猪木正道

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猪木 正道(いのき まさみち、1914年11月5日 - 2012年11月5日)は、政治学者。京都大学名誉教授、元防衛大学校長(第3代)。安全保障問題の論客、民社党の理論的指導者として知られた。長男は経済学者の猪木武徳

経歴[編集]

京都市生まれ。幼少期は京都市、高知市、少年期は三重県上野町(現・伊賀市)で育つ[1]。1934年3月旧制第三高等学校文科乙類卒業[2]。高校在学中に女性ナロードニキ活動家ヴェーラ・フィグネルの回想記『ロシアの夜』を読んで感動し、マルクス主義に関心を持つ[1]。1937年3月東京帝国大学経済学部経済学科卒業[2]。東大時代は河合栄治郎の演習に参加し[3]、軍国主義とマルクス主義を左右の全体主義として批判する戦闘的自由主義に大きな影響を受けた。

大学卒業後は三菱信託株式会社に勤務。1943年財団法人三菱経済研究所に出向、参謀本部第5課(ソ連担当)の無給嘱託としてドイツの継戦能力を研究[4]。1943年9月旧制成蹊高等学校講師(非常勤)、1946年1月三菱経済研究所を退職、同年2月成蹊高校教授、1949年4月成蹊大学政治経済学部教授[2]。同年8月に処女作『ロシア革命史』(1948年)を読んで感激した滝川幸辰法学部長の招請で京都大学法学部助教授となる[1]。同年10月に教授となり、1970年7月まで政治学や政治史を講じた[3]。1962年2月「独裁の政治思想」で京大より法学博士号を取得[5]

1970年7月に京大教授を退職し、中曽根康弘防衛庁長官らの要請で防衛大学校長に就任[6]。1971年4月京大名誉教授[2]、1978年9月防衛大学校長を退職[7]、同年10月財団法人平和・安全保障研究所理事長、防衛大学校名誉教授。1979年4月大平正芳首相の私的研究グループ「総合安全保障研究グループ」座長。1981年4月紫綬褒章を受章。1982年4月青山学院大学国際政治経済学部教授。1986年3月平和・安全保障研究所会長、同年11月勲一等瑞宝章を受章。1990年3月青山学院大学を退職。1996年4月平和・安全保障研究所顧問。2001年10月文化功労者に選出[2]。2012年11月5日、京都市左京区の病院で老衰のため死去、享年98歳[2][8]

主著に『ロシア革命史』(白日書房、1948年)、『共産主義の系譜』(みすず書房、1949年)、『政治変動論』(世界思想社、1953年)、『政治学新講』(有信堂、1959年)、『独裁の政治思想』(創文社、1962年)、『評伝吉田茂』全3巻(読売新聞社、1978-1981年)、『政治の文法』(世界思想社、1991年)などがある。著作集に『猪木正道著作集』全5巻(力富書房、1985年/ブレーン出版、1991年)がある。

人物[編集]

河合栄治郎の門下生の1人で、「民主的社会主義者」の立場を取った[3]。1946年11月に同門の木村健康山田文雄石上良平土屋清関嘉彦らと社会思想研究会を結成し、理事に就任。1960年1月に蠟山政道、関嘉彦、土屋清、武藤光朗気賀健三らと民主社会主義研究会議(民社研)を結成し[9]、理事に就任。民社党の理論的支柱となったが、大平政権のブレーンも務めた[10]

松沢弘陽によれば、猪木は「戦争中総力戦体制強化のプランを提唱し、戦後まずオーストロ・マルキシズムの立場に立って社会党左派を支持」したが、のちに民社党支持へと立場を転じた[11]富田武によれば、1953-1954年に猪木が微妙に立場を変えたのは、「西ドイツに留学し、社会民主党の変化を観察したこと」、「西ドイツが共産主義の脅威の最前線にあると実感し、再軍備に踏み切ったのを目の当たりにしたことが大きいと思われる」という[12]社会党で構造改革路線を推進した加藤宣幸は、敗戦直後に当時社会党にいた猪木からドイツ社会民主党やオーストリア社会党について話を聴いたことが印象に残っていると、2012年に行われたインタビューで述べている[13]

産経新聞の正論メンバーで、1973年6月25日付同紙の「正論」欄の第1回に「悪玉論に頼る急進主義」を執筆した[14]。1991年にフジサンケイグループ主催の正論大賞を受賞した[8]

1981年に中川八洋から「ソ連に忠誠心をもっている」(『月曜評論』7・20)と批判され、中川を名誉棄損で訴えたが、1982年に和解が成立した[15]。中川側の文献として『猪木正道の大敗北――ソ連を愛し続けた前防大校長の“言論抑圧裁判”の真相』(奥原唯弘・桶谷繁雄・太山壌・土田隆・中川八洋・松原正・大久保典夫著、日新報道、1983年)がある。呉智英によれば、1970年に猪木が防衛大学校校長に就任した際、「右翼は、防大はソ連のスパイに乗っ取られたと批判していた」という[16]

著書[編集]

単著[編集]

  • 『ロシア革命史――社会思想史的研究』(白日書房、1948年/日本ソノ書房[歴史文庫]、1969年/中央公論社[中公文庫]、1994年/KADOKAWA[角川ソフィア文庫]、2020年)
    • 『ロシア革命史』(世界思想社、1951年/世界思想社[現代政治シリーズ]、1967年)
  • 『共産主義の系譜』(みすず書房、1949年/角川書店[角川文庫]、1953年、増訂新版1959年)
    • 『共産主義の系譜――マルクスから毛沢東まで』(角川書店[角川文庫]、1970年、増補版1984年)
    • 『新版 増補 共産主義の系譜』(KADOKAWA[角川ソフィア文庫]、2018年)
  • 『戦う社会民主主義――共産主義との対決』(実業教科書、1949年)
  • 『ドイツ共産党史――西欧共産主義の運命』(弘文堂[アテネ新書]、1950年)
  • 『三つの共産主義――レーニン・トロツキー・スターリン』(養徳社、1951年)
  • 『スターリン』(社会思想研究会出版部[現代教養文庫]、1951年)
  • 『ロシヤ史入門』(創文社、1952年)
  • 『戦争と革命』(雲井書店、1952年/社会思想研究会出版部[現代教養文庫]、1953年)
  • 『日本の方向――反動に抗して』(創文社[フォルミカ選書]、1953年)
  • 『政治変動論』(世界思想社、1953年)
  • 『民主政治と独裁政治』(郵政弘済会[教養の書]、1954年)
  • 『人間尊重のために――西欧に学ぶもの』(河出書房[河出新書]、1955年)
  • 『国際政治の展開』(有信堂[有信堂文庫]、1956年)
  • 『政治学新講』(有信堂[有信堂文庫]、1956年/有信堂[有信堂全書]、1959年、増訂版1962年)
  • 『民主的社会主義のために』(有信堂[文化新書]、1958年)
  • 『民主的社会主義』(中央公論社、1960年)
  • 『ふたつの民主主義』(民主教育協会[IDE教育選書]、1960年)
  • 『政治教育ABC』(民主教育協会[IDE教育選書]、1960年)
  • 『独裁の政治思想』(創文社、1961年、増訂版1984年、3訂版2002年/KADOKAWA[角川ソフィア文庫]、2019年)
  • 『議会政治を守るために』(有信堂[文化新書]、1961年)
  • 『民族主義と中立主義――政治学ノートI』(有信堂[文化新書]、1962年)
  • 『社会思想入門』(有紀書房、1962年)
  • 『独裁者』(筑摩書房、1963年)
  • 『激動する世界と日本――政治学ノートII』(有信堂[文化新書]、1965年)
  • 『随想 世界と日本』(有信堂、1965年)
  • 『国際政治をみる眼』(世界思想社[現代政治シリーズ]、1968年)
  • 『政治をみる眼』(世界思想社[現代政治シリーズ]、1968年)
  • 『歴史の転換点』(文藝春秋、1968年)
  • 『大世界史(25)冷戦と共存』(文藝春秋、1969年)
  • 『社会思想史入門』(清水弘文堂書房、1969年)
  • 『国を守る――熱核時代の日本防衛論』(実業之日本社、1972年)
  • 『現代政治の虚像と実像』(世界思想社[世界思想ゼミナール]、1974年)
  • 『七つの決断――現代史に学ぶ』(実業之日本社、1975年)
    • 『日本の運命を変えた七つの決断』(文藝春秋[文春学藝ライブラリー]、2015年)
  • 『安全を考える』(朝雲新聞社、1977年)
  • 『評伝吉田茂(上・中・下)』(読売新聞社、1978-1981年)
    • 『評伝吉田茂(全4巻)』(読売新聞社、1981年/筑摩書房[ちくま文庫]、1995年)
  • 『軍事大国への幻想――真に国を守るには』(東洋経済新報社、1981年)
  • 『猪木正道著作集(全5巻)』(高坂正尭ほか編、力冨書房、1981年/高坂正堯・粕谷一希編集代表、ブレーン出版、1991年)
  • 『日本宰相列伝(18)吉田茂』(時事通信社、1986年)
  • 『天皇陛下』(TBSブリタニカ、1986年、特装版1987年)
  • 『九〇年代に向かって――平和でもなく、戦争でもなく』(力冨書房、1989年)
  • 『歴史の黒白――これだけははっきり言っておく』(文藝春秋[文春ネスコ]、1990年)
  • 『政治の文法――日本・アメリカ・ソ連』(世界思想社[Sekaishiso seminar]、1991年)
  • 『軍国日本の興亡――日清戦争から日中戦争へ』(中央公論社[中公新書]、1995年/中央公論新社[中公文庫]、2021年)
  • 『私の20世紀――猪木正道回顧録』(世界思想社、2000年)

共著[編集]

  • 『スターリン・毛沢東・ネール』(竹内好・蝋山芳郎共著、要書房[要選書]、1951年)
  • 『変革期の中の自由』(田中美知太郎ほか共著、自由社[自由選書]、1957年)
  • 『世界の歴史(25)現代の世界』(佐瀬昌盛共著、講談社、1978年)
  • 『日本の正論――21世紀日本人への伝言』(渡部昇一・加藤寛・唐津一・曽野綾子・竹村健一石原慎太郎西部邁堺屋太一・岡崎久彦・田久保忠衛・西尾幹二・小堀桂一郎・三浦朱門・上坂冬子共著、産経新聞ニュースサービス、発売:扶桑社、2001年)
  • 『日本の最終講義』(鈴木大拙・宇野弘蔵・大塚久雄・桑原武夫・貝塚茂樹・清水幾太郎・遠山啓・中村元・芦原義信・土居健郎・家永三郎・鶴見和子・河合隼雄・梅棹忠夫・多田富雄・江藤淳・網野善彦・木田元・加藤周一・中嶋嶺雄・阿部謹也・日野原重明共著、KADOKAWA、2020年)

編著[編集]

  • 『ソ連邦』(毎日新聞社、1954年)
  • 『日本の二大政党』(法律文化社[新文化選書]、1956年)
  • 『独裁の研究』(創文社、1957年)
  • 『タイ・ビルマの社会経済構造』(アジア経済研究所[研究参考資料]、1963年)
  • 『世界歴史(7)現代の世界』(中山治一共編、人文書院、1965年)
  • 『世界の名著(42)プルードン、バクーニン、クロポトキン』(勝田吉太郎共責任編集、中央公論社、1967年)
    • 『世界の名著(53)プルードン、バクーニン、クロポトキン』(勝田吉太郎共責任編集、中央公論社[中公バックス]、1980年)
  • 『講座日本の将来(2)現代日本の政治――分析と展望』(神川信彦共編、潮出版社、1968年)
  • 『日本政治・外交史資料選』(有信堂[政治学講座]、1969年)
  • 『政治学(2)政治思想史』(勝田吉太郎、渡辺一共編、高文社[法律学ハンドブック]、1972年)
  • 『共産圏諸国の政治経済の動向』(市村真一共編、創文社、1974年)
  • 『日本の安全保障と防衛への緊急提言』(高坂正堯共編、講談社[21世紀の日本学]、1982年)

訳書[編集]

  • ルードウィヒ・フォイエルバッハ『死と不死について』(鬼怒書房、1948年)
  • ラツサール『学問と労働者』(日本評論社[世界古典文庫]、1949年)
  • ローレンツ・フォン・シュタイン『社会の概念と運動法則』(みすず書房、1949年)
  • マルクス、エンゲルス『原始マルクス主義――独仏年誌論集』(社会思想研究会出版部[社会思想名著文庫]、1949年)
  • ラツサール『学問と労働者・公開答状』(創元社[創元文庫]、1953年)
  • バートラム・ウルフほか『ソ連社会の変遷』(時事通信社[時事新書]、1958年)
  • F.シュテルンベルク『マルクスと現代』(創文社、1960年)
  • ルイス・フィッシャー『レーニン(上・下)』(進藤栄一共訳、筑摩書房[偉大な生涯]、1967年/筑摩書房、新装版1988年)

出典[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 竹内洋「解説」、猪木正道『新版 増補 共産主義の系譜』KADOKAWA(角川ソフィア文庫)、2018年
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 猪木正道略年譜 日本防衛学会 猪木正道賞基金
  3. 3.0 3.1 3.2 高坂正堯「猪木正道」、朝日新聞社編『現代人物事典』朝日新聞社、1977年、143頁
  4. 猪木正道『私の二十世紀――猪木正道回顧録』世界思想社、2000年
  5. CiNii 博士論文 - 独裁の政治思想
  6. 政治学者の猪木正道氏が死去 元防大校長 山陽新聞ニュース(2012年11月7日)
  7. 歴代学校長 | 防衛大学校について 防衛大学校
  8. 8.0 8.1 猪木正道氏が死去 安全保障問題の論客 「正論」メンバー MSN産経ニュース(2012年11月7日)
  9. 安藤俊裕「社会・民社党の創設者 西尾末広(9) 総選挙惨敗、苦難の道日本経済新聞(2010年12月5日)
  10. 猪木正道さん死去 安保問題の論客、京大名誉教授 朝日新聞デジタル(2012年11月7日)
  11. 思想の科学研究会編『共同研究 転向 下巻』平凡社、1962年、287頁
  12. 富田武「名著再読 猪木正道著『ロシア革命史 社会思想史的研究』」『成蹊法学』第81号、2014年
  13. 加藤宣幸「<証言> 戦後社会党史・総評史 構造改革論再考 : 加藤宣幸氏に聞く(下)」『大原社会問題研究所雑誌』653号、2013年2月
  14. 正論って何? Web「正論」
  15. 「表現の自由」研究会編著『現代マスコミ人物事典』二十一世紀書院、1989年、437頁
  16. 呉智英氏 共産主義を知るには反共主義者から学べ 週刊ポスト(2016年10月25日)

関連文献[編集]

  • 堀江湛『日本の選挙と政党政治』(北樹出版、1997年)
  • 井上徹英『猪木正道の歩んだ道――"戦後"と闘った自由主義者の肖像』(有峰書店新社、1993年)
  • 粕谷一希『戦後思潮――知識人たちの肖像』(藤原書店、2008年)
  • 上丸洋一『『諸君!』『正論』の研究――保守言論はどう変容してきたか』(岩波書店、2011年)
  • 黒田寛一『黒田寛一 読書ノート 第十二巻』(こぶし書房、2017年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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