曹操

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曹 操(そう そう 155年 - 220年3月15日)は、後漢末期の武将政治家・魏王。孟徳(もうとく)。魏の事実上の建国者であり、魏が建国された後は武帝(ぶてい)の諡号を贈られ、廟号は太祖(たいそ)を贈られた。

経歴[編集]

父は太尉だった曹嵩

190年、反董卓連合軍として董卓側の武将、徐栄と戦い、破れる。しかしその後黒山賊を平定した功により、191年、東郡太守に。さらに翌年、兗州牧となって黄巾賊を破り、それの一部を自軍とすることで戦力を強化した。

その後、呂布に兗州を奪われるなどの苦労もあったが、これを破り、南の袁術をも破り、さらには時の皇帝献帝を取り込むことに成功し、徐々に影響力を強めた。

200年官渡の戦袁紹を破ると、次ぐ7年で華北を統一。一躍最大勢力となった。さらに213年、魏公に、216年、魏王となってを建国した。

220年、死去。