竹田城

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竹田城
別名虎臥城
城地種類山城
縄張連郭式
城郭年代近世城郭
築城者山名持豊赤松広秀
主要城主太田垣光景輝延羽柴秀長桑山重晴赤松広秀
近年の復元や整備三之丸石畳
天守の現状天守台のみ存在
日本・続日本100名城スタンプ設置場所竹田駅山城の郷情報館天空の城
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竹田城(たけだじょう)とは、現在の兵庫県朝来市和田山町竹田にかつて存在した日本である。別名、虎臥城

概要[編集]

この城は竹田駅のすぐ西方にそびえている標高353メートルの古城山山頂に存在していた。典型的な日本の山城であり、その遺構は国の指定史跡になっている。

竹田城は室町時代嘉吉年間(1441年から1444年)に当時の但馬守護であった山名持豊山名宗全)が当時の中国地方の大守護大名である大内教弘丹波の守護大名・細川勝元に備えて築城したものであるとされ、初代城主には山名氏の家臣・太田垣光景が就任した。それから5代目の太田垣輝延の時代である天正元年(1573年)に播磨龍野城主・赤松広秀が侵攻して竹田城は落城し、以後は広秀が城主となる。広秀は竹田城の規模を大々的に修築し、養蚕業を奨励して生野銀山を発見するなど、その行政手腕に優れていた。織田信長が中国地方に進出してくると、その傘下に入って信長没後は豊臣秀吉に従う。ところが秀吉没後の慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、広秀は徳川家康の勘気に触れて自害を命じられ、これにより竹田城は廃城となった。以降、周辺は天領となった。

現在は山頂部一帯の東西約100メートル、南北500メートル余りの地域に、天守閣および天守曲輪、北千畳、見付櫓、大手門、平殿、花屋敷、東の丸、南千畳などの石垣が、ほとんど当時の原型を留めたまま残されており、当時の威容がよくわかるため、その城郭の史的な価値は日本に多く存在した山城の中でも特に重要性が高い。

アクセス[編集]

  • 播但線竹田駅から竹田城跡へは徒歩・表米神社登山道で55分(かなりきつい登山道)。あるいは徒歩で駅裏登山道で40分(比較的なだらかな登山道)。
福知山線丹波竹田駅は最寄りでないので注意。
  • 山城の郷から竹田城跡へは徒歩40分(アスファルトの坂道)。

ロケーションに使用した映像作品[編集]

竹田城はいくつかの映像作品でロケ地として使用されている。

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