高速バス

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高速バス(こうそくばす)は、主に高速道路を通行する路線バスのことを指す。

運行の背景[編集]

名神高速道路が日本初の高速道路として開通するにあたり、この区間を利用して長距離バスを運行しようとする民間事業者が現れた。一般道路と違い高速で、それまでも東北急行バスなどが一級国道などで運行していた長距離急行バスに比べて信号渋滞が生じないために、鉄道に対抗でき、路線バス拡大の好機と読んだためである。
鉄道路線だった白棚線をバス専用道走行の白棚高速線に改装して成功を収めた国鉄も減量予定だった東海道本線の急行の代替になると読み、民間事業者同様、路線認可申請を行った。運輸省は国鉄に名鉄・京阪系の日本急行バスへの出資を勧めたがこれを拒み、同じく反名鉄の近鉄・阪神系の日本高速自動車と共に名神高速道路での路線の開設に至った。
1976年の国鉄大幅値上げ前まで、東名、名神で運行された高速バスは、実際は新幹線や近鉄特急の前に対抗できず、日急バスは名鉄、日高バスは近鉄単独資本となり、東名で民間運行した東名急行バスは会社解散した。

高速バスが現在のように幹線交通機関として注目されたのは、東北自動車道のヨーデル号で実績を積んだ弘南バス京急と共同で夜行のノクターン号を運行することが報道されてからとされる。

概要[編集]

一般の路線バスに比べて長距離を運行し、また他の交通機関と比較して運賃が安価である場合がおおい。このため人気はあるが、鉄道と異なり道路を利用する関係上、天気などの気象状態のほか、大型連休・旧盆年末年始などの行楽シーズンや、集中工事期間、突発的な交通事故などの発生による渋滞・交通規制などにより、定時運行ができないリスクが鉄道に比べ格段に高いことを覚悟する必要がある。さらに、スキー道具やサーフボードのような大型手荷物を有する場合、利用できないことが多い[1][2]。特にダブルデッカー車両は荷物収納室が非常に狭いためさらに厳しくなる。
また、一般の路線バスと異なり、いわゆるバリアフリー対象から除外されているため、車椅子などでの利用は困難を伴う(床下の荷物収納室に折りたたんで収納し、座席までは数段のステップを上り下りするため、かなりの労力が伴う[3])。特に電動式は利用できない[4][5]。ただし、ダブルデッカーが使用される場合、1階席はもともとノンステップであるため、1階に車椅子スペースが設置されていることも多い[注釈 1]。(この場合、スロープなども用意されており、電動式ももちろん利用可能)。

客層[編集]

短距離路線や陰陽区間や南九州横断のような鉄道が不便な中距離路線ではビジネス客も多いが、それ以外の中・長距離では学生生徒(いわゆるバックパッカー)など、金銭的な余裕はないが時間的な余裕は取れる層が多い。また近年では、鉄道に比べて乗り換えが少ないことを好む年齢層や、時間的に余裕のある定年退職後のシニア世代が、新幹線と比較して速度が遅いにも関わらず、(金銭面を理由としない)車窓をより楽しめることを理由に利用する例が、東阪間を中心に増えつつある(ただ、一般的な高速バス用車両では、前述のように出入口から座席まで数段のステップを上下する必要があり、人によっては利用しにくいこともある)。

運行形態[編集]

2000年代前半にダイヤ形態を変えた名神ハイウェイバス東北急行バスをはじめ、多くの路線バスで停まる停留所は一般道路上を含めた起終点周辺のみで、途中区間はクローズドドアシステムで区間内の自由乗降が制限される「拠点間直行」方式が取られている。一方で、拠点間直行方式は、途中通過地で受けられる恩恵が殆ど無く、短所が顕在化する地域もある[注釈 2]
この嚆矢になったのは、阪急バス1980年代から中国自動車道で運行し始めた高速バスで、特に東阪間のドリーム号以外での夜行新設路線になった大阪福岡間の「ムーンライト号」で、西鉄との2社共同運行かつ運賃を一括管理して走行キロに応じて精算する「プール精算方式」を採用し、以降、国内の夜行高速バスでのデファクト・スタンダードとなっている。

高速バスの区間により異なるが、拠点間直行が採用されたのは以下のような背景がある。

  • バス業界には、他社の縄張りで旅客営業をする場合、当該他社の同意を必要とする暗黙のルールがあるが、拠点間直行だと起終点の2社の同意だけで済む。
  • 起点付近では、短距離客が多く乗ると、長距離移動の客が座れない。特に高速道内では座席定員を超える乗客を乗せてはいけないので、乗客管理が煩雑になる。そのため、起点付近では降車不可にしている。
  • 高速道路のバスストップは、停車すると時間のロスが大きく、乗り心地の悪化にもつながる。
  • 終点付近では、高速バスの定時性の悪さから、ダイヤがあてにならない。速く走れる時に合わせてダイヤを引くと遅れが目立つし、遅く走る時に合わせて引いた場合は早着した停留所で待機しなければならない。そのため、早着・遅延どちらでも問題無い様に、終点付近では乗車不可にしている。

なお、1969年に開設した東名ハイウェイバス1975年開設の中国ハイウェイバスは複数の速度種別で、高速道路上のバスストップに多く停まり、区間内は自由乗降可という旧来のスタイルを残し、一部ライナー以外はクローズドドアを採用せず、途中駅の受ける恩恵が大きい鉄道列車[注釈 3]のような長所を持っている。

停留所・休憩[編集]

一般道では、通常のバス停を使用する。多くはマイカーでアクセスしやすい幹線道路を走るので、駐車場を整備し、パーク・アンド・ライドに対応して優位性を持たせた路線も多い。

高速道路上に設けられたバス停に停車する便も多い他、インターチェンジのランプウェイ上に設置された停留所に停車しに行くバスも多く、この場合は停車により大きく所要時間が延びる。

鉄道の在来線特急に無い昼行高速バスの特色としてはおよそ1〜2時間毎のサービスエリアでの休憩があり、駅構内のコンビニのような飲食物の調達やトイレ時間となっている。

鉄道より高速バスが優位な区間[編集]

東日本[編集]

  • 盛岡 - 安代・鹿角・大館・碇ヶ関・黒石
東北新幹線と同時に開業した高速バス「みちのく」や後日開通した「あすなろ」号によって、鉄道短絡路である花輪線は東北新幹線接続路線の中では影が薄い存在となった。
  • 盛岡 - 宮古
1978年、当時非冷房が当たり前だった山田線急行を凌駕するレベルで「106急行バス」開業。僅か5年のうちに東北新幹線接続の幹線バスとして認知され、第三セクター転換したての三陸鉄道さえ接続を重視するほどになった。今やJR山田線は開業前の帝国議会で「サルでも乗せる気か」と原敬総理を追及した議員の言葉が冗談でないほどの状況に陥っている。
  • 新潟 - 小国・南陽・山形
山形新幹線乗り入れに際し、フラワー長井線左沢線を結ぶ狭軌バイパス新線建設による「べにばな」直通維持といった対応を怠り、国道113号経由で「Zao」号が開業すると、米坂線は都市間交通路として顧みられなくなった。
  • 新潟 - 会津若松・郡山
1997年の磐越自動車道開通時点では、磐越西線の快速「あがの」は2往復あったが、2003年に1往復に減り、2022年に遂に廃止となった。快速「あがの」でも2時間20分近くかかる新潟 - 会津若松間で、高速バスは西会津 - 会津若松を短絡することから所要2時間を切っており、新潟側で繁華街の万代バスセンターに乗り入れることを考えると、鉄道は競争力を徐々に失っていると思われる。
  • いわき - 郡山
高速バスが平均1時間間隔で運行するため、JR磐越東線は競争力を失って、小川郷〜小野新町駅間を通る列車は1日6往復に減少し、快速列車も廃止している。
  • 東京 - 弘前
「ノクターン号」は、北東北と東京を初めて結んだ夜行高速バスだったが、対する特急「あけぼの」、急行「津軽」は秋田県下重視のダイヤ編成から、弘前に早朝に着くことができず、運行から間を置かずに競争力を失い、急行「津軽」は1993年、特急「あけぼの」は2014年に廃止された。現在、東京と東北方面を結ぶ定期夜行列車は運行されていない。
  • 東京 - 香取・神栖・鹿島
東関東自動車道を走行する「かしま号」などが頻発するのに加え、沿線で最も人口が集積している神栖市の中心部にある鹿島セントラルホテルを通るため、JR鹿島線などの鉄道は競争力を失い、成田線滑河以北に直通する定期特急列車は完全消滅した。
  • 東京 - 館山・南房総
高速バスが東京湾アクアライン経由で東京 - 木更津間を短絡しため、JR内房線は競争力を失い、特急「さざなみ」も君津以北で事実上の通勤特急として運行されるまで縮小した。
  • 名古屋 - 飯田・伊那
国鉄時代は急行「伊那」が最長で大垣 - 上諏訪間を直通したが、中央道特急バス恵那山トンネルを短絡して、急行「伊那」は名古屋直通列車としての競争力を失い、1983年7月ダイヤ改正で一旦廃止された。1996年に特急「伊那路」が運行を開始したが、定期的な名古屋駅や飯田以北への乗り入れはなく、勢いは小さい。
  • 新宿 - 伊那・飯田
新宿 - 山梨県内で実績を積んだバス会社が、次に伊那方面を新宿発のターゲットにした。飯田線を管轄する国鉄静岡局は開設に反対したが、地元は「静鉄局は高速化の要望に何も動かなかった」と反発。1984年に路線が開設されると急行「こまがね」は編成を3両に減車し、1986年11月に早くも廃止に追い込まれた。静鉄局の後を継いだJR東海も飯田線の飯田以北の高速化は消極的であり、都市間の往来手段としてまず顧みられない。

西日本[編集]

  • 徳島 - 神戸・大阪
徳島駅 - 舞子駅の距離は直線距離で76kmだが、鉄道だと高松・岡山廻りになるため274.6km(宇多津の短絡線を考慮しても約272km)もの道のりになり、本州内は新幹線を使っても時間がかかる。一方で高速道路は、徳島-舞子を直線に近いルートで結んでいるので、両駅間だと特に1時間20分ぐらいで移動することが可能で、圧倒的にバスが有利となっている。なお、徳島-和歌山のフェリーもあるが、大阪府泉南地区との往来以外は所要時間が長い。もっとも、神戸淡路鳴門自動車道開通前から、阪神 - 徳島間の往来は阿波國共同汽船などの直行船舶航路の利用実績が高く、国鉄のシェアは決して高くなかった。
  • 大阪 - 加東・加西・福崎・美作・津山・真庭
1975年中国自動車道の落合IC以東の開通で神姫バスと共に中国ハイウェイバスを国鉄近畿自動車局が開設したが、鉄道では乗り換え必至で大迂回となる加古川線北条線の利用や姫新線直通の「みまさか」、播但線直通の「但馬」といった急行の利用に大きく影響し、「身内潰し」の非難を受け、落合IC以西への延伸を渋るまでに至った。国鉄が渋っていた間、阪急バスおよび提携バス事業者が院庄IC以西に進出。中国勝山以東で細々残った急行「みまさか」も1989年に廃止され、姫新線は長距離交通路としては顧みられなくなった。
ただ、1994年12月より「スーパーはくと」が経由するようになった佐用は多少鉄道のシェアを戻している。
  • 松江・出雲市・庄原 - 広島
JR在来線で最短経路となる木次・芸備線は、1960年代は主流だったものの、山岳路線でかつ国道整備が進んだため、1980年後半に既に競争力を失っており、近年は普通列車も減便して都市間の往来手段としてはまず顧みられない。このため鉄道だと、岡山駅まで2時間45分〜3時間かけ特急で移動後、新幹線を使う方法がほぼ唯一になる。この状況のため、約3時間で直行可能な高速バスが両都市間の往来の主流となっている。
広島県内でも、三次 - 広島間は、芸備線が高速バスに伍しているが、庄原市と広島との往来は前述の列車の本数減少や芸備線が地形に逆らわず迂回していることもあり、同じく高速バスが交通の主流となっている。
渋滞しない場合、高速バスは同区間を約1時間で直通運行。JR呉線は、山陽新幹線を使った三原経由でも所要時間はさほど変わらない。また、呉・安芸津経由だと広島 - 呉間での快速運行はあるが、道路より迂回し、1時間45分近くかかるため、日中は直通を止めている。
  • 高松 - 高知(黒潮エクスプレス)
高速バスは渋滞しない場合、同区間を約2時間と少しで走行するため、特急でも2時間半近くかかる鉄道は劣勢で、「しまんと」も朝晩に絞った運行となっている。
  • 博多 - 宮崎県内
九州自動車道開通で、小倉を迂回する直通特急は「にちりんシーガイア」のみになるなど、鉄道での往来は競争力を失い、「フェニックス号」などの高速バスが福岡市と都城市、宮崎市との往来の主流になっている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈
  1. ドリーム大阪号などダブルデッカー使用路線でバリアフリー対応としている[6]
  2. 例えば、阪急バスが拠点間直行を行った影響で、中国自動車道が1980年代にいち早く延伸されたものの、21世紀中に高速バスでの往来が不可能だった岡山県津山市・新見市 - 広島市間。広島つやまエクスプレス参照。
  3. 利用者:Marmarayの個人的意見。
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