ウィキペディア日本語版

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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Wikipedia-logo.pngウィキペディアウィキペディア日本語版の項目があります。

ウィキペディア日本語版(ウィキペディアにほんごばん)は、日本語によって執筆されているウィキペディア

概要[編集]

現在では検索エンジン最適化により、Google検索を始めとする検索エンジンで記事が上位に表示される(他のどこにも出ていないがウィキペディア日本語版には出ている事さえある)こともあって、認知度や閲覧数も高い。このことから、『ウィキペディアにのりたい』という楽曲が存在するほどである[1]。2020年には「このYoutuberの項目を作って!」と呼びかける企業も現れた[2]

2020年3月現在、日本語版ウィキペディアには870万件の文献が掲載されており、そのうち1.38%がDOI識別子を持ち、6.6%がISBN番号を持つ文献であった。日本語版ウィキペディアに掲載されている記事のうち、少なくとも1つの参照がある記事の総シェアは58.22%であった。当時は10件以上、100件以上の参考文献を持つ記事の割合はそれぞれ17.34%、0.86%であった。

諸問題[編集]

詳細は「よみもの:正直者が馬鹿を見る」を参照

オープンプロキシと署名の問題[編集]

オープンプロキシを使わない、ノートへの発言にはアカウントまたはIPアドレス署名をすることが方針化されているが、この点は、基本的に「名無しさん」という形での匿名投稿が基本文化である2ちゃんねるとの乖離が大きいため、IP署名をしない、IPを隠すため公開プロキシを使用する。

嫌がらせなど[編集]

日本語版は知名度が上がって利用者数が多くなった反面、嫌がらせを受けることも多くなった。個人サイトや2ちゃんねる、ユアペディアなどの外部サイトで、ウィキペディアの利用者を名指しする誹謗中傷が(サイトによっては頻繁に)書き込まれることがある。また、削除依頼や投稿ブロック依頼、管理者の解任における投票でIRCや外部掲示板を利用し、組織票をまとめて投票結果を操作しようとする者が現れている。

内容の信頼性、正確性に関する保証[編集]

一切ない。間違った・或いは嘘の記述があっても、また内容更新が必要でも、誰かが気付くまでそのまま。酷い場合は、更新することそのものが荒らし扱いされ、古い状態に戻される。ラジオ局の週間番組表などは、公式サイトを見た方が益し。

管理能力の無い管理者陣[編集]

“管理者陣”にはビューロクラット、スチュワードも含まれる。

“十年選手”の常習的・常連投稿者を中心に信任投票で選ばれている。常習的投稿者は新人を排除するため、自己満足のためガイドラインを自分の都合のいいように解釈利用したり、そもそもガイドラインを守らない場合が多い。ルールを守れない人に選ばれた管理者がまともな責務を果たせるとはとても考えられない。むしろ、常習的投稿者の機嫌を損ねない(しかし新人にたいする侮辱行為等は容認する)、また管理者同士で面倒なことが起こらないように事なかれ主義に傾き、学術的な百科事典作成という高い目標なんて2の次3の次という雰囲気につつまれている。

年表[編集]

ウィキペディア日本語版の歴史」も参照

2000年代[編集]

2001年[編集]

  • 5月20日 - ウィキペディア日本語版が発足。とはいえ、当初は漢字やひらがなに対応していなかった。

2002年[編集]

2003年[編集]

2004年[編集]

2005年[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

2008年[編集]

2009年[編集]

  • 3月5日 - 地理学者のjawp:利用者:山田晴通氏が利用者登録。本名で活動する数少ない学者であり(他には柴崎力栄、北村紗衣)、後に管理者に就任(2016年11月4日解任)。
  • 3月20日 - 記事「四国征伐」を改名することが提案され、激論が繰り広げられる。
  • 3月28日 - jawp:利用者:Omaemona1982氏が利用者登録。以後、イギリス史関係の分野で多数の記事を黙々と執筆する。2016年11月現在、47の良質な記事の主執筆者であり、最も多くの良質な記事を執筆している利用者である[3]
  • 6月8日 - ぱたごん氏が利用者登録。有力執筆者で、主に医学関係の分野で多数の執筆賞を受賞する。
  • 10月16日 - 「良質な記事」制度が立ち上げられる。
  • 11月25日 - 山梨県の旅行会社経営者・小野渉[4]が「さかおり」として利用者登録。山梨県関係の分野の優良執筆者として知られるようになる。

2010年代[編集]

2010年[編集]

2011年[編集]

2012年[編集]

  • 有名管理者の退任が相次ぐ(多くは飽きて失踪し3ヶ月経過したため自動で)。特に、jawp:利用者:海獺氏は別アカウント「jawp:利用者:rendezvous602」の保持を隠して管理者となっていた事実が他の利用者から指弾され、辞任に追い込まれた。
  • 9月 - MaximusM4氏が管理者に就任。現在に至る。

2013年[編集]

2014年[編集]

2015年[編集]

2016年[編集]

2017年[編集]

2018年[編集]

2019年[編集]

  • 1月29日 - wp:ja:サルダル・アズムンが新年初の大炎上、荒らされる。
  • 4月 - wp:ja:東池袋自動車暴走死傷事故を引き起こしたwp:ja:飯塚幸三の記事が成立するが、事故について書くと即時削除の対象となり、さらに議論の末に長期の保護下に置かれる(後に半保護に緩和されるが、2021年現在も完全には解かれていない)。
  • 4月26日 - #2011年からウィキペディア日本語版で活躍してきたJapaneseA氏が引退を表明。『辞める条件が揃った』らしく、一番の理由は『悪意に取りすぎる利用者にうんざり』なんだとか[8]。お疲れ様でした。
  • 5月1日 - wp:ja:田中広輔令和初の大規模荒らし被害に遭う。
  • 5月16日 - Los688氏が1年間の沈黙を破って復活。自警となる。9月24日に再失踪。
  • 7月18日 - 安倍晋三安倍晋三が大規模な画像貼り付け荒らしを行う。
  • 9月3日 - Ks aka 98氏が管理者を辞任。以後は数か月に一度の登場となる。

2020年代[編集]

2020年[編集]

  • 2月 - 前年に池袋で事故を起こした飯塚幸三の記事が、本人が在宅起訴されたにも関わらず保護継続。記事内容も飯塚の名誉的な部分だけを書いているだけの事態が続行される(他言語版ウィキペディアでは飯塚の記事、その関係記事に事故の記載があり、日本語版だけで採られている措置である)。Los688氏が再々復帰し相変わらず自警ぶりを発揮する。MaximusM4氏がTomosり始める(管理者権限を維持するためだけの、2ヶ月29日に一度の登場)。Dr jimmy氏が12日、Cpro氏が14日を最後に失踪。
  • 4月16日 - ぱたごん氏がエンペディアスタッフとしても知られるrxy氏の一言をきっかけに管理者辞任を宣言。rxy氏管理者辞任&再立候補騒動が発生し荒れることとなる。詳しくはRxy#rxy氏2020年春日本語版ウィキペディア管理者辞任・再立候補騒動を参照されたし。
  • 4月20日 - Los688氏が再々失踪。その他、新型コロナウイルス禍による生活・社会環境の変化を理由にオランウータン氏など引退あるいは復活する利用者が多く見られた。
  • 5月2日 - #2003年から17年にわたって管理者であったTomos氏が活動休止3ヶ月に達し自動退任。
  • 6月9日 - rxy氏が6ヵ月ブロックとなり、一連の抗争が終結。

2021年[編集]

  • 2月末 - rxy氏、metaのスチュワードの権限を喪失。

脚注[編集]

外部リンク[編集]


ウィキペディア関連
概要ウィキペディア - ウィキペディア日本語版 - ウィキペディアン - ウィキペディアと学者 - ウィキポリス
文化
記事特筆性 - 独自研究 - 要出典 - NPOV - 秀逸な記事 - ケースZ 重複記事 - 完璧な記事
コミュニティコミュニティを消耗させる利用者 - 対話拒否はやめてください - 裁量ブロック - ウィキペディア化 - ウィキペディアの投票 - 依頼者票 - 自警荒らし
主義包摂主義 - 削除主義
問題C♯のウィキペディアでの表記揺れの現状 - 脚注過剰 - ジオシティーズ危機 - こっちのほうが手っ取り早いから即時削除 (ウィキペディアの問題) - ウィキペディアの寄付バナー問題
その他ウィキペディアのどうでもいい与太話 - ウィキペディア日本語版の「ルールすべてを無視しなさい」 - 偶然短歌 - よみもの:正直者が馬鹿を見る - 履歴精査 - エンペディアからウィキペディアへの移入 - 削除依頼 (ウィキペディア) - ウィキペディアンが一般人に言いたい事 - Wikipediaあるある
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