

一位は和歌山市一択。

田辺市[編集]

南西部の中心。

新宮市[編集]

南東部の中心。

中国地方[編集]

岡山県[編集]

一位は岡山市一択。

倉敷市[編集]

岡山と張り合う備中最大都市で、第二位の本命。観光地としても有名で、特急やくもも停車し、山陰からのアクセスも良い。人口も多いが、これは1953年に工業が盛んな水島、1967年に児島、玉島両市を合併できたことが大きい。

津山市[編集]

北部の最大都市。城下町として栄えたが、今は倉敷と比べて影が薄い。

美作市林野[編集]

かつての英田郡美作町林野のこと。現在は、津山以上に影が薄いが、江戸時代に「作備地方の倉敷」と言えば英田郡の当地で、前述の都窪郡の倉敷よりも繁栄していた。

鳥取県[編集]

米子市[編集]

「山陰の大阪」と通称され、鳥取県で唯一電化路線の通る「市」、全国的に珍しい2県エリアのラテ兼営民放局のある都市である。水木しげるの生誕地で有名な境港を子分に従えている。

余談だが、鳥取市自体も人口が前述のごとく甲府・山口と県庁所在地内のビリ争い[注 9]を繰り広げてしまうほど少なく、第2の都市はほぼ米子で確定と言えよう。

広島県[編集]

1990年以降急成長したものの、人口が未だ福山市の半分以下の廿日市市東広島市は候補に入らない。

福山市[編集]

人口約45万の東部地域の代表的存在であり、新幹線のぞみ号も一部が停車するため、必然的に第2の都市候補だが、40万超都市になったのは、日本鋼管などの工業誘致に成功したのと、政令市実現に向け際限無い合併をした広島市に負けず劣らず、西の松永市や北の駅家、加茂などの町を繰り返し大合併したことが大きい。

尾道市[編集]

市制施行は福山市より早い明治期で、県下でも広島市に次ぐ市制で「備後のリーダー」だった。このため、小樽や敦賀同様「港と経済の街」で、戦後は造船でも栄えたが、その後の造船不況や新幹線駅誘致のタイミングを外したことで平成大合併では因島市を合併しないと市の矜恃を維持できない状況だった。島巡りなどの観光需要だらけで候補に入れてよいかは微妙で、広島から四国への玄関口の要素が強い。

呉市[編集]

戦前の海軍鎮守府だけの威光でかろうじて持っているような都市。ただ、最盛期の人口は40万を超え、広島に肉薄していた。軽便しか通じなかった福山に対し、いっぱしの路面電車が通じていたことも分からなくもない。平成期になると市内にあった近畿大学も東広島に逃げ、勢いの衰退を感じさせる。

島根県[編集]

一位は松江市一択。

出雲市[編集]

観光都市ではあるが、交通の要衝としても大きい。

浜田市[編集]

人口だけでは出雲市に続く第3位だが、島根県西部の主要都市の地位を益田市と争っている。

益田市[編集]

浜田市と共に島根県西部の主要都市の地位を競っている。人口5万割れなのに浜田市に無い私立高校が2校ある。

山口県[編集]

古来より、関門海峡に面した下関市がガリバー都市であり、県庁所在地の山口市を含め、ドングリの背比べの都市が2番手以降に乱立していると言えなくもなかったが、平成大合併で一変した。

山口市[編集]

(新幹線駅所在地というより)物流の拠点地である吉敷郡小郡町合併に成功して、県下人口第2位と一歩抜きん出た。

なお、山口市はくどいようだが、甲府・鳥取・松江・津と県庁所在地のビリ争いが起きているほど人口が少なく扱われ、小郡合併直前に至ってはダントツビリが数年続いていた。

下関市 (旧・赤間関市)[編集]

長州藩・支藩の、長府藩の港湾都市。市制施行当時は赤間関市で在る。1902年6月1日に名称を下関市に変更。平成の大合併で、長門国豊浦郡全域が下関市に成った。

宇部市[編集]

宇部興産などの工業で、県下2番手の地位盤石と思われたが、人口だけでは山口に抜かされてしまった。

もっとも、久保田后子元市長が提唱した宇部線・小野田線BRT化が実際に進んだ場合は、更に落ちぶれるものと思われる。

旧・徳山市[編集]

周南市になる前の1970年代後半の徳山市といえば、化学コンビナート、非県庁所在地では数少ない県域放送局、県山陽筋では唯一市の代表駅に新幹線駅が併設されるなど、ドングリの背比べから一歩抜きん出た感があったが、中国自動車道開通後、山口市に人口で抜かされて少し差がつき、平成大合併でも合併他市町に遠慮したか「徳山」の市名を継承できずに脱落感が大きい。

四国地方[編集]

四国全県にあてはまるが、どの県も一位は県庁所在地一択である。

香川県[編集]

丸亀市[編集]

西部を代表する城下町。伝統的な県第二の都市だが、文教面で進学校の丸亀高校があることを除き、高松と比べて大きく差をつけられている。交通面では昭和の時代は特急も通過し、多度津よりも要衝性は低かった。

坂出市[編集]

造船業が盛んで、かつ現在の、香川から岡山・倉敷への玄関口でもあるが、高松経済圏内に入り第2の都市にあたるかは微妙。

琴平町[編集]

観光客が多く、ある意味県中讃・西讃で一番栄えている。昭和の時代には数多くの私鉄が乗入れていた。

愛媛県[編集]

今治市[編集]

広島や尾道への玄関口として栄えており、タオルでも有名なことから第2の都市として即刻候補に挙がるが、やや松山市に近く、中予か東予か中途半端な地理であるのが難点。

新居浜市[編集]

別子銅山を核に東予の商業地としても栄えたが、百貨店も撤退して斜陽化。愛媛大工学部の名残は工業高等専門学校に。

西条市[編集]

半導体産業の誘致の流れに沿った東予市の併合に成功し、新居浜に替わる「東予の盟主」候補に一躍踊り出た。なお、鉄道では特急停車駅こそ新居浜駅に先行されたが、国鉄時代から伊予西条駅の運行上での拠点性は高い。

宇和島市[編集]

松山への通過都市の印象がある東予各都市に比べ、伊予伊達藩の由緒ある城下町由来かつ予讃線の終着駅の街として、独自の地位を固めている。

四国中央市[編集]

名前が壮大なのはさておき、高速道路の一大ハブを形成しており、道路交通は県内で一番便利。

高知県[編集]

四万十市[編集]

元々は中村城の城下町として現在の高知市と同じぐらい栄えた時期があった。人口では、県内2番目で高知の子分格の南国市に負けるが、西南幡多地域における拠点性は高い。

安芸市[編集]

安芸氏の拠点で、安芸国虎の時代に最盛期を迎えた。こちらも人口では南国市に負けるが、県東南地域の拠点であり、四万十市と張り合うポジション。

徳島県[編集]

阿南市[編集]

小松島市と比べ人口密度で劣るものの、人口からすれば徳島市に次いで第2の都市であり、非電化にも関わらず徳島から毎時2本の列車(汽車)が出ておりアクセスも良いため、ほぼ確定である。但し、2023年現在で高速道路(徳島南部自動車道)が未開通となっており、肝心のインターチェンジ建設予定地も中心部から離れているため、クルマでのアクセスはやや悪い。

鳴門市[編集]

淡路島・本州への玄関口として、古来より栄えた。今は大塚グループの本拠地として発展している。鉄道は貧弱だが、神淡鳴道高松道をはじめ、徳島道徳島南部道といった高速道路網は充実している。そのため関西方面の高速バスの運行が盛んに行われている。

三好市[編集]

四国のほぼ真ん中。岡山、高知への特急列車が頻繁に運行していて、鉄道交通の充実度は県内一。人口が少ないことや、県庁所在地の徳島市との結びつきが弱いのが難点。

小松島市[編集]

本州への玄関として昔は栄えていた。明治初期も県第二の都市であったみたい。

九州地方[編集]

福岡県[編集]

北九州市[編集]

上記浜松市と同様、対抗できる都市がない。福岡市と並んで政令指定都市となっており、かつては路面電車、現在はモノレールが走行している上、新幹線駅も古くから存在し、更には製鉄業も盛んなため、福岡県の第2の経済圏の中心都市となり得る。

久留米市[編集]

県内2強のポジションが確固たる中で、筑後川流域圏の主要都市のポジションを県外の佐賀市と争っており、人口も久留米の方が多い。

佐賀県[編集]

福岡県の植民地の意識もある中、県下の第二都市争いは小粒で、県庁所在地の佐賀市も筑後川流域の主要都市の座を隣県の久留米市と争っているのが現状

唐津市[編集]

人口は10万超で県下2位であり、県北部の行政・文教面での中枢性が高い。ただ、福岡市の植民地のカラーも強い

鳥栖市[編集]

ほぼ福岡への玄関口となっており、交通面で第2の都市候補になる。

長崎県[編集]

一位は長崎市一択。

佐世保市[編集]

人口は長崎の3分の2くらいとはいえ、20万超都市であり、県内に対抗できる市がない。ついでに、県内の電化在来線があるのもこの佐世保市のみである。もっとも、新幹線は通っていない。

島原市[編集]

佐世保に軍港ができる前は、島原の方が大都市であった。

諫早市[編集]

人口面においては第3位。しかし、半島(東松浦、橘湾沿岸、島原)に分かれている部分のうち中央に面している為、交通網的には第二通り越して第一位なのかもしれない。

大分県[編集]

一位は大分市だろうが、江戸時代は中津が一位であった。ただ、中津は今や「諭吉ゆかりの地」の観光の側面が強すぎるため一覧から外す。

別府市[編集]

ここも、県内に対抗できる市がない。温泉観光以外に、留学生が多い立命館アジア太平洋大学が所在する。かつては路面電車の大分交通別大線が通じた。

臼杵市[編集]

江戸時代から明治初期にかけては、大分より大きな町であったそうな。今は影が薄い。

熊本県[編集]

この県は山梨県と違い、熊本、八代以外、中都市が育たず、周辺町を合併した熊本の政令指定都市化に一役買っている。

八代市[編集]

熊本県で唯一、熊本市以外の10万超都市かつ交通の要衝であり、必然的に候補となる。

宮崎県[編集]

都城市[編集]

宮崎市との同時市制だが、その後の勢いに差がついている。県外の曽於市を子分にしているが、どげんかせんと。

延岡市[編集]

旭化成の企業城下町で、都城と県下の第2の都市の角逐を演じたが、旭化成の規模縮小で先に衰退している。

日向市美々津[編集]

廃藩置県後の宮崎県成立前、現在の宮崎市は寒村で、美々津県の県庁が置かれた。

鹿児島県[編集]

一位は鹿児島市一択。

鹿屋市[編集]

大隅半島の拠点都市。沖縄以外の鉄道無し市で最も人口が多い。

薩摩川内市[編集]

薩摩東部の市。自衛隊、原発を誘致して、鹿児島支配下から自立した格好。

霧島市[編集]

鹿屋、川内の争い状態だった県内第2の都市戦線に突如参入した錦江湾最奥の都市。平成大合併で、京セラ企業城下町だった国分市が、県内本土部唯一の空港の鹿児島空港がある溝辺町など周辺町を合併して、人口では県下第2位となった。
ただ、文教面では、進学校の県立加治木高校のある西隣の姶良市より中枢性が低い。

志布志市[編集]

明治初期には県第二の都市であったらしい。

旧・谷山市[編集]

現在の鹿児島市谷山中央のこと。鹿児島の郊外ではあるが、鹿児島県第二の都市扱いされることがある。

沖縄県[編集]

沖縄市[編集]

歴史的にみると、2番目に市制が敷かれた都市となるが、モノレールは通っていない。

浦添市[編集]

ほぼ那覇の経済圏内に入ってしまうが、モノレールが那覇以外で唯一通っている。

関連項目[編集]

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  1. 地方になればなるほど、他自治体からの通学が多い公立の進学伝統校の存在が大きくなる。
  2. 昭和大合併によって市制要件が人口3万人に引き下げられたことから、この要因は特筆できる。
  3. 参考までに、人口が一番多い甲府市は約18万人、二番目に人口が多い甲斐市は半分以下の約7.5万人、三番目の南アルプス市は7.1万人、富士山への玄関口かつ笑点で埼玉の秩父市と張り合う大月市に至っては2.1万人。なお、甲府、富士吉田以外の市制は全て昭和大合併後である。
  4. なお、市内を通っている富士急行線の駅は富士山駅。昔は富士吉田駅となっていたが、混同防止・富士山に近いことを象徴するために富士山駅へ改名された。大月線、河口湖線の分岐駅でもある。
  5. なお、富士吉田都市圏は甲府などの中西部とは関わりが少なく、東京や静岡との繋がりが多い。これは戦国時代から続いており、山梨県は御坂山地を境に中西部と東部・富士五湖で文化が異なる。
  6. なお松任市には少しの期間ではあるが県庁が存在していたことがある。
  7. 三河全域から高学力生を集める県立岡崎高校や、岡崎高よりは劣るが東三河の広域から高学力生を集める豊橋の県立時習館高校は学区が異なるため、基本的に勝負にならない。
  8. もっとも、家康が岡崎で過ごしたのは幼少期と若年期だけであり、生涯の3分の1を静岡市で過ごしている。
  9. ただ、甲府市は、鳥取市と違い広域合併に消極的で、周辺に甲斐、南アルプス、笛吹、中央の4つの子分都市が形成された故のビリ争いの感が大きい。