1222年
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1222年(せんにひゃくにじゅうにねん)は、1200年代の22年目ことであり、日本の元号では承久4年であったが4月13日に改元が行なわれて貞応元年となる。日本の天皇は後堀河天皇である。鎌倉幕府の征夷大将軍は不在である。執権は第2代執権・北条義時である。
日本の出来事[編集]
- 2月 - 嵯峨清凉寺の供養が行なわれる。
- 4月 - 朱雀大路で耕作することが禁止される。幕府が承久の乱後における守護や地頭の非法を禁止する。
- 5月 - 官符を下して高野山大塔修造のため畿内7道に勧進することを許可する。幕府が六波羅探題から代官を出して西国の守護・地頭の乱暴などを糾明させる。
- 8月 - 幕府が地震や彗星などにより三万六千神祭・天地変災祭などを行なう。
- 9月 - 鎌倉の北条義時屋敷が放火される。
- 10月 - 六波羅探題が丹波の荘園・公領に大嘗会黒木屋材木人夫役を出させる。
- 11月 - 松尾社が焼ける。
- 12月 - 六波羅探題が石清水八幡宮寺大山崎神人の不破関関料を免除する。