生野銀山

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生野銀山(いくのぎんざん)とは、現在の兵庫県朝来市生野町小野33-5にかつて存在した銀山である。現在は国の史跡になっている。

概要[編集]

この銀山は現在の兵庫県のほぼ中央部に位置していた銀山である。そのため、銀山という貴重な鉱山資源に加えて、交通と軍事上の要衝として古代から重要視されていた。

銀山自体は平安時代初期の大同2年(807年)の発見と言われる。その後、室町時代に当地の守護大名として君臨した山名氏の支配下に入り、山名氏が「六分の一殿」と呼ばれて隆盛する支えとなった。山名氏が衰退すると、東から織田信長豊臣秀吉の侵攻が行なわれ、この銀山は信長や秀吉によって直接支配される。両者の没後は徳川家康が支配し、家康はこの銀山を江戸幕府天領として直接支配し、佐渡金山石見銀山と並ぶ幕府財政の大黒柱とされた。

明治時代以降は近代的な採掘技術を導入したことにより、金・銀・銅・錫・タングステンなどを産出していた。しかし昭和48年(1973年3月に資源の枯渇と採算の問題などから閉山が決定した。

現在では旧坑道の一部が「史跡生野銀山」として公開されている。坑内には江戸時代の手掘りから現在の近代化された採掘作業までの作業風景が人形を使用されることで再現されている。他にも多くの鉱物標本や生野銀山関係の資料を展示した鉱物資料館や吹屋資料館、慶寿露頭、金盛露頭といった露天掘の跡などがある。また、生野鉱物館は日本最大級の鉱物博物館で、輝安鉱や水晶、ドパーズなど学術的に貴重な物が展示されている。

アクセス[編集]

  • 生野駅より約5キロ。生野銀山口バス停を下車し、徒歩10分。

周辺[編集]

外部リンク[編集]