JR福知山線

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福知山線(ふくちやません)は兵庫県尼崎市尼崎駅京都府福知山市福知山駅を結ぶ西日本旅客鉄道鉄道路線(幹線)である。

基本情報[編集]

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):106.5km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:30(起終点駅含む。JR宝塚線としては23駅)
    • 福知山線所属駅に限定した場合、東海道本線所属の尼崎駅と山陰本線所属の福知山駅が除外され[1]、28駅となる[2]
  • 複線区間:尼崎駅 - 篠山口駅間
  • 単線区間:篠山口駅 - 福知山駅間
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 保安装置:
    • 尼崎駅 - 宝塚駅間:ATS-P
    • 宝塚駅 - 篠山口駅間:ATS-P(拠点P方式)およびATS-SW
    • 篠山口駅 - 福知山駅間:ATS-SW
  • 最高速度:
    • 120km/h(尼崎駅 - 新三田駅間)
      • ただし、尼崎駅 - 宝塚駅間は2005年6月19日から当分の間、95km/hとなっている[3]
    • 105km/h(新三田駅 - 福知山駅間)
  • 運転指令所
  • 列車運行管理システムJR宝塚・JR東西・学研都市線運行管理システム (SUNTRAS) …尼崎駅(構内のぞく) - 新三田駅間

概要[編集]

大阪山陰地方を結ぶルートの一つであり、かつては普通客車列車を含む山陰地方への長距離列車が数多く運転されていたが、その後山陰地方へのメインルートは山陽新幹線伯備線、もしくは智頭急行智頭線に移行したため、現在では大阪と北摂北近畿を結ぶ路線としての意味合いが強く、また三田市篠山市方面から大阪・神戸への通勤・通学路線としても成長している。大阪駅 - 川西池田駅 - 宝塚駅間では阪急宝塚線梅田駅 - 川西能勢口駅 - 宝塚駅間と競合関係にあり、大阪駅 - 塚口駅 - 伊丹駅間では阪急神戸線阪急伊丹線の梅田駅 - 塚口駅 - 伊丹駅間と競合関係にある。

1986年11月1日の宝塚駅 - 新三田駅間の複線電化を機に、沿線住宅開発の進展とJR東西線の開業などにより新型車両が行き交う通勤路線となっている。また、川西池田駅 - 西宮名塩駅間・三田駅 - 丹波大山駅間・柏原駅 - 福知山駅間は国道176号とほぼ並行している。

大阪から福知山市・豊岡市などの丹波但馬地方の各市町や城崎温泉などの観光地への足として、豊岡駅城崎温泉駅発着の特急列車などもある。

篠山口駅・福知山駅発着で、ゆとり221系性能の223系225系電車(いずれも6000番台)で運転される列車は丹波路快速として運転されている。丹波路快速は、221系電車の当路線での運用が増加した2000年3月11日のダイヤ改正で運転を開始し[4]、その後2008年6月28日からは大半の列車が223系に置き換えられた。2011年3月12日のダイヤ改正で8両編成で運転される丹波路快速が大幅に増加[5]2012年3月17日のダイヤ改正で221系が同線から撤退し入れ替わる形で225系も運用されるようになった。なお、前年に行った丹波路快速の8両編成への増車が供給過多であったためかこのダイヤ改正で6両編成で運転される丹波路快速が増加している。

なお、尼崎止まりの列車は存在せず、全ての列車がJR東西線・学研都市線片町線)かJR京都線東海道本線)に直通する。

尼崎駅 - 宝塚駅間[編集]

尼崎駅からJR神戸線と分かれると、大きく右に曲線を描きながら同線を乗り越え高架線を下り、JR福知山線脱線事故の発生現場を通り過ぎる辺りで今度は左に曲線を描きながら名神高速道路を潜ると、ホーム2面3線の塚口駅に着く。塚口駅の東側には電留線があり、夜間のほか日中にも車両が留置されている。塚口駅を出るとすぐに阪急神戸本線を潜り、まっすぐ北進すると2面2線の猪名寺駅で、その先で山陽新幹線を潜って、さらに藻川および猪名川に沿って住宅と工場の中を北上すると伊丹市に入って快速停車駅の伊丹駅、さらに進んで国道171号を潜ると川西市と跨っている1面2線の北伊丹駅に着く。北伊丹駅の西側にも電留線が設けられており、車両の夜間滞泊が行われている。またこの周辺は大阪空港(伊丹空港)が至近にあり、同空港を離着陸する航空機が低空を飛行することがあるため、騒音により列車の到着がわかりにくい(案内放送や列車音が聞こえなくなるおそれがある)旨の注意書きが同駅ホームに掲げられている。北伊丹駅を出るとさらに猪名川沿いを走り、中国自動車道・国道176号を潜って、川向こうにある阪神高速11号池田線と並行して走る。猪名川と阪神高速道路が離れると、福知山線は進路を西に変えて川西市の市街地に入って、川西池田駅に着く。この駅は待避設備があるために快速列車と普通列車の緩急接続が終日行われている。川西池田駅から宝塚駅までは阪急宝塚本線と旧国道176号と平行して大阪平野の北辺を西に進む。阪急平井車庫への引込線を潜ってしばらく行くと、宝塚市に入り、周辺開発の著しい2面2線の中山寺駅である。並行する阪急宝塚線には雲雀丘花屋敷駅山本駅中山観音駅売布神社駅清荒神駅と比較的こまめに駅が設けられているが、福知山線はこの先の宝塚駅まで中山寺駅のみである。中山寺駅を出て東宝塚の住宅地を進み、中国自動車道を潜ると阪急宝塚本線と並走し、宝塚市の市街地が広がる。国道176号線を乗り越えて、阪急宝塚本線を潜ると宝塚駅に到着する。宝塚駅には特急を含めて全列車が停車する。宝塚駅は2010年に橋上駅化工事が完成し、あわせて現在の2面3線ホームから将来的に2面4線へのホーム改良が容易な設計となっている。

宝塚駅 - 篠山口駅間[編集]

宝塚駅からは山間の風情になっていく。第1武庫川橋梁武庫川を渡り、国道176号を潜って生瀬駅。六甲山地北側の山間部を武庫川の蛇行する流れをショートカットするかのように数本のトンネルで抜ける。そのトンネルの合間にニュータウン開発で誕生した西宮名塩駅とトンネルに挟まれた風情のある武田尾駅がある。武田尾駅を出て神戸市に入って道場駅を過ぎ、続いて三田市に入り田園地帯で視界が開けると、まもなく神戸電鉄が分岐する三田駅である。この区間のうち、生瀬駅 - 道場駅間は1986年7月31日までは武庫川渓流を眺める風情のある路線であったが新線に切り替わり、廃線となった旧線の一部は遊歩道となっている。

三田駅から三田盆地の田園地帯の真ん中を武庫川に沿って進む。次の新三田駅は2面4線で、篠山口方には留置線があり、福知山線の運転上の要所になっている。三田駅・新三田駅とも北摂三田ニュータウンの玄関口で、朝夕には接続する路線バスとの乗り換え客で混雑する。また新三田駅は関西学院大学(神戸三田キャンパス)への乗換え駅でもある。朝夕には新三田駅発着の快速も多数あるほか、日中の普通はすべて新三田駅止まりで、運転上も旅客流動上でも一つの区切りとなっている。新三田駅を出ると青野川、武庫川と渡って、右に曲がり2面3線の広野駅で、その先で北西に進路を変えて進み舞鶴若狭自動車道が見えてくると2面2線の相野駅に到着する。相野駅を出ると大きく曲がって行き進路を北に向けて走る。左手に舞鶴若狭自動車道が並行して走り、三田市の北端に2面2線の藍本駅がある。舞鶴若狭自動車道の高架が見え、短いトンネルを抜けると、篠山盆地に入り草野駅古市駅南矢代駅を過ぎ、そして武庫川と分かれるとまもなく篠山市の代表駅である篠山口駅に到着する。

篠山口駅 - 福知山駅間[編集]

篠山口駅 - 谷川駅間は加古川支流の篠山川の渓流沿いに下る。篠山口駅を出ると右手に舞鶴若狭自動車道の丹南篠山口インターチェンジを見ながら西へ曲がり、篠山川を右手に見ながら丹波大山駅で、国道176号と交差してさらに篠山川沿いを西に向けて走る。篠山川を渡ってしばらく走ると、丹波市に入って最初の駅である下滝駅である。ここから先もしばらく篠山川の北岸を西進し、加古川線との分岐駅で、2面3線で特急も停車する主要駅である谷川駅に到着する。谷川駅を出ると加古川線は真っ直ぐ西進するが、福知山線は右に曲がって北上する。国道176号線が近づいてくると丹波市の中心駅で特急停車駅の柏原駅である。柏原駅を出ると国道176号と交差して、続いて国道175号と交差して石生駅に到着する。福知山線の最大の特徴はトンネル無しに分水界を越えることで、石生周辺は太平洋日本海を分ける分水界の高度が本州で最も低い氷上回廊[6](この辺りでは分水田圃)である。

石生駅を出てカーブを通過してしばらく東を向いて走り黒井駅で、黒井駅を出ると北上する。右手に舞鶴若狭自動車道の春日インターチェンジを見て黒井川を渡り、国道175号とともに竹田川沿いに進んでいく。しばらく北上を続けて市島駅で、さらに竹田川に沿って北上を続ける。丹波竹田駅を過ぎると竹田川と分かれて、塩津トンネルに入り兵庫県から京都府に入る。土師川が右手に流れしばらくそれに並行して進み、福知山市の市街地に入っていく。福知山線は、路線名に京都府の地名を用いていながら、そちら側には途中駅が一切無い。また、2県間を通る路線としては1県にしか途中駅が無い路線の一つである[注 1]国道9号を潜って右手から山陰本線が近づき、それと合流して福知山駅に到着する。福知山駅の手前では、再建された福知山城の天守閣が見える。

複線化[編集]

輸送力増強のため、非電化区間であった宝塚駅 - 福知山駅間の電化による全区間電車運転と一部区間の複線化が行われることとなったが、生瀬駅 - 三田駅の山間部においては武庫川渓谷に沿っており、複線化が困難なことから、生瀬駅 - 道場駅間はトンネルの連続する複線の新線に切り替えられ、約1.8km短縮された。

まず、1986年8月1日より新線切り替えと宝塚駅 - 三田駅間の複線化が行われた。次いで同年10月15日より三田駅 - 新三田駅(この時点では開業前)が複線化され、11月1日行われた国鉄最後のダイヤ改正(1986年11月1日国鉄ダイヤ改正)から全面的に電車で営業を開始した。同時に、生瀬駅 - 武田尾駅間には西宮名塩ニュータウンの開発にあわせて西宮名塩駅が、三田駅 - 広野駅間にはウッディタウンの玄関口として新三田駅が開業し、特急「北近畿」の運転開始に加え、113系2両編成を主体として普通が日中時間帯で1時間あたり3本(大阪駅 - 福知山駅間1本、大阪駅 - 新三田駅間2本)に増発された。しかし、普通の2両編成は短すぎて多くの列車で満員となり遅延が続発し、特に22時台以降から最終列車にかけては時に積み残しが出るなど苦情が相次いだ。

その後は車両増結で対処したが、当時人口が急増していた西宮市北部地区や三田市の住民から快速列車の設定を希望する声が相次いだため、民営化後の1989年より快速が運転を開始した(快速の区間は現在と同じく、大阪駅 - 三田駅間のみ)。この時点で日中は特急0 - 1本、快速2本、普通4本の現在とほぼ変わらないダイヤになった。

篠山口駅以北の複線化と現状[編集]

丹波市は、篠山口駅 - 福知山駅間の単線区間の複線化をJR西日本に要望している[7]。また丹波市は団体利用への運賃補助を行い[8]、兵庫県も特急列車の料金補助を行う社会実験を実施していた[9]。そして兵庫県は「乗って 近づく 複線化」などと呼びかけている[10]。だが、2003年度の1日の乗車人員はこの区間の丹波大山駅から丹波竹田駅までの8駅を合わせても約3,600人であり、篠山口駅以北では少子化に伴う通学利用の減少やモータリーゼーションの浸透もあって減少傾向にある。

なお、篠山口駅 - 柏原駅間は谷川駅を経由するため遠回りをしており、さらに途中の川代渓谷は急曲線続きで速度が上がらず、たびたび崖崩れが発生し防災上も問題があることから、過去に何度か谷川駅を通らない国道176号沿いに鐘ヶ坂を越えるルートへの移設が検討されてきたが、旧西紀町経由では丹波大山駅または下滝駅から谷川駅までが廃線になると見られることから、谷川駅に「現行ルートでの複線化」を求める横断幕がある。

歴史[編集]

設備面では、1970年代後半から近代化が進められた。1979年 - 1980年にかけて塚口駅 - 宝塚駅間が順次複線化され、翌1981年に尼崎駅 - 宝塚駅間の直流電化が完了。また、1980年代前半までは腕木式信号機が現存したが列車集中制御装置 (CTC) の導入により姿を消した。だが、設備は近代化された一方で、車両は依然として旧型客車が主力であったため[注 2]、新車を相次いで登場させた[注 3]競合相手の阪急には太刀打ちできず、1970年代後半から1980年代前半にかけての度重なる国鉄運賃の値上げによる「国鉄離れ」もあって、利用客はほとんど伸びなかった。当時の普通列車は毎時1本程度しかなかったことや、宝塚駅以北への快速・普通列車は非冷房の気動車か客車による運転であったため(普通客車列車に冷房付きの12系客車が投入されたのは非電化時代末期の1985年3月14日ダイヤ改正から)、特に夏季はサービス面で大きく水をあけられたことから、当時の利用客は「大阪駅 - 宝塚駅間は阪急に乗ること」が半ば常識ともなっていた。そのため三田駅から大阪駅へ向かう客も宝塚駅で阪急に乗り換えた方が運賃の面でも安かったこともあり、所要時間では僅かに福知山線の方が早かったにもかかわらず、宝塚駅でわざわざ阪急に乗り換えていた。国鉄も宝塚駅まで電化した際に冷房の付いた103系電車を新製投入して対抗したが、これも結局は阪急の車両に比較すると見栄えせず、また本数も少なかったことや運賃の高さもあって乗車率は低迷したため、当線に登場した当初6両編成であったものがのちに4両編成に減車されている。また、神戸方面へも当時は神戸電鉄経由(当時は北神急行が開業していなかったので神戸電鉄有馬線鈴蘭台駅新開地駅経由)での所要時間とは大きく差がなかったが、やはり本数は福知山線の方が相当少なかった。

福知山線にとって劇的な変化が起こるのは、宝塚駅 - 新三田駅間の複線化、福知山駅までの全線電化が完成した1986年11月1日ダイヤ改正である[11]。それまで山間部を武庫川渓谷に沿って走っていたため複線化が困難であった生瀬駅 - 道場駅間をトンネルの連続する複線の新線に切り替えるとともに西宮名塩駅を新たに設置、また三田駅 - 広野駅間には新興住宅地の玄関として新三田駅を設置した。そして国鉄最後のダイヤ改正である1986年11月1日から全面的に電車で営業を開始し、特急「北近畿」の運転が開始された。

一方、福知山線最初の開業区間でもあった塚口駅 - 尼崎港駅間の通称尼崎港線が、旅客営業を1981年に廃止した後、1984年に完全に廃止された。同線は1898年に東海道本線の尼崎駅への連絡線を設けて大阪方面との直通運転を始めてからは、塚口駅 - 尼崎港駅間の貨物主体の盲腸線となっていた。晩年の旅客列車の本数は1日2往復で混合列車であった。

民営化以降[編集]

1997年には、篠山口駅までの複線化が完成し、JR東西線片町線(学研都市線)との直通運転が開始された。

2005年、塚口駅 - 尼崎駅間を走行中の快速列車が脱線し、多くの死傷者を出すJR福知山線脱線事故が発生。この事故をきっかけにして、JR西日本の経営体質や社員の管理に対する批判が高まった。

脚注[編集]

  1. 同様の路線はほかに水戸線草津線湖西線がある。
  2. 福知山線にも1978年から1979年にかけて気動車については新製のキハ47形を投入したものの、新車とはいえ非冷房かつ低性能であったため阪急の車両に対してかなり見劣りしていた。
  3. 阪急宝塚本線沿線は阪急電鉄の株主も多く、それらへの配慮で6000系8000系などの車両が神戸本線に先駆けて投入された実績がある。

出典[編集]

  1. 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年。ISBN 978-4-533-02980-6。
  2. 鉄道事業ダイジェスト - 西日本旅客鉄道
  3. 福知山線の運転再開および運行計画の変更インターネットアーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2005年6月14日
  4. 平成12年春 ダイヤ改正について(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 1999年12月17日
  5. 「大阪中心部のJR線事情」『鉄道ダイヤ情報』2011年5月号、交通新聞社
  6. 丹波市の概要 - 丹波市
  7. JR西日本に複線化などを要望 - 丹波市
  8. 「福知山線利用増進事業」のお知らせ - 丹波市
  9. JR福知山線特急料金一部助成社会実験(インターネット・アーカイブ)- 兵庫県丹波県民局
  10. 福知山線 スローガンと乗車目標[リンク切れ] - 兵庫県丹波県民局
  11. 寺本光照『国鉄・JR 関西圏 近郊電車発達史』JTBパブリッシング、2014年、pp.105-106

関連項目[編集]