ウィキペディア日本語版

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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Wikipedia-logo.pngウィキペディアウィキペディア日本語版の項目があります。

ウィキペディア日本語版(ウィキペディアにほんごばん)は、日本語によって執筆されているウィキペディア

概要[編集]

現在では検索エンジン最適化により、Google検索を始めとする検索エンジンで記事が上位に表示されることもあって、認知度や閲覧数も高い。このことから、『ウィキペディアにのりたい』という楽曲が存在するほどである[1]

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諸問題[編集]

オープンプロキシと署名の問題[編集]

オープンプロキシを使わない、ノートへの発言にはアカウントまたはIPアドレス署名をすることが方針化されているが、この点は、基本的に「名無しさん」という形での匿名投稿が基本文化である2ちゃんねるとの乖離が大きいため、IP署名をしない、IPを隠すため公開プロキシを使用する。

嫌がらせなど[編集]

日本語版は知名度が上がって利用者数が多くなった反面、嫌がらせを受けることも多くなった。個人サイトや2ちゃんねる、ユアペディアなどの外部サイトで、ウィキペディアの利用者を名指しする誹謗中傷が(サイトによっては頻繁に)書き込まれることがある。また、削除依頼や投稿ブロック依頼、管理者の解任における投票でIRCや外部掲示板を利用し、組織票をまとめて投票結果を操作しようとする者が現れている。

年表[編集]

ウィキペディア日本語版の歴史」も参照

2000年代[編集]

2001年[編集]

  • 5月20日 - ウィキペディア日本語版が発足。とはいえ、当初は漢字やひらがなに対応していなかった。

2002年[編集]

2003年[編集]

  • 1月31日 - Wired News 日本語版で取り上げられる。
  • 2月12日 - 1000項目達成。この時点では記事の3分の1強(約350記事)が漫画家の項目だった。同日、スラッシュドットジャパンに紹介される。
  • 2月18日 - 「秀逸な記事」が選ばれるようになる。とはいえ、当初は投票による選考などはなく、個人的に良いと思った記事をリストに付け足していくだけの仕組みだった。
  • 3月17日 - jawp:利用者:Tomos氏ら5人の管理者が誕生。Tomos氏は以後一度も退任せず2019年現在、最古参の管理者。
  • 3月23日 - 5000項目達成。
  • 6月15日 - 10000項目達成。
  • 12月 - 大規模なサーバーダウンが発生。この前後にもサーバーダウンが頻発する。

2004年[編集]

2005年[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

2008年[編集]

2009年[編集]

  • 3月5日 - 地理学者のjawp:利用者:山田晴通氏が利用者登録。本名で活動する数少ない学者であり(他には柴崎力栄)、後に管理者に就任(2016年11月4日解任)。
  • 3月20日 - 記事「四国征伐」を改名することが提案され、激論が繰り広げられる。
  • 3月28日 - jawp:利用者:Omaemona1982氏が利用者登録。以後、イギリス史関係の分野で多数の記事を黙々と執筆する。2016年11月現在、47の良質な記事の主執筆者であり、最も多くの良質な記事を執筆している利用者である[2]
  • 6月8日 - jawp:利用者:ぱたごん氏が利用者登録。有力執筆者で、主に医学関係の分野で多数の執筆賞を受賞する。
  • 10月16日 - 「良質な記事」制度が立ち上げられる。
  • 11月25日 - 山梨県の旅行会社経営者・小野渉[3]が「さかおり」として利用者登録。山梨県関係の分野の優良執筆者として知られるようになる。

2010年代[編集]

2010年[編集]

2011年[編集]

2012年[編集]

  • 有名管理者の退任が相次ぐ。特に、jawp:利用者:海獺氏は別アカウント「jawp:利用者:rendezvous602」の保持を隠して管理者となっていた事実が他の利用者から指弾され、辞任に追い込まれた。
  • 9月 - MaximusM4氏が管理者に就任。現在に至る。

2013年[編集]

2014年[編集]

2015年[編集]

2016年[編集]

2017年[編集]

2018年[編集]

2019年[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]