国鉄キハ40系気動車 (2代)
国鉄キハ40系気動車(2代目)とは、日本国有鉄道が設計、導入した気動車である。
形式について[編集]
もともと40番台の気動車は、客車改造の気動車に充てられた。しかしキハ45が登場したさい、空席になっている「29」は使わず、客車改造車を「キハ09」等とし、40番台を空けた経緯がある。
概要[編集]
1977年から1982年までに日本全国に888両が配置された一般型気動車。エンジン出力は既存車よりアップしたが、重量アップにより従来車と変わらないかあるいはそれ以下の性能の車両となった。
JR各社には国鉄時代に事故廃車となった1両を除く全車が継承されたが、2021年現在は廃車が進み、残存率は全体で60%程度となっている。
鉄道ファンからは「ヨンマル」と呼ばれている。
登場の経緯[編集]
昭和50年代に入るとキハ10系の老朽化が進み、置き換えが迫られていた。しかしキハ10系はDMH17系の非力なエンジンを軽量車体でカバーする形態となったため車体幅も狭く、台車も簡素なものとなった。その後、キハ20やキハ35、キハ45で少しずつ改良を重ねていったが、さらに改良を重ねて開発されたのが本系列である。
本系列によりキハ10の他、キハ55やキハ20も淘汰が進んだ。
構造[編集]
キハ66を元に省略化を図った車両となった。なお、酷寒地向けとして設計されたことから暖地向けであってもラジエータなどがついていた。
なお、本系列は北海道向けとそれ以外向けで形式の共通化が図られたことが特筆できる。
これらの車両は、国鉄キハ58系気動車や既存の気動車とも混結ができる。そのため、キハ58+キハ47-1000+キハ35、キハ55+キハ48+キハ20+キハ17、キハ58+キハ40+キハユニ26+キハ55などというトンデモ凸凹編成が生まれた。
車体[編集]
全長21.3m、幅2.9mの全鋼製車体と、急行型気動車と同じレベルの設備となったが、外板は国鉄201系電車と比較すると薄くされた。
前頭部もキハ66、キハ67と同じ踏切事故を嫌った高運転台であるが、尾灯の位置が異なる。
内装[編集]
キハ47には1.3m幅の両開き扉、それ以外には1.0m幅の片開き扉が片側に2箇所設けられた。
座席はクロスシートとロングシートを組み合わせたセミクロスシートとされた。このクロスシートは同時期に製造された近郊型電車と同じく、改良型で急行型並みに拡大された幅とシートピッチであった。
トイレは当初垂れ流し式となっており、また、全車が当初は非冷房であった。
走行機器[編集]
機関は、キハ90形で300psエンジンとして試験されながら、本機関でなく、発電機エンジン機関として使用された、ターボ付きのDMF15HSA形を採用。出力を220psに落として設定されたが、燃費はDMH17と比較してもほとんど変わらない上、フルパワー稼働時間をDMH17と比べるとずっと長くできたため、一層燃費を悪くする結果となった。
液体変速機は変速1段、直結1段のDW10系を使用し、変速方式が半自動式となったが、これにより引張力がキハ20と比べると弱くなり、一層キハ40を非力と思わせる始末となった。その性能は有識者の曽根悟によれば戦前のキハ07に劣ると言われてしまうほどであった。下手したら富山のあの欠陥気動車よりひどい
ブレーキ方式はキハ66で実績のあるCLE電磁自動空気ブレーキとなったが、電磁弁のないDA系ブレーキ車と併結した場合最大編成両数に制限が出た。
台車[編集]
寒地向けには空気バネ台車DT32系をベースとしたDT44系やTR227系を搭載。対して暖地向けは雪の噛み合いを考慮しなくて良いことからDT22系とTR51系が引き続き採用された。DT22とは言っても逆転機をもたないDT22Dとされた。
形式別概説[編集]
登場時は以下の形式構成となった。
- キハ40
- 両運転台の片開き扉車両。当初は酷寒地向けの100番台、寒地向けの500番台、暖地向けの2000番台が用意された。0番台がないのは初代キハ40の存在があったためと言われる。
- 2055のみは1983年に枕崎線での集中豪雨による事故で国鉄時代に廃車となっている。それ以外はJRに継承された。
- キハ47
- 片運転台の両開き扉車両。当初は暖地向けの0番台と1000番台、寒地向けの500番台と1500番台が用意された。
- うち、1000番台と1500番台はトイレを持たない。
- JRにすべて継承されている。
- キハ48
- 片運転台の片開き扉車両。当初は暖地向けの0番台と1000番台、寒地向けの500番台と1500番台、極寒地向けの300番台と1300番台が用意された。
- うち、1000番台、1300番台、1500番台はトイレを持たない。
- JRにすべて継承されている。
郵便車・荷物車[編集]
- ほぼ同じ車体構造の国鉄キユニ28形気動車、国鉄キニ28形気動車、国鉄キニ58形気動車は、国鉄キハ58系気動車のグリーン車を改造した車両であって、本系列には該当しない。
改造[編集]
国鉄時代の冷房化[編集]
指宿枕崎線で運用されるキハ40形5両とキハ47形10両にはサブエンジン式のAU34による冷房化が国鉄時代に行われた。
機関直噴化[編集]
キハ37が直噴エンジンのDMF13系であったため、本系列のうちまず試験的に4両を直噴化改造した。結果燃費を80 - 85%程度に抑えられたため、国鉄時代にさらに北海道地区の112両のキハ40に対しても行われた。
キハ40形1000番台[編集]
2000番台からトイレの撤去などを施した車両で、国鉄時代に7両、JR化後に2両が改造されて烏山線に投入された。1両を除き直噴化改造も行われていたが1990年に1006が東北地区に転出し2021年に小湊鉄道に譲渡。それ以外は2014年までに運用を終了し、原型エンジン車両の1009のみが錦川入りしている。
以下はJR化後の改造である。
キハ400・480[編集]
1988年に、昼行急行宗谷、天北向けにキハ40の100番台から9両、キハ48の300番台から1両、同1300番台から3両の合計13両を急行用に改造したもの。キハ40はキハ400に、キハ48はキハ480に形式変更された。
エンジンについてはキハ183で実績のある330psのDMF13HZに換装、変速機も同時期に登場したキハ85などにも搭載されている変速1段、直結2段のN-DW14Bに交換された。冷房化もサブエンジン式により行われたが、キハ480には冷房用電源を搭載せず、常にキハ400から給電する方式をとっていた。
座席はR55リクライニングシートを900mmピッチに設置された。キハ480の300番台はトイレも撤去された。
13両という小所帯だったため、キハ56やキハ54が多客期には併結されることも多々あった。1991年には、夜行急行利尻向けに14系寝台車混結対応可能とし、1997年にはキハ400形100番台3両がお座敷仕様に改造されて500番台となった。これに伴いキハ182のうち3両が本系列との併結対応工事を施工された。
2000年に宗谷線系統が総特急化されると定期運用を終了し、キハ480形300番台を除く9両が格下げ改造を受けてキハ40形330番台およびキハ48形1330番台となり札沼線に転用された。残る4両のうちキハ480は2006年に廃車。500番台についても2015年にすべて廃車されて区分消滅した。
キハ40形700番台[編集]
100番台のうち上記のキハ400に改造された車両を除くすべての車両にワンマン化改造を施工したもの。一部は機関換装により番台変更がなされたが、789のみはそのまま機関換装されている。
2022年3月までに廃車となり現存しない。
キハ40形300番台[編集]
上記の700番台4両に学園都市線対応改造を行ったもの。エンジンを330psのN-DMF13HZBに換装され、冷房化もなされた。うち301と304は後にマヤ35の併結対応改造を施工されている。
キハ40形400番台[編集]
上記の700番台2両に札沼線末端区間対応改造を行ったもの。エンジンを450psのN-DMF13HZDに換装され、2軸駆動化もなされた。これはそれまで走っていた2エンジン車キハ53形500番台の代替を行うためであった。
2020年の札沼線末端区間廃止後は行き場を失い、2022年度内に2両とも廃車された。
キハ40形350番台[編集]
上記の700番台10両に日高本線対応改造を行ったもの。これにより軽量車体で老朽化の早いキハ130がすべて淘汰された。エンジンを330psのN-DMF13HZBに換装され、砂撒き装置も取り付けられた。2021年までにH100形に置き換えられすべて廃車された。
キハ40形330番台・キハ48形1330番台[編集]
上記の余剰となったキハ400・480のうち9両に学園都市線対応改造を行ったもの。座席はすべてロングシートに改造された。冷房装置は機関直結式のものに換装され、キハ48単独での冷房使用も可能になった。
2012年の札沼線電化後はほとんどが廃車または海外譲渡され、キハ40の331と336も2023年頃に解体されている。
キハ40形1700番台[編集]
上記の700番台のうち83両に対して機関換装などの延命工事を行ったもの。2007年に1両が事故廃車となった以外は道南いさりび鉄道への譲渡車も含め2022年初頭時点ですべて現役であった。
700番台と同様、廃車回送が進んでいる。
キハ40 764[編集]
映画『鉄道員』の撮影のためにキハ12を模した改造を施したもの。撮影終了後は扱いが悪くなり2005年に廃車され、2分割された片側のみが幾寅駅にて保存されている。
JR東日本における冷房化・機関換装[編集]
1987年から1995年にかけてサブエンジン式による冷房化が26両に、それ以降は機関直結式による冷房化が113両に対して施された。後者の冷房化車両はエンジンをカミンズ製の350ps出力を出すDMF14HZに取り替えられたが、変速機をそのままにしたため出力を300psに落として運用している。
JR東海における冷房化・機関換装[編集]
JR東海では59両全車がカミンズ製エンジンへの機関換装と冷房化を施工されている。当初はキハ40形6両とキハ48形5両に施工し、後から残る48両にも施工される形態となった。一部にはワンマン化も施されている。
JR西日本における冷房化・機関換装[編集]
JR西日本では保有する本系列の全車両に1995年までにサブエンジン式による冷房化、2001年までにコマツ製355psエンジンへの換装が行われているが、エンジンに関しては当初は265psで運用し、後に330psに引き上げ、1軸駆動による空転防止のためフルパワーでは運用されない。
体質改善工事[編集]
JR西日本のお家芸の延命工事で、冷房装置もほとんどの車両が機関直結式に変更されている。また、窓枠が改造され、現代的なものになった。
ロングシート化[編集]
岡山、米子、山口の各地区にロングシート化された車両が存在し、キハ40は番号を+1000、キハ47は番号を+2000されて区別されている。
キハ41[編集]
JR西日本のキハ47形1000番台5両に対し、播但線の非電化で残された区間に投入すべく両運転台化とトイレの設置が行われ、キハ41形2000番台となった。
JR四国における冷房化・機関直噴化[編集]
JR四国内に機関換装車は存在しないが、冷房化や機関直噴化といった改造は施工された。
JR九州における冷房化・機関換装・機関改造[編集]
JR九州では既に冷房化された15両以外に対しても1989年までにすべて冷房化された。この他、DMF15系エンジンの改良によりキハ40の7000番台、キハ47の5000番台や6000番台、機関換装によりキハ140系やキハ40の8000番台、8500番台キハ47の8000番台、9000番台、9500番台といったインフレナンバーが誕生した。なお、JR九州におけるDMF15系エンジンの改造については、過給空気量や燃料噴射量を増やす改造、および燃料噴射タイミングの変更による燃焼効率改善が主であり、予燃焼室式の構造は保たれているので直噴化とするのは誤りである。
2軸駆動化[編集]
寒冷地仕様のキハ47形500番台と1500番台の一部には2軸駆動化が施工され、番号を+3000されている。なお、3509・4509は8509・9509を再改造したもののため、+3000ではなく-5000されている。
ジョイフルトレイン・観光列車化改造[編集]
キハ40系列は使い勝手の良さから複数の車両が観光列車やジョイフルトレインに改造されている。しかし、座席を交換したものは窓割りがめちゃくちゃになっている場合が多い。
JR北海道における観光列車[編集]
改番こそされていないが、以下の観光用車両がキハ40形から改造されている。基本的に大きな改造はされていない。
- 北海道の恵み(道南、道央、道東、道北の4両)
- 道南はキハ40 1809、道央はキハ40 1780、道東はキハ40 1779、道北はキハ40 1720より改造された。車内はモケットの交換が行われている。
- 山紫水明(山明号と紫水号の2両)
- 山明はキハ40 1790、紫水はキハ40 1791より改造された。車内はモケットの交換、テーブル設置と木目調化が行われている。
- カムイサウルス復興トレイン(1両)
- キハ40 1706より改造された。
JR東日本におけるジョイフルトレイン[編集]
使い勝手の良さからJR東日本では多くのキハ40改造のジョイフルトレインが誕生している。この改造に伴いキハ40を片運転台化したキハ48 700・1700番台が登場している。2022年現在はリゾートしらかみくまげら編成、クルージングトレイン(旧リゾートしらかみ初代青池編成)、びゅうコースター風っこ、越乃Shu*Kuraのみが残存する。なお、そのほとんどは「のってたのしい列車」に区分される。
- クルージングトレイン
- リゾートしらかみ青池編成のキハ48 533、キハ48 540で組成された。
- リゾートしらかみくまげら編成
- キハ40 520、キハ40 515、キハ48 1521より改造。キハ48 1521は青池編成からの転用。窓の改造、ドア埋め、座席のリクライニングシート化、車椅子スペース設置が行われた。後年に4両化され、追加でキハ48 1503が改造された。この改造による改番は以下の通り。
- キハ40 520→キハ48 703
- キハ40 515→キハ48 703
- びゅうコースター風っこ
- キハ48 547、キハ48 1541より改造。窓の改造、ドア埋め、座席の交換、車内の改造、バリアフリートイレ設置が行われた。前面は元のキハ40顔のまま。
- 越乃Shu*Kura
- キハ48 558、キハ48 1542、キハ40 552より改造。前照灯のLED化、窓の改造、ドア埋め、座席の交換、車内の改造、バリアフリートイレ設置、男性用トイレ設置が行われた。びゅうコースター風っこと同様、前面は元のキハ40顔のまま。
以下のジョイフルトレインは廃車・編成解除された。
- きらきらみちのく→リゾートうみねこ(2020年廃車)
- キハ48 1505、キハ48 1534、キハ48 1506より改造。窓の改造、ドア埋め、座席の交換、車椅子スペースの設置、バリアフリートイレ設置、男性用トイレ設置が行われた。座席は2号車である1534を除きリクライニングシート化された。1534のみボックス席。1534にはイベントスペースが設置された。
- リゾートうみねこへの改造時にイベントスペースだった場所に補助席が設置された。
- リゾートみのり(2020年廃車)
- キハ48 550、キハ48 549、キハ48 546より改造。窓の改造、ドア埋め、座席のリクライニングシート化、車椅子スペースの設置、バリアフリートイレ設置、男性用トイレ設置が行われた。549は原型顔のまま。
- リゾートしらかみ初代橅編成→あきたクルーズ号(2019年廃車)
- キハ40 506、キハ40 507、キハ40 510より改造された。窓の改造、ドア埋め、座席のリクライニングシート化が行われた。後年に4両化され、青池編成のキハ48 1543が編成に追加された。この改造による改番は以下の通り。
- キハ40 506→キハ48 701
- キハ40 507→キハ48 1701
- キハ40 510→キハ48 702
- 漫遊→ふるさと(2016年廃車)
- キハ48 534、キハ48 548、キハ40 2138より改造。窓の改造、車内の改造が行われた。この改造に伴う改番は以下の通り。
- キハ48 534→キロ48 1→キハ48 2501
- キハ48 548→キロ48 2→キハ48 2502
- キハ40 2138→キロ40 1→キハ40 2501
- うみねこ(2017年廃車)
- キハ48 555、キハ48 1549より改造。座席のリクライニングシート化や車椅子スペースの設置が行われている。車内は座席を除き大きな改造はされておらず、扇風機など原型時代の面影が大きく残っている。リゾートうみねことは異なる。
- リゾートしらかみ初代青池編成
- キハ48 533、キハ48 1521、キハ48 1543、キハ48 540より改造された。改番はされていない。窓の改造、ドア埋め、座席のリクライニングシート化が行われた。1521と1543は中間車として使用されているため、原型顔のままである。
JR西日本における観光列車[編集]
JR西日本においても複数のキハ40から改造された観光列車が登場している。大規模な観光列車化が行われた車両は7000番台に改番されている。7000番台については原番号を問わず全て7001から振り直されている。
- 瀬戸内マリンビュー→etSETOra
- 広島に所属し、ドア埋め、貫通扉撤去、前面方向幕の撤去、バリアフリートイレ設置、車内の改造、座席交換が行われ、7000番台に改番された。etSETOraに改造する際にグリーン車化されキハ47形からキロ47形へ型式変更された。
- キハ47 3002→キハ47 7001→キロ47 7001
- キハ47 2011→キハ47 7002→キロ47 7002
- みすゞ潮彩→○○のはなし
- 広島に所属し、ドア埋めと車内の改造、座席交換が行われた。〇〇のはなしへの改造時にバリアフリートイレ設置、コンセント設置が行われた。
- キハ47 1107→キハ47 7003
- キハ47 46→キハ47 7004
- あめつち
- 後藤に所属し、ドア埋め、前面方向幕埋め、トイレ洋式化、車内の改造、座席交換が行われた。同時にグリーン車化が行われキロ47形へ型式変更された。
- キハ47 3016→キロ47 7005
- キハ47 2010→キロ47 7006
以下の観光列車は改番されていない。
- 花嫁のれん
- キハ48 4とキハ48 1004より改造。金沢に所属し、車内の改造、座席交換、バリアフリートイレ設置、ドア埋めや窓の一部撤去、貫通扉撤去、前面方向幕埋め・前照灯の移設、ジャンパ栓の撤去、スカートの改造が行われた。
どこかキハ40 764を連想させる姿である。大規模な改造が行われているが、7000番台化は行われていない。 - ベル・モンターニュ・エ・メール
- キハ40 2027より改造。富山に所属し、窓の改造とカウンター席の設置、テーブルの設置が行われた。ボックス席は交換ではなく、国鉄時代からあるものを改造していると思われる。
- 天空の城 竹田城跡号→うみやまむすび
- キハ40 2007より改造。窓の改造、トイレ洋式化、カウンター席の設置、転換クロスシート化が行われた。転換クロスシート自体は227系などと同じものである。
伊予灘ものがたり[編集]
キハ47 501とキハ47 1501より改造され、ドア撤去、車内の改造、座席交換、サービスカウンター設置、トイレ洋式化が行われた。2022年にキハ185へ置き換えられたため、運用を終了した。
- キハ47 501→キロ47 1401
- キハ47 1501→キロ47 1402
D&S列車群[編集]
水戸岡プロによる観光列車化改造はキハ40系列に対しても行われている。以下が該当する。
- いさぶろう・しんぺい
- キハ47 8159、キハ47 9082とキハ140 2125より改造された。なお改番は行われていない。前照灯増設、窓の改造、車内の改造、座席交換、トイレ洋式化が行われた。普段キハ140 2125は予備車である。なお、キハ140 2125はふたつ星4047に改造され、残る2両も2023年秋に運用を終了し下記「かんぱち・いちろく」に改造された。
- はやとの風
- キハ47 8092、キハ147 1045、キハ140 2066より改造された。なお改番は行われていない。窓の改造、車内の改造、座席交換、バリアフリートイレ設置が行われた。キハ140 2066は「指宿のたまて箱」仕様へ改造され、はやとの風との共通予備車である。ふたつ星4047への改造に伴い運行を終了した。
- かわせみ・やませみ
- キハ47 8087、キハ47 9051より改造された。なお改番は行われていない。前照灯増設、固定窓化、ドア撤去、ドア開閉ランプ設置、車内の改造、座席交換、バリアフリートイレの設置が行われた。キハ47 8087が「かわせみ」、キハ47 9051が「やませみ」。かつては上記「いさぶろう・しんぺい」用のキハ140 2125も増結用に使用されていた。
- 指宿のたまて箱
- キハ47 8060、キハ47 9079とキハ140 2066より改造された。なお改番は行われていない。車内の改造、座席交換、カウンター席の設置、バリアフリートイレの設置が行われた。キハ140 2066ははやとの風との共通予備車である。
- 或る列車
- キハ47 176、キハ47 1505より改造された。前者がキロシ47 9176に、後者がキロシ47 3505に改番された。前照灯増設、幌枠撤去、窓・ドア撤去、車内の改造、座席交換、テーブル設置、個室の仕切り設置、バリアフリートイレ設置、トイレ増設が行われた。なお、種車であるキハ47 176、キハ47 1505はJR四国で廃車になった車両である。
- ふたつ星4047(上記のいさぶろうとはやとの風からの改造)
- キハ47 8092、キハ140 2125、キハ147 1045より改造された。車両の改番が行われている。なお、種車が全て運転台付き車両のため、常時変態連結状態となっている。ドア撤去(キシ140 4047)、車内の改造、座席の改造、荷物置場設置が行われた。2号車のキシ140 4047は座席が大きく改造されている。また、冷蔵庫の設置や売店の設置も行われている。
- キハ47 8092→キハ47 4047
- キハ140 2125→キシ140 4047
- キハ147 1045→キハ147 4047
- かんぱち・いちろく(上記のいさぶろうからの改造)
- 上記いさぶろう・しんぺいを引退させ、キハ47 8159とキハ47 9082を新たな観光列車に改造することになったが、3両編成を組むにあたり中間車をキハ125から改造し、変態連結第2号となっている。いずれも形式名は2R形に改められた。
各社の状況[編集]
JRにおけるすべての旅客会社に継承された。これは他にキハ58系や国鉄DE10形ディーゼル機関車くらいしか該当しない。なお、DE10についてはJR貨物にも継承されている。
JR北海道[編集]
キハ40形150両とキハ48形7両の計157両を継承した。短編成での運用が前提のため、電磁ブレーキ制御用のジャンパ線が撤去されている。キハ48については学園都市線電化後の2016年までに全滅している。
その後、2020年以降、H100形の増備により廃車が進み、函館本線の山線区間や室蘭本線からは撤退済み。2022年3月には根室本線の釧路口からも撤退している。
そして2023年11月に入り、ついに2025年3月の定期運用終了が発表されたため、同社のキハ40の原型車はそれまでの命となる。
JR東日本[編集]
3形式計219両を継承。大出力のキハ100系やキハ110系の投入後は平坦区間の非ワンマン線区へと転用されていった。
2002年にはキハ40 511が会津鉄道に譲渡され、同社のAT-401となった。
東日本大震災での廃車も存在し、キハ48形4両が津波に流され廃車。静態保存車のキハ40 519も同時に津波で流されてしまった。
その後、2017年から本格的な淘汰が始まり、2019年からはGV-E400系への置き換えも加わって、2021年3月までにジョイフルトレイン以外のすべての車両が営業運転を終え、後述のように小湊鐵道などに一部が譲渡された。
JR東海[編集]
3形式計59両を継承し、上記の冷房化、機関換装等を施され、主に高山本線や紀勢本線の長距離運用に就いた。1991年から一時期は2両が東海交通事業城北線に貸し出された。
2015年の武豊線電化により、キハ25やキハ75が高山本線や太多線に転入したため置き換えが始まり、2016年に最後まで残った5両の廃車でJR東海の国鉄型気動車は全廃となった。廃車後はほぼ全てミャンマーに渡っている。
JR西日本[編集]
3形式計257両を継承。うちキハ48は5両のみの継承となった。2009年頃からは首都圏色への塗替えが進み、現在はジョイフルトレインとラッピング以外のすべてが首都圏色である。
2010年頃にキハ48形の3両が廃車され、2021年にはさらにワンマン非対応車のキハ47が2両廃車された。2022年現在は252両が在籍し、非電化線区の主力車となっている。
岡山所属車と花嫁のれんには前照灯のLED化が施されている。
2022年現在、JR西日本では本系列の置き換えのためにDEC700形電気式気動車の開発を進めており、量産を開始すると即座に置き換えが始まるものと予想される。
JR四国[編集]
キハ40形11両とキハ47形42両の計53両が継承された。キハ40にはワンマン化も施されたが、新形式による廃車も進み2022年現在は22両が在籍する。
JR四国でも2022年現在新型気動車の導入計画があり、導入が始まると急速に数を減らし始めるものと思われる。
JR九州[編集]
キハ40形36両とキハ47形106両の計142両を継承。2020年現在は未改番の車両を中心に廃車が進み、計132両が在籍する。
また、2012年にJR四国のキハ47 176とキハ47 1505がJR九州に譲渡され「或る列車」に改造されている。
2003年以降、長崎地区で定期運用を見かけることはなかったが、2022年9月23日の西九州新幹線開業後の江北 - 肥前浜 - 長崎間でキハ47の運用が復活した。このように新たな運用区間ができたことから、2022年以降はJR6社の中でもっとも安泰とみなして良い。
地方私鉄への譲渡車[編集]
会津鉄道、北条鉄道、錦川鉄道に各1両、小湊鐵道に5両、道南いさりび鉄道に9両が譲渡されている。全てキハ40の譲渡である。
会津鉄道は先述のように511が譲渡され、同社のAT-401となった。車体の3分の1がハイデッカーに改造されており、逆側は前照灯の増設以外はそのままとされた。一応両側に運転台が残されており、単独で運用についたこともある。
北条鉄道には輸送力増強のために秋田の535が譲渡され、2022年3月13日に運行を開始した。
錦川鉄道には烏山線の1009が譲渡され、内装をレトロ化改造された上で2017年9月より運用についている。
小湊鐵道では老朽化の激しいキハ200の代替車を模索しており、条件に合致する車両としてキハ40を採択。まず旧只見線の2021と2026が入線し、2021年より1, 2として運用を開始した。その後、秋田の1006, 2018, 2019が小湊入りしている。
道南いさりび鉄道では旧江差線で運用されていたキハ40形9両をJR北海道から譲受して運用に就いている。2両はながまれ号に改造され、残る7両もオリジナルカラーに変更された。
海外譲渡車[編集]
ミャンマー国鉄には北海道車5両を皮切りに運用を開始し、2015年にはJR東海から53両、JR東日本には19両がミャンマー入りした。いずれも冷房は撤去され、ドアは常に解放されて運用されている。
ベトナム国鉄では秋田でお役御免となった37両が運用開始する予定であったが、車齢40年を超えており、ベトナムの法律に全くもって適合しないことからボツになった。
タイ国鉄では上記ベトナム国鉄からの譲渡流れを引き取る形で購入する計画がある。
保存車[編集]
先述の鉄道員号の764のカットボディと津波で流されてしまった519の他に、1000番台3両が那須烏山市内の那珂川清流鉄道保存会で静態保存されている。
519については津波で流された際に解体された。
関連項目[編集]
JR JR東日本の鉄道車両 |
JR東海の鉄道車両 |
JR西日本の鉄道車両 |