横浜市
横浜市旗 | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
所属 | 神奈川県 |
人口 | 3,740,172 人 |
面積 | 437.56 km2 |
人口密度 | 8,548 人/km2 |
公式サイト | www |
横浜市(よこはまし)は、神奈川県東部に位置する市である。神奈川県の県庁所在地であり、政令指定都市である。人口は350万人を超えており、日本の単独自治体としてはもっとも人口が多い。18区の行政区がある。日本を代表する国際貿易港都市であり、京浜工業地帯の一翼を担う工業都市でもある。
概要[編集]
中心部・北部・南部で地形・風景・交通・地価とも差がある。
中心部は横浜駅・みなとみらい・中華街など全国に知られた横浜の景色があり一般に横浜というとこのエリアのことを指す。
北部は田園地帯や丘陵地を開発した東急多摩田園都市や港北ニュータウンといった良質な住宅地で東急田園都市線や東急東横線などの東急ブランドによって多大な人気を得ており人口は常に増えている。このエリアの特徴は横浜中心部より東京都心との関わりが強いことにある。
南部は丘陵地で平地が少なく山の上まで住宅が建てられている箇所が多く存在しており、都心への交通利便性がよくないため、近年の人口減少社会で栄区や金沢区など南部エリアでは人口が減少している。一方、南部でも港南台や東戸塚が高級感から人気を得ているほか、相鉄線の都心直通や再開発で泉区は人気が出ると予想されている。
横浜市域は開析の進んだ多摩丘陵南東部を占め、大岡・鶴見・帷子などの様々な河川やその支流が多くの谷を刻み、東京湾に注いでいる。丘陵の東端部は海抜40メートルから50メートルで、台地上を呈し、本牧岬となって東京湾に突出している。
横浜市の区制は昭和2年(1927年)に施行され、鶴見区・神奈川区・西区・中区・南区・保土ヶ谷区・磯子区・金沢区・港北区・戸塚区・港南区・旭区・緑区・瀬谷区・泉区・栄区・青葉区・都筑区の18区に分かれる。なお、戸塚、栄、泉各区の全域と瀬谷、港南、金沢、南の各区の一部は旧相模国鎌倉郡の区域にあたり、神戸市とともに政令指定都市で旧二国の区域に市域が跨る珍しい事例である。
歴史[編集]
もともと横浜は鎌倉時代の記録では石河村と呼ばれていた。室町時代末期にその石河村が横浜・中・堀ノ内の3村に分かれたという。横浜の地名に関しては記録によると村が本牧岬に続く砂州上に立地し、その砂州が大岡川河口の入江を囲んで細長く海上を区切っていたので、海を横切る浜と呼ばれたことに由来して横浜と呼ばれるようになったのだという。しかし当時の記録では横浜はわずか12戸ほどの寒村だったという。ただ、寒村であるが現在の伊勢佐木町付近は東京湾の浅海で、野毛山の下は鴨の猟場として有名だったという。江戸時代になると東海道沿いに神奈川宿・保土ヶ谷宿・戸塚宿の3つの宿が置かれて宿場町として繁栄したが、横浜村自体は相変わらず寂しい寒村で漁業・農業がわずかに行なわれていただけであった。江戸時代後期になると現在の伊勢佐木町付近や平沼町一帯が埋め立てられて新田開発が開始されるなど、江戸幕府から少しずつ目をかけられるようになってゆく。
この横浜が一躍名を挙げたのは嘉永6年(1853年)のマシュ・ペリーの黒船来航で、そしてその5年後に締結された日米修好通商条約であった。この際、日本側が神奈川を新たに開港することを約束したのだが、神奈川は宿場町として繁栄を遂げており、参勤交代でもよく使われる宿場町で当時は既に往来の激しい地域だった。そこに幕末の社会不安から盛り上がった尊王攘夷によるテロリズムが頻発して外国人を攘夷志士が斬り殺す事件なども頻発していたので、江戸幕府の大老・井伊直弼は外国人に不測の事態が起こることを恐れて神奈川から横浜に開港場所を変更した。当時、横浜は記録によると戸数が100戸、人口は350人余りだったという。井伊直弼は横浜に現在の税関である神奈川運上所や役宅などの様々な施設を整備し、安政6年(1859年)6月2日に開港した。この際、運上所を中心にして現在の山下町付近などの運上所の東側に外国人の居留地を、現在の本町付近の西側に国内の貿易商人の居住地を形成した。これが現在の横浜市の中心市街地の都市としての起源であるとされ、開港から5年後には波止場を控えた海岸通り一帯にイギリス一番館と称されたジャーディン・マヂソン商会が、次いでアメリカのウォルシュホール商会など、欧州の名だたる商館が100番舘まで建ち並ぶいわゆる西洋の街に変貌していた。
明治維新後、1968年に武蔵国域から分立して神奈川県庁が置かれ、明治5年(1872年)にはイギリス人技師・エドモンド・モレルによって日本最初の鉄道が横浜から品川にかけて開通する。これにより横浜は明治時代も日本の表玄関としての地位を確立する。明治時代中期からは生糸を中心にした貿易で大いに繁栄を遂げた。明治22年(1889年)に神奈川県において初めて市制を施行し、横浜市が誕生する。その後、明治34年(1901年)から昭和14年(1939年)にかけて周辺の町村を次々と併合した。
その間、大正12年(1923年)9月の関東大震災で横浜市は大被害を受ける。それによる復興も束の間、今度は太平洋戦争で空襲を受けて市街は壊滅し、さらに戦後にはアメリカ軍により港湾施設や中区関内地区などが接収されてしまい、そのために戦後の復興が大いに停滞することになった。昭和25年(1950年)になって戦後の民間貿易が再開されると、高島埠頭や山ノ内埠頭などノースピア(瑞穂埠頭)と新港埠頭の一部を除いて港湾施設は横浜に返還されることになり、その結果として3000トンから4万トン級までの船が係留できる埠頭が10以上建設されることになった。昭和50年(1975年)2月に川崎市幸区南幸町3丁目の1部と境界変更を行った。
さらに新しい国際文化都市作りを目指し、鶴見川河口部から金沢沖に至る埋め立て工事を進めてみなとみらい21区を出現させる、みなとみらい21計画が行なわれ、横浜駅東口から桜木町にかけての臨海部に21世紀を代表する大都市を建設し、文化・国際交流・商業・都市型住居など様々な都市機能が導入され、横浜ランドマークタワーや国立国際会議場、けいゆう病院などが造られた。
気候[編集]
横浜市は東京に近い位置にあるが、東京より温和で海洋性の傾向が強いため、1年の平均気温は14.5度で、月の平均気温は夏は東京と変わらないが、冬は1度以上高くなっている場合が多い。
市街地[編集]
- 横浜中華街(よこはまちゅうかがい)は山下町にある。これは中国人商店街にあって中華料理店が多数集まり、中国料理ならほとんどなんでも味わうことができる。500以上のお店がある。
- 関内(かんない)とは伊勢佐木町の北側で、幕末の開港された頃に外国人居留地が置かれていた場所である。ここには日本大通を中心にして神奈川県庁、横浜市役所などをはじめとした官公庁署や銀行・商社などが集中して一大ビジネスセンターとなっている。
- 元町(もとまち)とは横浜中華街と掘割を隔てた南側の山手の台地の下にある。ここは明治10年(1877年)から主に山手に住む外国人相手の商売から始まった商店が多く、そのため戦前までは海外の流行をいち早く取り入れる街として知られていた。戦後は東京都の銀座にその座を奪われているが、現在でも横浜ではファッショナブルな街として知られている。
- その他、横浜駅を中心に周辺に横浜市の繁華街が形成され、ランドマークタワーができてからはみなとみらい21地区も一大商業地域として発展している。
お土産・特産物[編集]
年中行事[編集]
- 初詣(1月1日。[[伊勢山皇大神宮ほか)
- 春節祭(2月6日 - 2月9日。横浜中華街)
- 三渓園観梅会(2月中旬。三渓園)
- 横浜みなとまつり国際仮装行列(5月3日。山下公園・馬車道通り・伊勢佐木町ほか)
- 横浜開港記念バザー(6月2日。横浜公園)
- 横浜どんたく(6月第1土曜日。横浜公園・山下公園)
- みなと祭国際花火大会(7月20日。山下公園の前面海上)
- お三の宮秋祭り(9月14日 - 9月15日。日枝神社)
- ヨコハマカーニバル(9月下旬。反町公園・横浜駅西口)
- 国慶節(10月1日。横浜中華街)
- 西の市(11月酉の日。大鷲神社)
- 除夜の鐘(12月31日。横浜市各所の寺院・横浜港の船の汽笛など)
横浜市の主な施設・観光名所など[編集]
横浜市中央部(中区・西区)[編集]
- 横浜港
- 山下公園
- マリンタワー
- ヘボン邸の碑
- 氷川丸
- 横浜海岸教会
- シルク博物館
- 横浜開港資料館
- 日刊新聞発祥の地の碑
- 横浜市開港記念会館(国の重要文化財)
- 岡倉天心生誕之地の碑
- ガス灯の碑
- 神奈川県立歴史博物館(国の重要文化財)
- 横浜公園
- 港の見える丘公園
- 横浜ベイブリッジ
- 大佛次郎記念館
- 神奈川近代文学館
- 岩崎博物館
- 山手資料館
- 山手外人墓地
- 山手カトリック教会
- 妙香寺
- ビール発祥地の碑
- 根岸森林公園(根岸競馬記念公苑)
- 三渓園
- 八聖殿郷土資料館
- 横浜シンボルタワー
- 横浜ランドマークタワー
- 日本丸メモリアルパーク
- 鉄道発祥記念碑
- 伊勢山皇大神宮
- 野毛山公園(野毛山動物園)
みなとみらいの夜景
横浜市北部(神奈川区・鶴見区・港北区・緑区・青葉区・都筑区)[編集]
- 本覚寺
- 総持寺
- 東福寺
- 生麦事件の碑
- 大倉山梅林
- 熊野郷土博物館
- 西方寺
- 綱島温泉
- 金蔵寺
- 小机城跡
- 泉谷寺
- 新横浜ラーメン博物館
- 関家住宅(国の重要文化財)
- 横浜市歴史博物館
- 大塚・歳勝土遺跡(国の史跡)
- 真福寺
- 稲荷前古墳
- 横浜市のこどもの国
横浜市西部(保土ヶ谷区・旭区・瀬谷区・戸塚区・栄区・泉区)[編集]
横浜市南部(南区・港南区・磯子区・金沢区)[編集]
- 弘明寺
- 乗蓮寺
- 宝生寺
- 三殿台遺跡(国の史跡)
- 東漸寺
- 妙法寺
- 横浜こども科学館
- 円海山
- 慶珊寺
- 直木三十五の墓
- 称名寺(国の史跡・名勝)
- 金沢文庫
- 横浜市の海の公園
- 八景島シーパラダイス
- 瀬戸神社
- 上行寺
- 光伝寺
- 伊藤公別荘跡
交通[編集]
横浜駅へのアクセス (所要時間は日中)