永禄

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永禄とは、日本で16世紀にあった年号である。

概要[編集]

西暦1558年から1570年まで、日本で使われた年号。ちょうど戦国時代の後期にあたる。それまで細川氏三好氏といった細川系の勢力が京都を支配していたところに、尾張国の一部のみの小勢力であった織田信長が急に勢いを伸ばして、近畿一円を支配するに至った時期にあたる。

全国の情勢[編集]

東北地方は、南部晴政伊達晴宗輝宗蘆名盛氏などの群雄が割拠していた。

東日本は、【甲相駿同盟(武田信玄北条氏康今川義元)】対【上杉系(長尾景虎→上杉謙信、関東諸勢力)】に分かれていて、特に武田・上杉間で何度も川中島の戦いが行われた。しかし、桶狭間の合戦以降今川家が没落し、その中で【武田信玄】対【越相同盟(上杉謙信北条氏康徳川家康織田信長)】という構図に変わっていった。

中日本は、当初三好長慶が、死後は三好三人衆が実権を握っていた。将軍足利義輝は将軍権力の奪還を狙うも暗殺され、三好家傀儡の足利義栄が将軍となった。その中で、尾張半国から急速に勢力を伸ばした織田信長足利義昭を擁して上洛、一気に天下人となった。

中国地方は、西・南が毛利元就、東・北が尼子晴久義久という構図であったが、結局毛利が全て統一した。

九州は群雄割拠であったが、北半分は大友宗麟の勢力下であった。

海外の政権[編集]

脚注[編集]