飯塚幸三

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飯塚 幸三(いいづか こうぞう、昭和6年(1931年6月1日 - )は、元通商産業省官僚。通産省工業技術院・元院長。池袋乗用車暴走死傷事故を起こした人物として知られている。

経歴[編集]

事故前まで[編集]

昭和6年(1931年)に東京府豊多摩郡中野町(現東京都中野区)で生まれる。東京府立第四中学校(現東京都立戸山高等学校)、旧制浦和高等学校から、東京大学工学部応用物理学科計測工学専修を昭和28年(1953年)に卒業した。

大学卒業後に通産省(現経済産業省)工業技術院計量研究所へ入所する。硬さ標準、精密形状計測、物性計測などの研究に従事する。昭和47年(1972年7月7日、「ショアかたさ目盛の精度向上に関する研究」で工学博士(東京大学)を取得する。

昭和58年(1983年)、計量研究所所長となる。昭和61年(1986年)、通商産業省工業技術院長となる。平成元年(1989年)に工業技術院長を辞職した。飯塚は、計量の分野などで国際的にも頭角を現し、同院で院長を務めた後も学術団体や天下り先の企業などで要職を歴任した。また国際度量衡委員会の委員を昭和56年(1981年)から平成13年(2001年)まで務めた[1]

工業技術院辞職後は日本計量振興協会の会長、株式会社クボタの取締役(常務、専務、副社長)、平成12年(2000年)よりクボタ顧問。前日本工学アカデミーの顧問、日本規格協会の監事などを歴任している。

2015年、秋の叙勲で瑞宝重光章を受章。

池袋乗用車暴走死傷事故[編集]

詳細は「池袋乗用車暴走死傷事故」を参照

平成31年(2019年4月19日午後0時25分頃、飯塚は板橋区内の自宅から文京区内のレストランでの食事のため、妻を乗せて乗用車で走行中に東京都豊島区南池袋4丁目路上のサンシャイン近くの東池袋交差点付近で、アクセルとブレーキを踏み間違えて暴走事故を起こした。

この事故でA、Bの母娘が死亡し、10人以上の負傷者が発生した。大事故ではあったが、この事故発生の時点で運転手に対しての注目はあまり寄せられておらず、マスコミも当初は「運転手から事故について詳細を聞く方針」と述べていた。

ところが、事故直後に飯塚が現行犯逮捕されなかったことから、一気に社会的に注目され始めた。飯塚幸三は計量学関係の第一人者であり官僚であったことから、その関係者には知られていたが、この事故と現行犯逮捕されなかった事実から、一気に一般に名前を知られるようになった。飯塚が元高級官僚であったことから警察関係者が飯塚に対して忖度している、という憶測なども生み、飯塚は「上級国民」と言われるようにもなった。これには飯塚が起こした後に発生した重大事故(神戸三宮バス暴走死傷事故)において、飯塚より被害が軽かったにも関わらず、高齢運転手らが現行犯逮捕されていたり、本来ならば「飯塚容疑者」と表記、呼称しないといけないはずだが、飯塚は事故後も「飯塚元院長」などと敬称を付けて呼ばれていたことも一因している。

この事故から1ヵ月後の5月31日、飯塚の運転免許は取り消された。また、高齢者の免許自主返納が増加するようになり、ネット上でも、車を運転できる年齢の上限を決めるべきだとの声も挙がった。事故の詳細な内容については、池袋乗用車暴走死傷事故(事故を主題とした記事)を参照していただきたい。以下はその概要のみ示す。

  1. 飯塚は妻を乗せて、予約を入れたレストラン(フレンチと言われる)に向けて運転をしていた。飯塚は事故の直前、車の左側面がガードパイプに接触した。
  2. その後、速度を上げて約70メートル先の交差点に進入して自転車で横断中の70代男性をはねた。
  3. さらにその先の交差点でA、Bの親子をはねた。
  4. その後、左折で進入してきたごみ収集車に衝突し、ごみ収集車は横転。このはずみで、別の歩行者4人もはね、信号待ちをしていた対向車線のトラックにぶつかって止まった。

事故時は赤信号で侵入していたので、飯塚に信号無視があったと見られる。また飯塚は事故当時、最終的に時速100キロ近くの運行速度で走行していたと報道されている[2]

事故後に入院したこともあり、飯塚は逮捕されないままであったが、2019年11月12日に警視庁交通捜査課は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の容疑で書類送検した。警視庁は書類送検に際し、検察に起訴を求める「厳重処分」の意見をつけている。そして2020年2月6日、東京地検は飯塚を自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪で在宅起訴した。

裁判[編集]

詳細は「池袋乗用車暴走死傷事故」を参照

2020年10月8日東京地方裁判所下津健司裁判長)で、初公判が開かれたが、この公判は当初から異例づくめだった。まず、AとBの遺族であるCが被害者参加制度を使って裁判に臨んだが、亡くなった2人A及びBの「遺影」の持ち込もうとしたのに対して、被害者参加人としては禁止され、抗議の上申書を提出するも却下されたという。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士は、被害者参加して遺影を持たないか、一般人として傍聴席に座り遺影を持つかの「二者択一」を裁判官に迫られたとして、裁判所側のこの対応を疑問視している。J-CASTニュースが東京地裁に取材したところ「裁判官の総合的な考慮にもとづく判断で決まってくる」とのことだったとされる。また飯塚はこの公判において、黒のスーツ姿で紺色のネクタイを締め、車椅子に乗って法廷に入ったとされ、弁護人の手を借りて証言台前に移動して立ち上がり「(遺族の)ご心痛を思うと言葉がございません。心からおわび申し上げます」と述べ、深く頭を下げたという。

しかし、飯塚は起訴内容の認否を問われると「アクセルペダルを踏み続けたことはないと記憶しています。車の何らかの異常で暴走したと思っております」と述べて起訴内容を否認し、無罪を主張した。「車の異常から暴走した」とする被告側に対し、検察側は「運転ミスが原因」と指摘。双方の主張が対立することになった。検察側は冒頭陳述で、事故約1カ月前の車両点検では、被告の車のブレーキやアクセル機能に異常は確認されていなかったと明らかにし、何らかの異常が起きた場合は電気系統で加速が制御される仕組みだったと指摘。車の記録装置にはアクセルペダルを踏み込んだデータが残っていたと主張した。弁護側は「間違ってアクセルを踏み続けたことはない」と述べ、過失致死傷の成立を争う姿勢を示したが、詳しい主張は明らかにしなかった。

12月の公判では、後続車の運転手が検察側証人として出廷。飯塚の車のブレーキランプは滅灯したままだったと証言した。

令和3年(2021年)2月1日までに第5回公判が行われ、無罪を主張する飯塚や弁護側に対して、無罪の根拠としている自動車の故障を否定する証言が検察側、及び検察側証人から次々と出されている。また、あくまで自動車の故障を主張して自らの罪を認めようとしない飯塚幸三に対し、第5回公判終了後に飯塚が退廷する際、傍聴席にいた中年女性から「人殺し」という言葉が投げかけられた。

また、被害者遺族により飯塚幸三に対して民事訴訟が起こされた。賠償額は当初は非公開とされていたが、後に1億7000万円と判明している。飯塚幸三と弁護側はこの民事訴訟で被害者遺族に対して「請求棄却」を求めた。

令和3年(2021年)7月15日、東京地方裁判所104号法廷にて第9回公判が行なわれ、過失運転致死傷罪の上限である禁錮7年が飯塚幸三に対して求刑された。同年9月2日、飯塚に対して東京地裁は、飯塚の運転における過失を認定した上で、禁錮5年の実刑判決を言い渡し、その上で裁判長は飯塚に「罪に向き合い、遺族に対して真摯に謝罪するように」と述べた。

飯塚被告(人)に対する裁判には刑事裁判と民事裁判とがある。刑事裁判が先行し、その後、民事裁判が進行している。

2021年9月15日、飯塚が控訴しない意向を固めたことがマスコミ関係者などから明かされた。飯塚は同日朝、犯罪加害者家族の支援を行っているNPOの理事長と面会し「遺族に対して本当に申し訳ない」「裁判所の決定に従い、収監を受け入れ、罪を償いたい」と話したとされている[3]。控訴期限の2021年9月16日までに弁護側と検察側の双方が控訴しなければ、飯塚被告の実刑判決が確定する。禁錮5年の実刑判決(と叙勲取り消し)が確定する見通しとなった。刑事訴訟法第482条では、70歳以上の被告に実刑判決が確定した場合、刑の執行で著しく健康を害する場合、などに執行を停止できる規定がある。しかし、検察幹部は飯塚被告について「法廷でしっかりと主張しており、執行停止が必要な状況ではないだろう」と語っているので[4]、実際に刑務所に収監される可能性はある。高齢で自力歩行も困難というだけでは、収監を逃れることはできない。

9月16日の期限切れまでに検察側・飯塚と弁護側、共に控訴しなかったため、禁錮5年の実刑と、勲章取り消しが確定した。

9月29日内閣府の賞勲局が弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「飯塚さんの勲章は刑が確定された時点で褫奪されています」と答えた。

10月12日、飯塚は収監のため東京地検に出頭し、同時にこれまでの無罪の主張を改めて、罪を認めて刑に服する旨のコメントを出した。

10月27日発行の官報において、飯塚が6年前に受章していた瑞宝重光章が褫奪されたことが明らかになった。

Wikipedia日本語版に関して[編集]

ある時期まで、飯塚の記事では事件の概要、事件の記事では飯塚の実名の記載がなかった。それについては賛否両論があり、下記にまとめる。 また、詳細な記載を削除する、Wkipediaでは自警と呼ばれる行為の第一人者であった静葉[5]は2021年10月をもって無期限ブロックとなり、Wikipediaから追放された[6]

Wikipedia日本語版に好意的な意見[編集]

ウィキペディア日本語版への批判はウィキペディアの方針を理解していないことから起きている。ウィキペディア側からすれば、ウィキペディアの方針のwp:ja:存命人物の伝記のプライバシーのB2に抵触する。「飯塚だけはなぜ『事故の事実』を書いたら削除対象となるのか」とウィキペディア日本語版は批判されているが、昔から引退した人など著名な活動を行なっていなかったらひっそりと事件・逮捕についての記述をB2に抵触するため削除している。なぜこの飯塚だけ特別扱いで掲載しなければならないのか。それこそ特別扱いではないか、と考える者もいる。実際、ウィキペディアに掲載出来ないわけではなく状況が変わった(勲章を剥奪されるなど)出来事が起こればノートページで問題提起をすることができる。ウィキペディアは合意形成の場だ。その合意形成してはじめて掲載出来るのにそれを無視して何回も掲載するんだから保護するしかないであろう。なぜルール無視して掲載するのか、なぜ適切な手続きで行わないのかと不満を募らせる者もいる。適切な手続きが嫌でエンペディアに逃げた者もいるがウィキペディアはボランティアで運営されている。ウィキペディアがお金を貰って情報隠蔽をさせているとか言われるが、ウィキペディア財団の職員に日本語を話す人などそもそもいない。アメリカのサイトであるし、日本支部も作ってくれないウィキメディア財団がわざわざやってくれるのか、という疑問が残る。忖度をしたところで見返りもない。あるのはウィキペディアの内情、議論、方針を知らない飯塚アンチが不適切だ募金しないとかウィキペディアへの批判を受けるだけだ。一度この人物の関連議論ページやノートページなど見てから判断して欲しい。何回も議論が繰り返されていることがわかるはずだ。ウィキペディアの方針、内情も知ってから批判をしよう!、という。 「都合の悪い記事が削除された」とあるが、保護の内容や合意形成についてはその記事ごとによって変わる。人もかわれば合意形成が10年前に上るものもあり、その当時の合意形成に従わざるをえない。

「B2に抵触する」というのが、特定の人だけへのルールなことは当然である。すべての人に適用できず、伝統的に例外に該当すれば実名表記可能であるが、その例外に該当しない以上実名は公表できない。実際この事故以外にもコンクリート女子高生事件だったり、実名を公表できてない記事が一定以上あることは知ってもらいたい。たいていそういう記事は議論ページで議論されている。

Wikipedia日本語版への批判的見解[編集]

ウィキペディア日本語版の飯塚幸三の記事では、wp:ja:東池袋自動車暴走死傷事故について書くと即時削除の対象となる。これについては同時期にwp:ja:上級国民の記事が削除された(2020年2月に再生された)ことから、ウィキペディア日本語版の管理者陣が飯塚に忖度している、飯塚の息子の指示などと言う噂や説も出ていた。

「相模原障害者施設殺傷事件」では存命中の犯人の名前を、「河井夫妻選挙違反事件」では刑事裁判の結果を逐一記載している。「B2に抵触する」というのが、特定の人だけへのルールなことが問題ともいえる。「特定の人だけへのルールなことは当然」などというのは、Wikpediaが一般性を持たない記載になってしまっていることを正当化しようとすることで誤りである。Wikpediaは「オンライン百科事典」を名乗ることと矛盾している。「議論ページ」を読めというが、それを読まなければならないようでは、百科事典としての最低条件が失われてしまっている。本文記事だけで、納得できる記事でなければならない。市販されている辞書や辞典の中で、製作者の裏話が必要なものがどこにあるだろうか。

さらに言えば、一般の辞書や辞典は外観で判断されるのであり、編集部の内部事情や人間関係が考慮されることはない。ある分野の内容に、他の分野の執筆者が気に入らないとして意見を申し入れ、侃侃諤諤の議論になる事もない。内部事情をいうなら、Wikpediaに飯塚サイドから多額の寄付があってから、都合の悪い記事が削除されたことも理由になるのだろうか。ゆえに「方針、内情も知ってから批判」の主張は失当である。日本語版のノートに「存命中の人物の犯罪歴はできる限り伏せる。事件も実名は出さない」と書かれているが、これに反する事例は多数あるので、ダブルスタンダードがあることは、避けられない。著名人であるというとなら、著名人である田中角栄のWikipedia記事では、逮捕というキーワードが14回登場している。存命人物でないことを割り引いたとしても、飯塚記事との整合性がないと見ることができる。 「不祥事が当人の活動に影響を与えたか否か」という削除基準があるという意見もある。しかし「不祥事が当人の活動に影響を与えたか否か」という点だけを考えたとしても、当人の不祥事の裁判が進行中であるということは、すでに当人の活動に多大な影響があることを示している。

さらに有罪が確定すればすでに貰った勲章もはく奪されることになる。このことは、当人の社会的評価が無になることを意味する。これは「不祥事が当人の活動に影響を与えた」と解釈することができるのではないか。それでも Wikipedia日本語版は該当記事を削除し続けるとしたら、 Wikipedia日本語版の自己矛盾でしかない。

ウィキペディア日本語版の方針の観点から[編集]

こうした論争に対してウィキペディア日本語版としては「不祥事が当人の活動に影響を与えたか否か」をローカルルール(項目毎に作られる掟)として重視している。

Wikpediaではハッピーメールで女子大生を売春した「米山隆一」の項目には、売春についての記述がある。一方、「奥浪鏡」の記事にはプロ野球選手引退に繋がった無免許運転に関する記述があるが、引退後に詐欺幇助や児童買春・ポルノ禁止法違反などの罪で実刑判決を受けたことは秘匿されている。FAQ「ほかの記事Xで、もし項目「飯塚幸三」に書かれたとしたら削除されるであろう記載を発見しました。なぜ項目Xでは当該記載が許され、項目「飯塚幸三」では削除されてしまうのですか?」の節には、

ウィキペディア日本語版では「著名人の記事内で、著名活動に多大な影響を与えたとは『考えられない』逮捕歴・裁判歴・個人的情報など」は削除する方針ですが、反対に著名活動に多大な影響を『与えた』と考えられる事柄については削除は行わない方針です。例えば、広く報道された現役の国会議員の不祥事などは、国会議員としての公の活動に多大な影響を及ぼしたと考えられるため削除はされません。そのほかにも削除が行われないケースがあります。詳しくはWikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関しての、「ウィキペディア日本語版内で、削除されず、伝統的に認められている例」をご覧ください。
その上で、もし、方針に反して逮捕歴・裁判歴・個人的情報が記載されている記事を見かけた方がいらっしゃいましたら、Wikipedia:削除依頼をご覧の上、プライバシーに配慮しつつ削除を依頼していただけると幸いに存じます。また、ノート:飯塚幸三は、項目「飯塚幸三」の改善のためのページであるので、別の記事のことはその記事のノートページでの議論をお願いします。

引用:wp:ja:ノート:飯塚幸三/FAQ

とはいえ、こうしたウィキペディア日本語版のルールを理解した上で、ルールそのものに疑問を呈することを否定するものではない。

ウィキペディア日本語版のルールを批判的に見る観点から[編集]

ここでは、ウィキペディア日本語版のルールが妥当なものであるかを検討し、日本語版ウィキペディアのルールを受け入れない人々が読解力やそもそもインターネットに向いていない可能性を心配する必要はない可能性があることを述べる。(ローカルルールか、ルールか、それとも方針か、表記は見解が分かれると推察される。ここでは単に「ルール」としておく。方針もルールも上記では実質的に同じ意味で使われているし、統一した使い方がされていない)

ウィキペディア日本語版のルールは、「不祥事が当人の活動に影響を与えたか否か」だけを重視しているとされている。しかし、これだけでは不十分であろう。なぜなら「不祥事が社会に影響を与えたか否か」「不祥事が第三者の活動に影響を与えたか否か」を考える必要があるからである。それが重視されないなら、ウィキペディア日本語版の編集に従事する人々は、社会の動きに無関心である可能性があることを示している。

またウィキペディア日本語版のルールをそのまま受け入れないからといって、読解力の不足やインターネットに向いていない可能性があるという証拠は示されていないし、そのようなことを心配する必要があるのか疑問がある。ウィキペディア日本語版では、社会で実際に起きていること(飯塚裁判など)に背を向けているとすれば、社会に関心を持っていないことを示している可能性があるから、むしろその方が社会的文脈の読解力はないともいえる。

次の論点としては、飯塚幸三の記事が「著名人の記事」だという前提を置いていることに違和感を持つ人もいるであろう。ウィキペディア日本語版の著名人の判断は、時として極めて恣意的に使われる。飯塚幸三が著名人であることをウィキペディア日本語版は証明しているわけではない。また、著名人の判定基準をここでは「計量学の研究者としての活動や、各種組織の長」だから著名人であるとしているが、計量学自体がポピュラーなものではないし、組織の長だけで著名人とするのは違和感があるだろう。係長や課長も組織の長である。前川喜平は大臣官房長、初等中等教育局長、文部科学事務次官などの組織の長であったが、ウィキペディア日本語版では天下りあっせん問題などの不祥事が記載されている(本人が天下り斡旋したわけではないにも関わらず)。反面、「出会い系バー」の件では公平とは言えない書きぶりがされている。佐川宣寿の記事では、組織の長であり、当人の活動に影響を与えたにも関わらず、赤木俊夫の死去を引き起こした公文書書き換えに関する記述がまったくなされていない。このようにウィキペディア日本語版のルールには矛盾が多数みられる。

Wikipedia英語版[編集]

英語版Wikipediaでは、Kozo Iizukaの項で[7]、ウィキペディア日本語版の飯塚に関する記事に注目が集まっているとした上で、少数のユーザーグループが事故の記事をすべて削除して記事を保護し、他の人間が編集できないようにしていると記載している。日本語ウィキペディア反対派の少数の日本人グループによって、編集を不可とする理由を「コミュニティでの議論の結果」であると書かれた。トーク欄には「論争に関する彼の情報の削除は明らかに不適切」という意見が表明されている。 飯塚の記事において事故の記載、事故の記事において飯塚の氏名の記載は認められている。

さらに英語版Wikipediaの東池袋自動車暴走死傷事故の項では加害者の氏名は表示されているが[8]、日本語版Wikipediaでは、「高齢者」「加害者」とするだけで、氏名はまったく表示されていない。氏名が書かれているのは、裁判長、民事裁判の被害者側弁護士、大学教授などのみである。逆に、英語版は事故についての欄が大半を占め、経歴などは3行程度でしか書かれておらず、日本語版と違い、事故を中心に記事が構成されている。

目的外の他言語版作成疑惑[編集]

2021年2月現在、Wikipediaで飯塚幸三の記事は、日本語版を入れて12の言語版で提供されている。しかし、英語版・中国語版・ドイツ語版を除いて、いずれも他の記事からリンクされていない孤立記事となっており、ドイツ語版も名字記事からのリンクがあるのみとなっている。これらの他言語版はほとんど、英語版やシンプル英語版(2020年以降)からそのまま翻訳されており(機械翻訳?)、出典も翻訳元の英語と日本語のものしか挙げられていない。

これらの他言語版は全て Aborish joukyuukokumin上級国民廃止)という1人のユーザーが作成しており、英語版などを除けば編集もほぼ唯一(立て逃げ)であることが多い。彼は他言語版で専ら「飯塚幸三」を2019年の出来事を欠かさず記載して立項するためだけに活動しているようにみえる。さらにWikimedia Incubator(試験段階のWikipedia)の琉球語版では事故の記述に普通の日本語を使い、「殺人犯」カテゴリまで付す掟破りの行動にまで出ている。アカウント名も日本語版なら「不適切な利用者名」として即ブロックされうるだろうが、日本語版ではログイン歴があるが活動履歴はない。

飯塚や池袋の事故の海外での知名度を考慮すれば、必要性の薄い記事立てにもみえるが、日本語版には載せられないために他言語版を利用しているのであろう。ここまでして他言語版に立項する意図や目的は、本人が対話に応じたことがないため不詳となっている。なお、このユーザーは2021年1月にロシア語版を立項したのを最後として、活動を止めている。

なぜエンペディアには掲載出来るのか?[編集]

簡単である。エンペディアには「Wikipedia:存命人物の伝記」と同じ方針がないからだ。なので、法的に訴えられてもおかしくないし、rxy氏やその他のエンペディアンを訴えることも可能である。だが、その可能性は低いだろう。ウィキペディアよりも圧倒的に閲覧数が少ないこのエンペディアではそもそも話題にさえほとんどされない。

人物像[編集]

好評[編集]

飯塚について「週刊女性」から次のような人物像が見て取れる。

  • 飯塚さんはいい人[9]
  • 高級官僚とは思えない普通のマンションに住んでいる。

悪評[編集]

  • 飯塚の収入は推定であるが、旧工業技術院の院長時代は年収約2000万円、退職金として約3000万から4000万円を受け取ったとされる。農機大手のクボタに役員として天下りした14年間で副社長まで上り詰め、クボタは「報酬は教えられません」というが、平成29年(2017年)の有価証券報告書によると、取締役7人に対する年間報酬総額は6億2700万円。頭数で割ると9000万円近い高給取りになる。他に日本計量振興協会会長なども務めており、その収入も換算できる。
  • ただでさえ現行犯逮捕されていないために批判が殺到しているのに、飯塚は「警察の任意の事情聴取の際に、マスコミから身を隠すように帽子、サングラス、マスクといった完全防備の状態。そして哀れさを演出するかのごとく、両手に杖を持っていた。さらに、現場での実況見分のとき、今度は白髪頭に眼鏡をかけて、献花台にお参りせず、警察とのやりとりでは、杖の先であそこと指し示していた」ことには上級国民以前に人として批判されても仕方ないとされている。

と、飯塚を批判する意見も多いのが実情である。

飯塚の事故に対する自動車メーカー(トヨタ)への責任転嫁の疑い[編集]

飯塚は事故を起こした際、ブレーキがきかなかったと自分の運転ミスを認めず、一方的に乗用車の性能の責任にしていた。つまりこの場合、飯塚のプリウスを製造したトヨタに責任があることになる。後になって飯塚は「自分の運転ミスかもしれない」と語っている。

飯塚はJNNの単独インタビューを受けた際に次のような信じられない発言をしていて、大きく批判されている。

  • 「体力に自信があったが、おごりもあった」
  • 「おごりがあったのかなと思い、反省しております。自分の体力に、その当時は自信があったんですけど」
  • 安全な車を開発するようにメーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になってほしいと願っています」
  • 「何度か(現場を)タクシーで通りましたけど、いつも手を合わせております。(免許は)取り消しです。これ以上運転するつもりもございません。全くございません。おわびの気持ちをずっと持ち続けていることを、お伝えいただきたいと思います」

警視庁は飯塚がアクセルとブレーキの踏み間違いが事故の原因だったとしているが、飯塚は車の性能の改善が必要だと主張して、自分の事故を自動車の性能の責任に転嫁している。このため、多くの批判が噴出して「飯塚は全く反省していない」と立川志らくのように憤激の声もある。

一方で慶応大学特任准教授などを務めるプロデューサーの若新雄純は、飯塚が車の性能の改善を求めたという報道に触れ「むしろ車が高齢者にとって危険なのは、性能がよすぎて体が衰えていることを忘れさせてしまうこと。例えば、お年寄りがマウンテンバイクで猛スピードを出して事故を起こすということはあまり考えづらいが、車は身体の衰えに関係なく簡単に走るので、自分が注意しなければいけない状態だということを忘れがちになる。高齢者の事故のニュースを見ているとハイブリッド車が多いが、発進の際はモーターで静かに動くので、アクセルと踏み間違えても気づきにくい。お年寄りでも疲れないという車は、むしろ凶器になる可能性がある。いくつか手順を踏まないと動かない、むしろ疲れる車のほうがいいのでは」と指摘。その上で、「今回、飯塚元院長は逮捕はされなかったというだけで、十分矢面に立たされて議論を巻き起こしたし、罪はこれから裁かれるはず」と自身の考えを述べた。

令和2年(2020年)10月8日、東京地裁で開始された初公判において、飯塚は起訴内容を否認して「車に何らかの異常が生じ暴走したと思っている」と主張した。これが裁判所に認められた場合、トヨタに責任問題が発生する可能性も否定できない。なお、飯塚のトヨタに対する責任転嫁発言に対して、トヨタの広報部は「裁判で真実が明らかにされるということですので、その推移を見守っています。一般的には記録が残ると理解しています」と答えている。一般的に車には電子信号を記録する装置が備わり、それを解析すれば運転時の様子がわかり、飯塚の車は衝突で大きく損傷していたものの、「動かぬ証拠」が残っているはずだという[10]

なお、フットブレーキはペダルを踏むことによる油圧で動作する。そこに電子制御が入り込む余地はない。

飯塚に対する評価[編集]

  • 飯塚が「(自分が事故を起こした自動車会社(つまりトヨタ)に対して)安全な車を開発するように」などと車の性能に問題があったかのような発言をしたことについて「私は全ての発言を聞いたわけではない。限られた映像を見たという前提で…体が震えだして、怒りというよりは、むなしくなってしまった。つらくて…。私はこの7カ月間、2人の死といなくなってしまったことと向き合っている。あのインタビューを見た限りでは、加害者(飯塚)は2人の死に向き合っているとは、私は思えなかった」、また初公判で飯塚が無罪を主張したことに対して「無念向き合っていない」(被害者遺族)。
  • 「(池袋の事故は)一般だったら問答無用で逮捕。なんでこの人物(飯塚)だけ特別な対応が取られてきたのか」。また飯塚が初公判で無罪を主張したことに対して「無罪を主張するのは本人の権利だけど、もう少しご自身の責任と向き合うべきではないか」(弁護士の八代英輝)。
  • 飯塚の自動車会社発言に対して「なんで当事者が子供を殺してしまった人がこういうことを平気で言えるのか」、また飯塚が初公判で無罪を主張したことに対して「自分の主張ばっかり。だから、謝っても口先だけにしか聞こえてこない」(立川志らく)。
  • 池袋暴走事故の飯塚が服役しない可能性に「納得できない。少なくともその人の自由を奪うとか…制裁が科されない限りは納得はできない」「在宅で起訴することはそんなに珍しい事ではないので」「それよりも年齢を考慮して執行猶予になったとしたら、これは納得できないことだと思います」(玉川徹)。
  • 飯塚の実況見分での姿を見た上で「実況見分での様子を見ると、これで車を運転すること自体が私は罪だろう、素朴に思います」「現場検証の様子を見るとこの人がハンドル握っちゃいけないだろと思います」(辛坊治郎)。
  • 事故を起こした飯塚の行動をVTRで見た印象を「亡くなった方たちへの気持ちが伝わってないんじゃないかなっていう感じがします」「残された方たちが釈然としない記者会見にどうしても見えてしまう」「気持ちの問題と法的な部分は違うと思います」(長嶋一茂)。
  • 飯塚が初公判で起訴内容を否認して無罪を主張したことに対して「恐るべき厚顔無恥な上級国民」などと厳しい言葉で非難。さらに暴走の原因は車の異常にあるとしたことについて「車の生産者は彼を訴えるべき。人の命を何だと思っているのだろう。悔い改め、罪を認めて罰を受け、被害者に心から謝罪すべき」としている。さらに3時間ほど間を置いた2つめのツイートでは「食事の予約に間に合わないと暴走し、人を蹴散らし死傷者まで出しながら無罪を主張なんて人命軽視も甚だしい!死者は二度と生き返らない。極刑をもって自身の罪の重さを知るべき。さもなくば被害者母子が浮かばれない。こんな最悪の人間に法の忖度があってなるものか!」と、怒りがエスカレートしていた(デヴィ夫人)。
  • 飯塚が初公判で起訴内容を否認して無罪を主張したことに対して「いい年して。同じ昭和に生まれた人間として恥ずかしい」(梅沢富美男)。
  • 飯塚が初公判で無罪を主張したことに対して「弁護団は『流石にちょっと』ってならなかったの?」(松本人志)。
  • 飯塚が初公判で無罪を主張したことに対して、飯塚に怒りを発した上で「残りの人生すらも保身に走った」(鈴木紗理奈)。
  • 初公判で飯塚が車に責任転嫁して無罪を主張したことに対して「(飯塚は)反社(反社会的勢力)以下」(小川泰平)。
  • 初公判で飯塚が無罪を主張しトヨタに責任転嫁したことに対して「車のメーカー側もたまったもんじゃない」(城島茂)。
  • 初公判で飯塚が無罪を主張し、トヨタに責任転嫁するような発言をしたことに対して「(飯塚は優れたエンジニアのはずなのに)強い違和感を抱かずにはいられません」(茂木健一郎)。
  • 第5回公判終了後、退廷する飯塚に対して「人殺し」という言葉が投げかけられた(傍聴席にいた中年の女性)。
  • 飯塚幸三が第7回公判で「ブレーキを踏んだら加速した」と車の不具合が事故原因だと強調し、改めて無罪を主張したことに対して「本当にこの事件のニュースを見るたびにすごく心が痛むんですけど。被告が一貫して自分の記憶は間違っていないと言っているのが、ちゃんと被害者や遺族の方に向き合っているのかなって思ってしまいますね。何かすごくモヤモヤしますね」(花澤香菜)。

飯塚幸三を題材としたと見られる作品[編集]

  • 怨み屋本舗WORST栗原正尚グランドジャンプ連載。2019年15号 - 21号で「上級国民」1 - 7として連載された。単行本怨み屋本舗WORST「10巻」に掲載) - 飯塚のモデルと見られる「勝居巌」が同乗している孫娘・紬が運転する自家用車で通行人を何人もはね殺し、巌とその息子・聡明が上級官僚であることからその事故をもみ消すというストーリー。
  • ミナミの帝王天王寺大原作・郷力也漫画・週刊漫画ゴラク連載。2020年2月28日号 - 終了) - 飯塚のモデルと見られる「柳原徹平」とその妻・「柳原絹子」が大阪市で信号無視して多数の人間を死傷させる事故を発端とするストーリー。この夫妻には息子も存在する設定となっている。

事故の影響[編集]

国土交通省は、EDR(イベント・データ・レコーダー)」の搭載を自動車に義務づけるよう検討していると報道された。国際基準により精度を統一し、搭載機器を、新型車は2022年7月より、全ての新車に2026年5月から義務付けるよう検討している[11]

著書[編集]

  • 飯塚幸三((監修), 今井秀孝 (訳)(1996)「計測における不確かさの表現のガイド―統一される信頼性表現の国際ルール」日本規格協会
  • 飯塚幸三(監修), 坂倉 省吾 (編集)(2005)「世界の規格便覧〈第1巻〉国際編」日本規格協会
  • 飯塚幸三(2005)『世界の規格便覧〈第2巻〉欧州・ロシア・アフリカ編』日本規格協会
  • 飯塚 幸三 (監修), 島 弘志 (編)(2005)『世界の規格便覧〈第3巻〉日本・中国・アジア・オセアニア編』日本規格協会
  • 飯塚幸三(1976)『JISとSIに基づく量記号・単位記号の使い方』オーム社
  • 飯塚幸三,山本 健太郎 (2000)「硬さ―計量管理協会編 (計量管理技術双書) 」コロナ社

論文[編集]

  • 飯塚幸三(2002)「わが国における計測標準の発展小史」計測と制御 41(1), pp.43-47,公益社団法人 計測自動制御学会
  • 飯塚幸三,児玉 文雄,清水 栄,月尾嘉男,増田祐司,坂内富士男(1993)「技術革新の国家戦略 : 国レベルでの効率をいかに高めるか」年次大会講演要旨集 8(0), p.71,研究・イノベーション学会

脚注[編集]

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