鹿児島県
ナビゲーションに移動
検索に移動
鹿児島県(かごしまけん)は、日本の九州地方の南部にある都道府県。
概要[編集]
歴史[編集]
- 廃藩置県で、旧薩摩藩領を中心に成立。初代県令は旧藩士の大山綱良が就き、西郷隆盛下野後は「廃県置藩」然の政権状態になる。
- 1872年:琉球を琉球藩として分離。
- 1876年:日向国域にあった宮崎県を合併。
- 1877年:西南戦争勃発。戦後、大山綱良は県令を解任され処刑。
- 1883年:宮崎県を分離。この際、旧日向国域の南諸県郡(現在の志布志市、大崎町、曽於市の一部)を編入。
- 1945年:太平洋戦争敗戦で、吐噶喇列島と奄美群島がアメリカ軍施政下に入る。
- 1953年:奄美群島が県に復帰して、敗戦前の県域に戻る。
地理[編集]
面積は全国第10位,2,643キロメートルの長い海岸線を持つ。太平洋と東シナ海に囲まれている。気候区は温帯から亜熱帯に至り,全国の中でも平均気温が高く,温暖な気候に恵まれている。種子島、屋久島、奄美群島をはじめとする多くの離島は,県総面積の約28%の比重を占めている。 霧島火山帯が縦断し,11の活火山が分布している。このため豊富な温泉に恵まれている。県内のほとんどの地域が火山噴出物であるシラス層によって厚く覆われている[2]。
隣接する県[編集]
文化[編集]
スポーツ[編集]
Jリーグに所属するサッカークラブとして鹿児島ユナイテッドFCがある。
メディア[編集]
1994年に鹿児島讀賣テレビが開局して民放テレビは4局になり、県南端の与論島まで中継局が充実している。
しかし、アナログテレビ放送時代はマウンテントップ方式で標高1,118mの鰐塚山に設けられた宮崎県民放の電波が大隅半島や種子島は元より、鹿児島市の一部でも流れ放題で、民放テレビが2〜3局しかない時代、鹿児島民放でリアルタイムで放送しなかった「オレたちひょうきん族」をテレビ宮崎でリアルタイムで見れる家庭のステータスは高かったそうである。
代わりに民放ラジオは貧弱で、奄美群島や本土山間部ではradikoを利用せずに民放FMラジオ局を聴くことが困難な地域が多い。
鹿児島県舞台の作品[編集]
本土部舞台の新作はまだ無い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
日本の都道府県一覧 |