直流電化
直流電化(ちょくりゅうでんか)とは、電気鉄道のうち、架線に流れる電流を直流対応にすることである。
概要[編集]
直流電化においては架線(第三軌条)とレールとの正負極を固定[注 1]とし、正負極間の電位差によって電動機が駆動する。
電気機関車や電車に使用されるモーターは直流直巻電動機が適していたため、鉄道の電化は当初、直流電化を行った。しかし、直流での高電圧送電は直流発電機の構造上不可能だった。大電力を輸送するために電流を大きくすると架線を太くする必要があり[注 2]、これは経済的ではない。また、電圧を高くして送電すると電圧降下が少ないので短区間に変電所を設けてそこまでは三相交流での送電を行い、電圧降下を防止した。
沿革[編集]
日本国有鉄道では、最初の電化区間の信越本線横川駅 - 軽井沢駅で第三軌条からの集電を主としたため600Vで、粘着運転切替までこの電圧値だった。都市部の国鉄電車区間でも当初は600Vや1200Vの電圧を採用し、後に1500Vとしていた。国鉄を引き継いだ新会社も同様にした。
大手私鉄も同様であるが、路面電車との平面交差のため600Vを採用して近年まで昇圧しなかった事業者もある。地方民鉄では600Vや750Vもあり、路面電車は600Vである。第三軌条方式の地下鉄は750Vが大勢だが、名古屋市営地下鉄などでは600Vである。
外国では3000Vを採用した例もあり、戦前の日本の鉄道省も弾丸列車や当初の新幹線での採用を計画していた。
現状[編集]
1950年代から交流電化が施設面で有利とされたが、直流電化も進められた。これは、従来の直流電化区間と直流電車で直通運転できるようにするためである。機関車牽引列車ならば機関車を取り替えれば良い[注 3]が、電車だと直流、交流いずれも対応できる電車が必要になり高価になるので、既に直流電化された首都圏と京阪神地区周辺は直流電化が進められた[注 4]。
長所[編集]
電車の力行運転に最適な直流電動機が使え、電車の制御装置も構造が簡単にできる。
電車における交流誘導電動機の採用が進むと、車両側で交直変換のコンバータが不要なので価格面で直流用車両は圧倒的に有利である。
短所[編集]
電力の損失の抑制[編集]
電力P=IVを輸送する場合。同じ電力を送るとして、電圧Vを高くすると、電流Iは小さくなり、送電線で熱(ジュール熱)となって失われる電力P=I2R(Rは送電線の抵抗)を小さくすることが出来る。また、使用する電線も細くできる。電圧をn倍に高くすると、同じ電力を送電するときの電流は1/n倍になり、送電線における電力の損失は1/n2倍に減少する。高電圧の交流は、消費地の変電所で変圧器を用い、適当に電圧を下げて使用者に供給している。
ジュール熱の抑制[編集]
送電では、ジュール熱を削減し、電気エネルギーの消費を抑える工夫がなされる。これは、エネルギーの浪費を抑えるほか、ジュール熱に起因する火災を防止するためにも重要である。
広く用いられている方法のひとつに、十分な太さの電線を用意することが挙げられる。導体の電気抵抗は、その太さに反比例するため(抵抗率)、 想定される電流量に対して十分な太さが確保できれば、ジュール熱が削減できるという算段である[注 5]。
非常に大きな電気エネルギーを扱う送電線の幹線などでは、際限なく太い電線を用意することは現実的に難しい。そのため、電流量を減らす取り組みがなされる。電圧を上げれば、少ない電流であっても十分な電気エネルギーを送れるので、これを利用するのが、高圧送電線である。
変電所の増設[編集]
交流は高電圧での送電が可能なので変電所の数を少なくできる。これに対し、直流は高電圧での送電は不可能[注 6]なので電圧降下の防止のため変電所の数を増やす必要がある。
電食[編集]
直流電化では、レールからの漏れ電流による電食障害が発生する。帰線を通じて電源に戻るべき電流が電気抵抗の差によって地中に漏洩し、近くの金属管(ケーブル、水道管、ガス管)に穴を開ける結果となる。この防止のためには、帰線からの漏れ電流をなくすこと、帰線のレール近接部分と金属製地中菅とを離すこと、帰線の電気抵抗を小さくすることが考えられる。また、軌道1km当たりの漏れ電流を規制している。
地磁気への影響[編集]
き電線、電車線及び直流帰線からの漏れ電流や磁力線のために地球の磁気や電気の観測所の測定に障害を与える。
保守面[編集]
直流電動機を用いた車両は、整流子が不可欠で、摩耗に備えた保守整備が欠かせない。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 堀孝正『パワーエレクトロニクス』オーム社出版局2002年2月25日第1版第7刷発行
- 酒井善雄『電気電子工学概論』丸善株式会社
- 力武常次、都築嘉弘『チャート式シリーズ新物理ⅠB・Ⅱ』数研出版株式会社新制第11刷1998年4月1日発行
- 矢野隆、大石隼人『発変電工学入門』森北出版株式会社2000年9月13日第1版第4刷発行
- 西巻正郎・森武昭・荒井俊彦『電気回路の基礎』森北出版株式会社1998年3月18日第1版第12刷発行
- 電気学会「電気学会大学講座電気機器工学Ⅰ」社団法人電気学会2002年1月31日14刷発行
- 電気学会『電気施設管理と電気法規解説9版改訂』電気学会
脚注[編集]
- 注
- ↑ 一般的にレール側を接地して基準値に取る。
- ↑ 北陸本線、湖西線の電化を、交流20000Vから直流1500Vに変更する際、架線を太くする必要があった。
- ↑ 日本では機回しの必要性が欠点として強調され、欧州で普及している制御客車を用いて後ろから機関車を押すペンデルツークの導入にJRが消極的だったため、機関車運用の長所が実質黙殺された。
- ↑ 一方で、先行して直流電化した東北の福島 - 米沢間や山寺 - 作並間は交流電化に変更された。
- ↑ オームの法則、 E=IR (Eは電圧V、Iは電流A、Rは電気抵抗Ω)で表される。 抵抗は、導線の長さlに比例し、断面積Sに反比例する。すなわちR(Ω)、ρ(m・Ω)、l(m)、S(m2)とすると、 が成り立つ。 比例定数ρをその導線の材質の抵抗率という。ρは導線の長さが1m、その断面積が1m2あたりの電気抵抗となる。
- ↑ 日本では直流1500V、外国の例では3000V。