新横浜駅

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新横浜駅
しんよこはま
Shin-Yokohama
所在地横浜市港北区
所属事業者東海旅客鉄道(JR東海)
東日本旅客鉄道(JR東日本)
横浜市交通局(地下鉄)
乗入路線 3 路線
所属路線東海道新幹線
キロ程28.8km(東京起点)
品川 (22.0km)
(55.1km) 小田原
所属路線横浜線
駅番号JH 16
キロ程6.1km(東神奈川起点)
JH 15 菊名 (1.3km)
(1.7km) 小机 JH 17
所属路線ブルーライン(3号線)
駅番号B25
キロ程9.8km(関内起点)
湘南台から29.5km
B24 岸根公園 (1.6km)
(1.3km) 北新横浜 B26

新横浜駅(しんよこはまえき)は、神奈川県横浜市港北区篠原町および新横浜二丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)・東日本旅客鉄道(JR東日本)・横浜市交通局横浜市営地下鉄)のである。

概要[編集]

東海道新幹線横浜線横浜市営地下鉄ブルーラインが通る鉄道駅。1964年開業。

新幹線・特急はまかいじなど、当駅を経由する路線の全列車が停車。新幹線は当駅始発の列車もある。平日の9時までに当駅を発車する上りの「のぞみ」と「ひかり」に限り、新幹線通勤者で車内が混み合うのを避けるため、新幹線定期券や自由席特急券で普通車指定席の空席に座ることができる特例措置を採っている[1]。新幹線ホーム2面4線、横浜線・地下鉄ホーム各1面2線。

横浜線ののりば案内には一部列車の直通先の根岸線の駅名も記載されているが、JRのほとんどののりば案内では他線の路線名の案内の表示はされていない。なお、根岸線への直通は日中は横浜駅の一つ先にある桜木町駅までで、桜木町駅から先の磯子・大船方面への直通は朝夕のみである。

JR東海(東海道新幹線)、JR東日本(横浜線)とJR線2路線が別会社による駅のため、窓口によってサービスに一貫性が無く、所有する切符によってたらい回しにされることがあるので注意。

横浜市のハザードマップでは、JR東日本新横浜駅の地下通路は水没通行止めの可能性、新横浜駅周辺は0.5mの浸水の可能性があるとされている。

駅設備[編集]

JR東海(東海道新幹線)[編集]

  • 待合室は東乗換口、西乗換口のある各フロア、下りホームに2か所の合計4か所ある。
  • トイレは東乗換口のあるフロアの東京寄りと西乗換口のあるフロアの東京寄りにある。
  • 新幹線改札階とホームを結ぶ階段・エスカレーターは東乗換口・西乗換口ともに下りホームが2か所、上りホームが2か所である。

JR東日本(横浜線)[編集]

  • トイレはホーム八王子側端にある。
  • エレベーターは篠原口改札階とホーム階(下りエスカレータの降り口から八王子より)を結ぶ。
  • エスカレーターは以下の通り。2階から篠原口改札階に向かうエスカレーターのみ車椅子対応可能。
    • 篠原口改札階とホーム階を結ぶ両方向が階段に沿って1本ずつある。
    • 北口在来線改札階(新幹線乗換口階)→篠原口改札階を結ぶものがある。
  • 売店は、「NEWDAYS mini新横浜2号店」がホーム東神奈川方にある。

横浜市営地下鉄[編集]

  • 改札口は地下1階に2か所。定期券発売所・行政サービスコーナーは地下1階。トイレはそれぞれの改札を入った所にある。
  • エレベーターはホームと地下1階改札構内を結ぶものと、地上と地下1階改札構外を結ぶものがある。また、ホームにはもう1台、ホームと地下1階の事務室内を結ぶエレベーターがあり、利用する際には乗場前にあるインターホンで係員を呼び出して利用する必要がある。

北口[編集]

  • 北口はJR東海管轄なので「JR東日本のICカード」であるSuicaは別会社扱いである。Suica導入当初は使用できなかったが、現在はチャージと精算以外は使用できる。
  • 北口のある1階と改札のある2階との間には1フロア分の段差があるため、階段および上下両方向のエスカレーターエレベーターがある。
  • トイレは1階で、以前あった北口のみどりの窓口奥付近に仮設されている。
  • 品川・東京へ専用の券売機が2階新幹線改札口前のみどりの窓口内に設置されている。
  • 北口と新幹線改札の間は以前は以下のような状態だった。
    • 2000年代中頃(駅ビル工事の当初)まで - 北口のある1階に新幹線改札口があり、北口と改札口の間には段差がなく、改札内に階段および上りエスカレータ(北口改札口階→連絡改札口階)があった。
  • 北口と横浜線改札の間は以前は以下のような状態だった。
    • 1998年2月(かながわ・ゆめ国体に伴う工事前)まで - 北口のある1階に横浜線改札口があり、北口と改札口の間には段差がなく、改札内に階段があった。
    • 1998年2月 - 9月30日(かながわ・ゆめ国体に伴う工事中) - 北口側の横浜線改札口は使用できなかった。
    • 1998年10月1日以降(かながわ・ゆめ国体に伴う工事完了後) - 北口と横浜線改札の間は階段の他、上りエスカレータ(北口→改札)が存在していた。
    • 2000年代中頃(駅ビル工事の当初) - 北口と横浜線改札の間の既存の階段が封鎖され、新たに車椅子昇降機の付いた階段が設置された。

篠原口[編集]

篠原口と篠原口改札と間には高低差があるため、階段およびエレベーターがある。北口との間を結ぶ地下通路がある。横浜線の北口改札が1階から乗換改札口のフロアに移動する工事を行った際には、北口在来線改札を封鎖したために、横浜線ホームと北口側を移動する際に、篠原口と地下通路を利用するように案内があった。

在来線用ICカードと新幹線乗り換え[編集]

在来線用ICカードのTOICA、Suica、ICOCA、PASMOで横浜線方面から乗車(SF〔チャージ〕部分を利用した乗車)し、あらかじめ購入した新幹線の乗車券類で同駅から新幹線に乗り換える場合、乗換改札機に新幹線磁気乗車券類を挿入してからICカードで触れることにより、磁気乗車券類の発駅まで(磁気乗車券が横浜市内発の場合はICカードの乗車駅から最も近い同市内の区域駅まで)の運賃が自動精算される。在来線用ICカードとEX-ICカードを組み合わせて乗り換える場合は、乗換改札機に両方のカードを重ねて触れる。この場合、EX-ICカード単独では在来線改札から入場できないが、篠原口から在来線用ICカードで入場し、乗換改札を同様に通ることができる。その際在来線用ICカードに入場券料金は掛からない。なお、他の駅から在来線用ICカード(同)で乗車し、新横浜駅から有効な新幹線の乗車券(類)を持っておらず、乗り換え改札を利用したい場合は、在来線用ICカードを挿入または呈示して、乗り換え口の券売機や切符売り場で新幹線の乗車券類を購入しなければならない。この場合、在来線用ICカードの入場駅を発駅(発駅が特定都区市内に含まれ、その適用を受ける場合は、その都区市内発)とする乗車券(類)を現金またはクレジットカードで発売した上で、在来線用ICカードの入場記録は取り消して返却される(チャージは充当できない)。

歴史[編集]

新横浜駅の構想は、戦前の弾丸列車計画にさかのぼる。この計画では、横浜における停車駅として「新横浜駅」を横浜線との交点に設ける構想だった。具体的には東急東横線との連絡を図るため、菊名駅付近とする案が最有力だったといわれる。

そもそも当駅周辺は鶴見川鳥山川の合流する河川敷で、鶴見川が蛇行しながらV字型に流れていたため大雨による洪水が大変に多かった。そのため横浜市内ながら水田以外の利用が難しく、かつては広大な田園地帯が残っていた。ラーメン博物館横浜アリーナ・プリンスホテル・横浜国際総合競技場・労災病院などの施設は駅舎も含め、駅開業前まではすべて水田であった。1964年の新横浜駅開業でその田園南部に駅舎が出現したが、開業後しばらく駅前には広大な水田や空き地が広がっていた。新幹線の開業からしばらくして、次第に企業やホテルなどが集まってきた。

新幹線開業当初は、「ひかり」が4時間で東京 - 大阪間を結ぶために停車駅を1 - 2駅に絞る必要があったため、「こだま」しか停車しなかった。しかし、「こだま」しか停車しない東海道新幹線の駅は熱海駅三島駅のような例外を除き、中央に2本の通過線、両脇に2本以上の待避線を持った構造の物が普通だったのに対し、新横浜駅は当初から「ひかり」の停車駅になることを見込んで名古屋駅京都駅と同様の島式ホーム2面4線構造で建設されていた。その後、1970年代に入りコンピュータの性能の向上により複雑なパターンのダイヤも組みやすくなったことと、横浜市民や横浜政財界からの強い要望に応える形で、1976年になって「ひかり」が停車するようになった。その後は年々停車本数が増え、1992年3月14日以降は「のぞみ」も停車開始、開業から40年以上が経過した2008年3月15日より全列車が停車するようになった。

また、横浜線快速停車駅を決定する際にも当駅は当初通過される予定だった。しかし、快速が新幹線の乗客に利便性をもたらさないデメリットや、「新幹線の停車駅なのに快速が通過するのはおかしい」という意見により、停車することとなった。

「ひかり」号停車に関する経緯[編集]

開業当初は「ひかり」は新横浜駅を通過していたことが横浜市・市民にとって不満であり、横浜の選挙区から出ていた社会党議員が陳情したこともあった。一方の国鉄側にも止めない理由があった。新横浜駅新幹線ホームを2面4線と比較的大きな設備にしたことからも察せられるが、当初は「ひかり」号を停車させるつもりであった。しかし停車させた場合、「東京・大阪3時間。夢の超特急」の公約に大きく支障をきたすのは明らかであり、国鉄としては何とか停車駅を1,2駅に絞り込む必要に迫られたのでやむなく名古屋・京都停車とした(当初は京都も通過するつもりであった)。 そしてもう一つの理由は技術的なもので、当時のコンピュータ技術の未熟さにあった。コンピュータおよび運転関係者(運転司令部など)に過度の負担をかけないようにはダイヤを単純化させるほうがよく、その結果が「ひかり」「こだま」の2通りしかない停車パターンだった。このうち速達の「ひかり」はやはり「こだま」と差をつける(=停車駅を減らす)方が良く、また一部の「ひかり」が新横浜に停車するという別パターンのダイヤを作る(横浜市からはこのような要望もあった)のは、単純化という観点からして論外であった。 その後1970年代に入るとコンピュータ技術も進歩し、2パターンの(=デジタルな)ダイヤにこだわる必要もなくなった。

しかし、1972年10月2日の国鉄ダイヤ改正で一部「ひかり」号の新たな停車駅となったのは横浜市民の期待に反し、米原駅だった。これは新幹線と北陸本線の優等列車「しらさぎ」「雷鳥」(当時は湖西線は開業していないので「雷鳥」や「白鳥」等の大阪駅発着優等列車は米原経由)などとの接続を図ったダイヤだったが、失望した横浜市民や横浜政財界は「ひかり号は町(当時の米原町のこと。米原駅は新幹線の駅で唯一町にある駅だった)に停まるのに人口100万都市は通過するのか」と怒りを露にし、それまで以上に強く「ひかり」の新横浜停車を訴えていった。その後1973年10月、1975年3月と新幹線はダイヤ改正を行ったが、それでも新横浜は全列車が通過していた。ようやく1976年7月の改正で新横浜と静岡に停まる「ひかり」が一日一往復設定され、市民・政財界の悲願はたった一往復ながらも叶ったのである。やがて接続する横浜線の沿線人口が急増したことから、年々新横浜駅に停車する「ひかり」号は増え続けた。しかし「のぞみ」号が登場し、毎時一本東京~博多間の直通列車が走るようになると、新横浜停車は朝下り一本(名古屋、京都通過)のみで、再び市民のあいだに不満が募った。しかしこれも沿線の大きな需要にこたえる形で徐々に停車する「のぞみ」は増加し、2007年現在ではほぼすべての「のぞみ」が停車するに至った。

横浜駅へのアクセス[編集]

  • 横浜市営地下鉄ブルーライン快速で8分。各駅停車では10分。
  • 横浜線快速(京浜東北線直通)で11-13分。各駅停車でもあまり変わらない。こちらは新幹線など長距離切符の場合「横浜市内」の運賃に含まれるためこの方法が主流だが、直通列車以外では乗り換えで時間をロスすることが多い。

利用客の多い当駅から横浜駅は、横浜市営地下鉄も利用ができる。ダイヤ面では、横浜市営地下鉄・運賃面では、横浜線・当駅及び横浜駅の乗り換え面(いずれもJR線)では、横浜線が有利である。これだけだとダイヤ面以外では横浜線の方が便利であると言うことになるが、横浜線は東神奈川駅で乗り換えなければならない場合が多く、しかも場合によっては同駅で階段の昇降を強いられるので、一概に横浜線のほうが便利とは言い切れない。実際に横浜から新横浜に移動する場合、JRを使用すると東神奈川駅での乗り換えロスが発生しやすく、横浜線直通列車がない場合は15分以上かかるケースがある。地下鉄ブルーラインの11分に比べると効率が悪く、中華街などから帰るときも東急菊名駅経由で新横浜に向かう方が速い。新幹線の新横浜駅を使い慣れた人は「東神奈川乗り換えはしない」がセオリーである。ただし横浜駅の場合、地下鉄線の駅はJRの駅より離れており、相鉄の横浜駅寄りにあるため、乗り換え面では不便である上に、運賃も地下鉄を利用するよりJRを利用した方が安い。

脚注[編集]

  1. 新横浜駅の案内による。