1241年
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1241年(せんにひゃくよんじゅういちねん)は、1200年代の41年目のことであり、日本の元号では仁治2年である。日本の天皇は第87代天皇・四条天皇である。鎌倉幕府の征夷大将軍は第4代将軍・藤原頼経である。執権は第3代執権・北条泰時である。
日本の出来事[編集]
- 4月 - 鎌倉で大地震が起こり、由比浜の鶴岡八幡宮拝殿・船舶などが津波により倒壊する。幕府が六浦の道路を開通し、北条泰時自ら監督にあたる。
- 5月 - 幕府が庶民が神職を称して特権をふるうことを禁止し、諸宮寺神人の定員を定める。
- 6月 - 幕府が六波羅探題に京都の重罪人を裁断させる。熊野新宮が焼ける。
- 7月 - 弁円が南宋から帰国して筑前崇福寺に居住し、次いで承天寺に住む。
- 8月 - 藤原定家が死去(80歳)。
- 10月 - 幕府が武蔵の荒野を開発して多摩川の水を引いて新田開発を行なう計画を定める。
- 11月 - 幕府が御家人がみだりに出家したりその後も領地を知行することを禁止する。
- 12月 - 幕府により武蔵野墾田の監視が行なわれる。さらに武士の豪奢を戒めて饗宴器具類の彩画粉飾を禁止する。
- 月不明 - 豊後富貴寺笠塔婆が建てられる。
世界の出来事[編集]
主要国の世界首脳[編集]
- フランス - 国王:ルイ9世(カペー朝)
- モロッコ - スルタン:ムハンマド1世(マリーン朝)
- エジプト - スルタン:サーリフ(アイユーブ朝)
- ミャンマー - 国王:チャゾワー(パガン朝)
- 中国南部 - 皇帝:理宗(南宋)
- 日本 - 天皇:四条天皇 征夷大将軍:藤原頼経 執権:北条泰時