新城市

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しんしろし
新城市
日本国旗.png日本
地方中部地方東海地方
所属愛知県
Wikipedia-logo.png新城市

新城市(しんしろし)は、愛知県の東部に位置するである。東三河地方に含まれる。

概要[編集]

昭和30年(1955年4月南設楽郡新城町は東郷村千郷村八名郡八名村舟着村と合併した。昭和33年(1958年11月には新城町が市制施行して新城市が成立。平成17年(2005年10月1日、南設楽郡鳳来町・南設楽郡作手村を編入合併し、市域を拡大している。

この市域のほぼ中央を豊川が南西に流れており、豊川とほぼ平行してJR飯田線国道151号線(伊那街道)が走っている。豊川の右岸は木曽山系の南端を形成する本宮山(789メートル)や雁峰山(628メートル)が500メートルから700メートルの峰を北東から南西に連ねている。左岸は右岸と地質が全く異なり、赤石山系と弓張山系が遠く渥美半島まで伸び、右岸とは異なった山容でかなり河川が浸食された壮年期の地勢を示している。そして、豊川の流れに沿って2キロから3キロの河岸段丘が発達しており、市の主要部はこの河岸段丘上にある。

豊川右岸は江戸時代においては徳川氏譜代家臣である菅沼氏が7000石で陣屋を置いて支配していた。一方、豊川左岸は定府大名安部氏の支配地で、半原(現・新城市富岡)に代官所を置いており、大政奉還後、安部氏が武州岡部から藩庁を移して半原藩が成立した。

この地は三河から信濃に通じる伊那街道(現在の国道151号線)に沿う街道町、市場町として繁栄し、豊川を利用する舟運と馬背運輸の荷物の積み替え地でもあったため、「山の湊」と呼ばれて大いに繁栄し、明治初期に税金を課す分一番所(現・豊川市東上町に所在)が無くなると、慶応期よりも舟運が繁栄した。

ところが明治中期に入り、飯田線の前身の豊川鉄道が開通すると舟運が無くなるが、一方で長篠駅(現・大海駅)が陸上交通の積み替え地となる。しかし、鳳来寺鉄道が開通すると一気に衰退した。ただ、局地的な中枢性は維持し、1958年に県内では稲沢市と同時に市制施行した。1960年代後半以降は東名高速道路の開通があり、豊川ICに近い川田地区を中心に大規模な工場の進出が行なわれ、工業都市化への傾向が強まり、奥三河地方における商業的核心地として再び繁栄を遂げる。そのため、農村部の人口減少にブレーキがかかり、昭和45年(1970年)から人口増加が再度始まった。農業は兼業化が進み、米や野菜類のほか、果樹栽培が行なわれて養鶏や養豚などの畜産も盛んに行なわれている。また木材の集散や加工を中心とした林業も行なわれている。

JR線が西小坂井駅小坂井駅で短絡せず迂回しているため、「県庁所在地の名古屋市から一番遠い県内の市」だったが、平成末期に新東名高速道路が開通し、市内にインターチェンジが設置されて、高速バスも運行されているため、名古屋市との時間距離も縮まりつつある。

市の東部には桜淵県立自然公園、西には本宮山県立自然公園に指定される景勝地であり、多くの古寺がある。また、市に古くから伝わっている郷土芸能の「大海の放下」や「火踊り」などは愛知県の無形文化財に指定されている。

年中行事[編集]

  • 奥三河芸能際(3月下旬)。
  • 薪能(8月上旬)。
  • 天王まつり(8月上旬)。
  • 大海の放下(8月14日 - 8月15日)。
  • 竹広の火踊り(8月15日)。
  • 鍋づる万灯(8月15日)。
  • 富永神社の祭礼(10月上旬)。
  • 新城歌舞伎(11月下旬)。

特産品[編集]

  • 川魚料理

新城市の見どころ[編集]

出身著名人[編集]

外部リンク[編集]