京都市

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京都市(きょうとし)とは、京都府にあるのことである。京都府の府庁所在地であり政令指定都市である。

概要[編集]

日本が世界に誇る観光都市。文化財・国宝は山のようにあり、書き出したらきりが無い。また、1,000年以上の間日本の首都で有った。794年に奈良から京都に遷都したので、「鳴くよ(794)うぐいす平安京」という語呂合わせで暗記が容易であり、滅多なことでは「平安京遷都は何年か?」という問題は試験に出ない。出たとしたらボーナス問題である。

京都市は京都府の南部、京都盆地に位置する府庁所在地である。市街地は京都盆地の北部に位置するが、市域は盆地周辺の北山区・東山区・西山区・山科盆地を含む南北に細長い広大な地域を占めている。

延暦13年(794年)、桓武天皇により平安京遷都が行なわれてから明治時代を迎えるまでの1000年余りの間、日本の首都・王城の都として君臨した。そのため、東西の両本願寺金閣寺清水寺銀閣寺南禅寺竜安寺北野天満宮八坂神社知恩院など由緒ある社寺が非常に多く、神社はおよそ260社、寺院はおよそ1600余りを数え、これらの中には国宝重要文化財も多く、日本全国で見てもその件数は20パーセント近くが京都に存在することになる。これらの文化財や長い歴史の中から生まれた年中行事や風俗、味覚、さらに嵯峨野や高雄、東山の景観など、京都市は日本が誇る随一の文化観光都市として世界にも名高い。

明治22年(1889年)に上京区・下京区の2区をもって市制施行される。昭和4年(1929年)に左京区・中京区・東山区が新設され、昭和6年(1931年)には右京区・伏見区が新設された。

昭和23年(1948年)に葛野郡中川村・小野郷村などを上京区に編入し、昭和24年(1949年)に北部の愛宕郡岩倉村・八瀬村・大原村・静市野村・鞍馬村・花脊村・久多村を左京区に編入する。昭和25年(1950年)に乙訓郡大枝村を右京区に、乙訓郡久我村や羽束師村を伏見区に編入する。昭和30年(1955年)に上京区から北区、下京区から南区が独立し、昭和32年(1957年)に久世郡淀町を伏見区に編入し、昭和34年(1959年)に乙訓郡久世村を南区に、乙訓郡大原野村を右京区に編入した。昭和51年(1976年10月に東山区から山科区が、右京区から西京区が独立して京都市を構成する京都11区が完成する。

この京都市は古墳時代などに中国大陸からの渡来人として有名な秦氏鴨氏出雲氏などが居住していた。そのため、広隆寺や松尾大社が秦氏により、賀茂神社が鴨氏により、出雲高野神社が出雲氏により既に創建されていた。

本格的に都市機能をもって繫栄しだしたのは桓武天皇による平安京遷都後である。この時、京都市は中国の都を模して造営され、東西に約4.5キロ、南北に約5.3キロに及ぶ規模の都市が築かれ、中央の北に天皇の御所である大内裏が置かれ、さらに朱雀大路(千本通付近)を中心に左右両京に分かれて碁盤目状の縦横の街路をもった政治都市として発展を遂げてゆく。ただし平安時代末期に平氏政権ができたのをきっかけに政権が貴族から武士へと移り、鎌倉幕府が創設された後は完全に貴族は政権を失ってこれにより京都も政治都市としての機能を半ば失うことになる。室町幕府は本拠を京都に置いたため、京都が再度政治都市となるが、応仁の乱により京都は荒廃して天皇の葬儀すらままならない状況になり、室町幕府は統治機能を失ってしまった。

この荒廃した京都を復興させたのが織田政権を築いた織田信長と、その配下から信長没後に台頭した豊臣秀吉による豊臣政権である。特に秀吉の時代に京都は市街地が整備され、御土居と称する土塁が市街地の四周に張り巡らされ、伏見城も築城されてこれは同時に京都の市域を南部に拡大することにつながった。

秀吉没後に成立した江戸幕府は天皇家を強圧し、政権は江戸に移ったので京都は再び政治都市としての機能を失う。江戸幕府は禁中並公家諸法度で天皇・貴族を締め上げて学問を奨励したので、京都は学問・美術・工芸・宗教が発展してゆく文化都市へと変貌を遂げた。江戸時代に京都は江戸大坂と並んで三都に数えられ、人口も60万人を数える大都市となる。

江戸幕府が滅亡し、明治元年(1868年)に東京遷都が行なわれる。これにより、名目的にとはいえ1000年余り続いた京都の首都としての機能は完全に停止し、京都の衰退が始まった。これを明治政府は明治4年(1871年)に出した勧業場開設をはじめとする新産業計画によって食い止め、日本の都市近代化の最先端を切らすことで寂れないように手を打った。ちなみに小学校中学校女学校水力発電所路面電車図書館などは、全て京都が日本の最初の創始となっている。特に日本最初の小学校である柳池小学校は明治2年(1869年)5月21日に開設されているから、学制ができる3年前に開校したことになる。日本最初の中学校は明治3年(1870年)12月開校の京都府中学校で、水力発電所は明治22年(1889年)創設の蹴上発電所、路面電車は明治28年(1895年1月31日の七条停車場から伏見油掛までの6キロである。

また、1000年にわたり王城の歴史と伝統を持つため、有名な古寺や文化財が多く、現在でも貞観11年(869年)から始まった祇園祭欽明天皇の時代から始まったとされる葵祭など長い伝統を持つ祭りも数多く存在する。西陣織友禅染清水焼京扇子京人形に仏具など長い歴史を持つ有名な伝統工業や工芸品も多い。

中京区・上京区・下京区は京都の中心街としてビジネス街を形成し、左京区・右京区・北区・伏見区・山科区は住宅地を形成している。南区から西京区にかけては阪神工業地帯に近接する関係から工業地区が形成され、北区・左京区の北部は広大な山地がある関係から農林業が行なわれている地域となっている。

このように文化観光都市として発展した京都市には新幹線東海道本線山陰本線奈良線近鉄などの私鉄網が張り巡らされ、さらに国道1号線名神高速道路などの交通にも恵まれている。国内外から訪れる観光客も年間3000万人以上を数える日本随一の文化観光都市である。

地理[編集]

行政区[編集]

京都市は11の行政区によって構成される。

外部リンク[編集]