1408年
ナビゲーションに移動
検索に移動
1408年(せんよんひゃくはちねん)は、1400年代の8年目のことであり、日本の元号では応永15年である。日本の天皇は後小松天皇であり、室町幕府の征夷大将軍は足利義持である。
日本の出来事[編集]
- 2月 - 明船が兵庫から出港する。花山院長親が耕雲口伝を著す。
- 3月 - 峻翁令山が死去(65歳)。
- 4月 - 足利義嗣が15歳で従三位になり、さらに親王に准じて禁中で元服する。
- 5月 - 足利義満が死去(51歳)。朝廷が太上天皇の尊号を義満に贈ろうとするが、足利義持は辞退する。
- 7月 - 熊野本宮が焼ける。
- 8月 - 京都が暴風に見舞われ、社寺舎屋が倒れる。
- 9月 - 高甚が死去(86歳)。
- 12月 - 土倉・酒屋役の制が定められる。
- 12月15日 - 明の永楽帝が足利義持を日本国王に封じる。
- 月不明 - 如拙が退蔵院瓢鮎図を描く。
世界の出来事[編集]
- 5月24日 - 李氏朝鮮の開祖である李成桂が死去。
- 不詳 - インドのシャルキー朝の都・ジャウンプルにアターラ・マスジットが完成する。
- 不詳 - マルディンのアルトゥク朝がカラ・コユンル朝により滅ぼされる。