荀惲

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荀 惲(じゅん うん、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代にかけての政治家荀彧の長男。長倩(ちょうせん)[1]

生涯[編集]

212年の荀彧の死後、その爵位を継承して虎賁中郎将にまで昇進した[1]曹操の後継者をめぐって曹丕曹植が争った際、曹丕は荀彧の支持を得るために荀彧にへりくだっていたが、荀惲は曹植を支持したという[1]。また、夏侯尚と不仲だったため、曹丕から激しく憎まれたという[1]。若くして早世した[1]

妻は曹丕の妹である安陽公主のため、荀惲の死後、子の荀甝らは迫害されず、むしろ重用されたという[1]。荀惲の死後、荀氏宗家は弟の荀顗に継承された。

三国志演義』では第61回で荀彧が自殺したことを曹操に報告する場面のみ登場する[1]

脚注[編集]

  1. a b c d e f g 小出『三国志武将事典』P266

参考文献[編集]