周南市

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周南市(しゅうなんし)は山口県東部で人口規模は最大の都市で、平成29年度の市町別GDPは県内最大である。しかし、県内で最も”稼いでいる”都市であり、県民税は他都市と公平に払っているにもかかわらず、県立の施設は県庁所在地である山口市に比べ圧倒的に少なく、県の行政サービスでも不利な扱いを受けている。さらに近年、当市の拠点と、下関市の拠点を山口市(とくに旧小郡町)に統合する動きが活発化しており、下関市同様拠点性の低下が深刻化している。市の代表駅である徳山駅はのぞみ停車駅であるが、速達列車の停車本数はさくら、ひかりを含めても時間帯にもよるが、おおむね1時間に1本程度というレベルである。なお、山陽新幹線のこだまが近年減便傾向(かつては30分に1本程度であったが、近年は1時間に1本程度)であるため、全体の新幹線の停車本数はピーク時からは大きく減少している。

工業[編集]

複数の大手化学メーカーなどが工場を置いている工業地帯で、瀬戸内工業地域のなかでも重要な位置を占めている。また、2012年日本5大工業夜景の1つとなり、今では工場夜景クルーズもおこなわれており、観光産業としての規模は小さいが観光資源にもなっている。

金融[編集]

第二地銀である西京銀行本店のほか、山口銀行徳山支店、またメガバンクの支店としてみずほ銀行と三菱UFA銀行があり、県内の市で複数のメガバンクが支店を置いているのは周南市が唯一の例である。また野村證券と大和証券と大手証券会社上位2者も支店を置いている。しかし、昨今の金融業界の厳しさを考えると、下関市と並ぶ県内の金融の拠点としての地位は盤石とはいえない部分がある。

港湾施設[編集]

徳山下松港下関港とならび、国際拠点港に指定されている。

中国運輸支局徳山庁舎 自動車など陸運は担当していないが、県内の海運関係を担当している

農業[編集]

県内のJAが合併してJA山口県が誕生するまでは、JA周南が県内で最大の規模を誇ていた。市内の須金地区では、ナシやブドウの生産が盛ん。


漁業[編集]

旧徳山市粭島は、ふぐはえ縄漁発祥の地。ふぐといえば下関を連想する人も多いと思われるが、徳山のふぐも高い評価を受けている。


教育[編集]

高等教育機関

徳山大学:県東部唯一の大学。1971年に開学しており、所謂Fラン校と見なされることもあるが、地方の私立大学としては伝統ある大学の1つである。スポーツも盛んで例えば、レノファ山口の前身山口教員団を下し、サッカー天皇杯に県代表で出たこともめづらしいことではなかった。開学以来私立大であるが、公立化の議論がある。

徳山高専;映画「ロボコン」の舞台になったことがある。実際全国高専ロボコンで優勝した実績もある。

専門学校:以前はYICグループが、ビューティーモード専門学校など複数の専門学校を設置していたが、多くは山口市に移転。現在キャリアデザイン専門学校が残っているが、2021年学生募集を中止し、同グループの山口市に属するビジネスアート専門学校を改組しそれに引き継がれることが発表された。徳山総合ビジネス専門学校には、総合ビジネス学科、情報経理専攻科、日本語学科などの専攻がある。

報道[編集]

山口放送が本社を置いている。県内初の民放でありテレビおよびラジオ放送を行っている。

スポーツ施設[編集]

周南市野球場(津田恒美メモリアルスタジアム)JABA徳山大会などアマチュア野球が盛ん。 津田恒美:周南市(旧新南陽市出身、広島カープで炎のストッパーと言われたものの、若くしてその生涯を終える。殿堂入りを果たしている)

キリンビバレッジ周南総合スポーツセンター メインアリーナの最大収容人数は約8000人。過去にはバレーボール世界大会の予選会場になったこともあるが、とくに山口国体以降、大規模な大会の誘致は県の協力を得やすい山口市のスポーツ施設(国体を開催するに当たって県が山口市に複数のスポーツ関連施設を新設したり、大規模な予算を掛けて改修したりした。県は県庁所在地である山口市を優遇するため必然的に周南市は大会誘致などにも圧倒的に不利になる)に押されて非常に厳しい状況になり、世界的大会はもちろん、全国的な大会も皆無ととなり、中国地方レベルの大会はおろか、近年は全県レベルも少なくなり、県東部地区、市レベルの大会が主体になっているのが現状である。

文化施設[編集]

周南市文化会館:1980年代に完成。こけら落としで演奏をした当時のN響の奏者が、”東京に持って帰りたい”と言ったという逸話をもつほど。2020年現在県内最大のコンサートホール。

徳山動物園:県内唯一の本格的な動物園。また、周南市文化会館があるエリアも含め、第二次世界大戦時空襲で焼失してしまうまでは、日本三大陣屋の一つ徳山陣屋(江戸時代後期、戸籍上であるが城に格上げされた)が居を構えていた。

周南市美術博物館