国鉄20系客車

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国鉄20系客車(こくてつ20けいきゃくしゃ)は、日本国有鉄道客車である。

概要[編集]

10系客車と同様の軽量構造である。特別急行列車専用の固定編成客車である。編成の一端に電源車を連結し、ここから編成全体の電力を供給する。3等車まで冷房化され、固定窓となり、専用塗装をまとった。

登場の背景[編集]

1956年に当時の客車特急列車ダイヤから机上試算で設定して登場した特急「あさかぜ」は、急行にも使われている旧型客車の寄せ集めの編成[注釈 1]にも関わらず好評だった。そこで、「新時代の夜行列車」をアピールするために編成を置き換え、登場時の車輌を別の夜行増発[注釈 2]に充てることで登場した。

車体構造[編集]

  • 10系客車と同様の軽量構造である。
  • 編成端部にディーゼル発電機を備えた荷物兼用電源車マニ20を連結し、車両で使用する電力をすべて賄った。後に直流区間のみ架線から電源を取るカニ22も製造されたが、重量が嵩んで不評で、1989年のオハネフ25の改造まで、架線から電源を賄う客車は存在しなかった。

新製形式[編集]

  • ナロネ20
3両だけが製造された1人用と2人用個室を備えた2等A寝台車として登場し、等級制度改正により1等A寝台車となり、等級制度廃止によりA寝台車となった。「走るホテル」の名に相応しく、個室内に個別で洗面台が設置され、車内に荷物室や給仕室を備える。
  • ナロネ21
マロネ41と同様の構造を持つ2等B寝台車として登場し、等級制度改正により1等B寝台車となり、等級制度廃止によりA寝台車となった。中央通路式で、その両側に2段式寝台を備え、寝台不使用時は、上段を折り畳み、下段をスライドさせてボックスシートにするプルマン式である。上段には車外を見ることができるのぞき窓が設置された。登場の翌年に同じ車体構造を持つオロネ10マロネ29置き替え用として急行列車用として登場した。
  • ナロネ22
特急さくら用に製造された2等AB寝台車として登場し、等級制度改正により1等AB寝台車となり、等級制度廃止によりA寝台車となった。1人用個室とプルマン式開放寝台の合造車。
  • ナロ20
ナロ10と同様の構造を持つ2等車として登場し、等級制度改正により1等車となり、等級制度廃止によりグリーン車となった。中央通路の両側にリクライニングシートを設置した。寝台特急への座席車連結廃止でナハネ20へと改造・廃車により1978年までに消滅。
  • ナハネ20
基本的なレイアウトはナハネ11に準ずる3等寝台車として登場し、等級制度改正により2等寝台車となり、等級制度廃止によりB寝台車となった。通路に折りたたみ式座席が設置された初めての形式。
  • ナハネフ22
3等→2等→B寝台車。基本レイアウトはナハネ20に車掌室を設けたようなもので、片側の車端部が流線型となっており、半分を車掌室、もう半分を展望室としていた。
  • ナハネフ23
3等→2等→B寝台車。ナハネフ22同様車掌津を持つが、編成中間に連結することを前提に貫通式・切妻とした車両。
  • ナハ20
3等→2等→普通座席車。回転シートを備えるが、当初は車両基地などでの転換作業を想定して車端部から順番に回転させてやる必要があったため、乗客が任意に回転させられなかった。車内には食堂車の補完も兼ねて売店が設置されていた。座席車連結廃止でナハネ20へ改造されて消滅。後に急行用座席車として登場したナハ21は出自が異なる。
  • ナハフ20
ナハ20に車掌室を設けた車両。座席車連結廃止でナハネフ20、ナハネ20、ナハネフ22へ改造されて消滅。
  • ナハフ21
ナハフ20同様車掌室を持つが、編成中間に連結することを前提に貫通式・切妻とした車両。ナハ20同様、売店を設置。座席車連結廃止によりナハネフ21、ナハネフ23へ改造されて消滅。
  • ナシ20
国鉄オシ17形客車に準ずる基本構造を持つ全室食堂車。完全電化された厨房と車両メーカーごとに異なる食堂の内装デザインが特徴。1978年に運用離脱したもののすぐには廃車にならず、国鉄分割民営化直前に全廃され形式消滅。
  • マニ20
250kvAのディーゼル発電機と荷重3トンの荷物室を持つ電源車。車両全長が17.5mと短いのが特徴。
  • カニ21
マニ20をベースに、全長を20mに拡大し、荷物室の荷重を5トンへと増強した。
  • カニ22
カニ21をベースに、直流電化区間での電源供給に架線電源を活用できるようパンタグラフと電動発電機を装備した電源車。

改造車[編集]

  • マヤ20
途中で分割する付属編成の電源供給用として余剰となっていたオハシ30、スハ32といった旧型客車に発電機を搭載した簡易電源車。短距離・短編成用のために荷物室は持たない上に発電容量は小さい。原則として付属編成の単独運転区間でのみ使用され、やむを得ず本務電源車の代用とする場合、山陽本線内で本務電源車と交換する事が決められていた。ただし車両のやりくりがどうしてもつかなくなった際に東京までの全区間の本務電源車として使用されたことがある。
  • ナハネフ20
座席車のナハフ20をB寝台車へと改造した車両。1ボックスあたりの幅が230mm広く、ナハネフ22と比較して定員が6名少ない。
  • ナハネフ21
座席車のナハフ21をB寝台車へと改造した車両。
  • カヤ21
急行列車への20系転用で元空気ダメ管の引き通しがない荷物車郵便車機関車と20系の間に連結するケースが出ることや、元空気ダメ管の改造を受けていない機関車が牽引するケースも想定されたため、カニ21の荷物室を元空気ダメ管に圧縮空気を供給するコンプレッサーの搭載スペースへと変更したもの。
  • ナハ21
ナロネ21をボックスシートの座席車へと改造した車両。急行十和田・だいせんで運用され、A寝台車由来の広いシートピッチが密かな人気を誇った。
  • ナハネ20・ナハネフ22・ナハネフ23 1000/ナハネ20 2000
20系を10系寝台車の置き換えとして使用するため、12系客車との連結に対応するよう改造を施した番台。客用ドアが自動ドアとなった他、サービス電源は12系から供給を受けるため、1000番台はジャンパ連結器が12系との連結に対応するものに交換されている。このため、本来の20系客車との営業運転が出来なくなった。ナハネ20 2000は編成中間への連結に限定されたもの。

他形式・他用途への改造[編集]

  • カニ25
余剰のカニ22を改造し、25形客車編成の「あかつき」に使用された。
  • オニ23
オリエント急行'88運転時、ネジ式連結器を使用するオリエント急行客車と自動連結器を使用する日本の機関車の間で連結器変換のアダプターとしてナハネフ23から改造。車内は日立のハイビジョンシアターに改造され、電源供給用のディーゼル発電機が床下に設置されている。

運用[編集]

  • 1958年東京駅博多駅とを結ぶ特急「あさかぜ」を置き換え。「あさかぜ」には約20年間使用された。
  • 1959年東京駅長崎駅とを結ぶ特急「さくら」を置き換えた。
  • さらに翌1960年には東京駅西鹿児島駅を結ぶ特急「はやぶさ」を置き換えた。
  • 1964年には、東京 - 九州間以外で初めて「はくつる」に投入された。
  • 最後に定期特急に使用されたのは1980年9月までの「あけぼの」。但し、その後も「あさかぜ」、「明星」の臨時便として使用された。
  • 1976年急行銀河」を置き換えたのを皮切りに「天の川」「新星」といった夜行寝台急行列車にも使用され、さらに、A寝台車ナロネ21を改造した普通座席車ナハ21が登場し、12系客車との混結運用も登場したが、これらの夜行急行列車も列車自体の廃止や、14系客車、24系客車への再度の置き換えにより、国鉄分割民営化対応の1986年11月改正で「ちくま」「だいせん」「かいもん」「日南」を最後に定期運用を終了した。
  • 1987年4月1日の分割民営化後はJR東日本とJR西日本に引き継がれ、臨時列車[注釈 3]や団体列車など波動用に使用された。

その他[編集]

日本で初めて車内チャイムを搭載された車両であり、原田義人作詞のアルプスの牧場ブラームスの子守唄ハイケンスのセレナーデの車内チャイムが搭載されていた。平成9年(1997年)に全車両廃車。

関連項目[編集]

注釈[編集]

  1. スハニ32、ナハ10、ナハネ10、マシ35、スロ54、マロネ40、マロネフ29。
  2. 鹿児島方面の夜行特急「はやぶさ」。後にブルトレ化。
  3. 当初は臨時特急「あさかぜ」、「明星」、「日本海」として運行されたが、定期列車との格差は否めず、後に「玄海」、「霧島」、「あおもり」など臨時急行に格下げされた。