宇野経済学

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宇野経済学(うのけいざいがく)とは、宇野弘蔵が構築したマルクス経済学の体系。宇野理論とも。宇野弘蔵とその後継者たちは宇野派宇野学派宇野シューレと呼ばれる。

概要[編集]

宇野弘蔵は経済学の研究を「原理論・段階論・現状分析」という三つの段階に分け、原理論は論理的に構成された純粋な形での資本主義経済の法則を解明し、段階論は資本主義経済の歴史的な発展段階を把握し、現状分析は原理論や段階論の研究成果を前提として現実の資本主義経済を分析するものとした。マルクスの『資本論』は原理論、レーニンの『帝国主義論』は段階論に属する著作として位置付けられた。宇野は「科学としての経済学」を目指し、理論と実践、科学とイデオロギー、論理と歴史、経済学と社会主義の区別を主張した。原理論は資本主義経済の法則を解明するだけで、社会主義への移行の必然性を論証するものではないと考えた。このような見解はマルクス経済学と社会主義イデオロギーを不可分と見なす「正統派」の見解と対立するものだったため、「正統派」などから強い反発を受けた。

宇野は1930年代の日本資本主義論争講座派労農派が対立しているように見えながら、双方ともに『資本論』の内容をそのまま現状に適用しており、帝国主義論が欠如しているのではないかという疑問を抱いていた。このような問題意識から論文「資本主義の成立と農村分解の過程」(『中央公論』1935年11月号)[1]日本の資本主義の成立と農村分解の特殊性を解明し、『経済政策論 上巻』(弘文堂、1936年)で段階論の基礎を確立した。『経済政策論』(弘文堂、1954年)で資本主義の歴史的発展段階を「重商主義・自由主義・帝国主義」という三つの段階に分ける段階論を確立した。『経済原論(上・下)』(岩波書店、1950-52年)などで『資本論』の体系を再構成し、純粋資本主義の論理を「流通論・生産論・分配論」として構成する原理論を確立した。16、7世紀から19世紀中葉までのイギリス資本主義の発展を純粋化傾向にあると捉え、その極限を抽象化したものが原理論の対象となる純粋資本主義であるとした。資本主義という対象の模写が同時に方法の模写でもあるとする方法模写説を主張し、マックス・ウェーバー理念型のような主観的な立場からの抽象とは異なるとした。流通論で商品・貨幣・資本を論じ、生産論で労働者の賃金による生活資料の買い戻しを軸に労働価値説を論証した。「労働力商品化の無理」を資本主義の基本的矛盾の基礎と捉え、「無理」のために発生する労賃上昇、利潤低下から周期的恐慌の必然性を証明した。労賃上昇は恐慌によって相対的過剰人口が形成されることで解決されるとした。

宇野は経済学研究の究極の目標は現状分析であるとし、ロシア革命以後は典型的帝国主義段階ではなく現状分析の研究領域であるとしたが、現代資本主義分析の方法を示した論文は「資本主義の組織化と民主主義」(『世界』第5号、1946年5月)[2]と「世界経済論の方法と目標」(『世界経済』第5巻第7号、1950年7月)[3]の2本のみだとされる[4]。宇野門下の現代資本主義論は岩田弘を代表とする世界資本主義論大内力を代表とする一国資本主義論(国家独占資本主義論)に分極した[5]

宇野の「労働力の商品化」論はカール・ポランニーが『大転換』(1944年)や『経済の文明史』(1957年)で提示した市場経済社会論と共通性があるとされる[6]。宇野の価値形態論はジャック・ランシエールの論文「『一八四四年の草稿』から『資本論』までの批判の概念と経済学批判」(アルチュセール派の論集『資本論を読む』(1965年)所収)[7]、宇野理論から派生した鈴木鴻一郎や岩田弘の世界資本主義論はサミール・アミンアンドレ・ギュンター・フランク従属理論イマニュエル・ウォーラーステイン世界システム論の視点を先取りしているとされる[8]

宇野学派[編集]

宇野学派の代表的な学者として、鈴木鴻一郎大島清大内力日高普岩田弘戸原四郎降旗節雄新田俊三櫻井毅渡邉寛山口重克大内秀明関根友彦馬場宏二鎌倉孝夫柴垣和夫侘美光彦伊藤誠橋本寿朗などがいる(生年順)。財政学者には武田隆夫遠藤湘吉林健久加藤榮一、哲学者には清水正徳などがいる。渡辺寛によると、1979年時点で宇野学派は「二〇年前には数えるほどしかいなかったのが、いまや二百人を上回る研究者集団となった」という[9]。宇野学派の学者は東京大学東北大学東京教育大学筑波大学)、法政大学などに多かった。宇野弘蔵以来、東大では宇野学派の原理論ポストが継承されてきたが、2016年3月に小幡道昭の退職をもって消滅した[10]

1979年から83年に宇野学派の雑誌として『経済学批判』(社会評論社)が第14号まで刊行された。1997年に宇野学派の戦後生まれの研究者によってSGCIME(マルクス経済学の現代的課題の研究会)が結成され、御茶の水書房からシリーズ「グローバル資本主義」「現代資本主義の変容と経済学」などの論文集を刊行している[11]。2007年に武蔵大学で宇野弘蔵没後30年記念研究集会が開催され、世話人と事務局によって「宇野理論を現代にどう活かすか」Newsletterが発行された。2010年にNewsletterの編集委員会が設置され、第2期として発行されている。

影響[編集]

宇野経済学は哲学者の武市健人滝沢克己、労働問題研究者の氏原正治郎[12]小池和男[13]、政治学者の渡辺治[14]、文芸評論家・哲学者の柄谷行人[15]などにも影響を与えている。1980年に関根友彦が『経済原論』(岩波全書、1964年)の英訳版を出版して以来、伊藤誠などが海外に宇野経済学を紹介し、カナダなどでも宇野経済学が研究されている[16]。 海外で刊行された宇野経済学に関する書籍として、ロバート・アルブリトン『資本主義発展の段階論――欧米における宇野理論の一展開』(原書1991年。永谷清監訳、社会評論社、1995年)、アンドリュー・E・バーシェイ『近代日本の社会科学――丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(原書2004年。山田鋭夫訳、NTT出版、2007年)、Elena Luisa Lange(エレナ・ルイーザ・ランゲ)『Value without Fetish : Uno Kōzō's Theory of 'Pure Capitalism' in Light of Marx's Critique of Political Economy(宇野弘蔵の純粋資本主義論とマルクスの経済学批判)』(Brill,2021)[17]などがある。

宇野自身は政治的実践と距離をおいたが、宇野経済学や宇野学派は日本社会党新左翼に影響を与えた。大内秀明鎌倉孝夫新田俊三社会主義協会で活躍した「宇野経済学三羽烏」とされるが[18]、大内と新田は協会を脱退し、鎌倉は1982年に『現代資本主義と社会主義像』(福田豊共著、河出書房新社)を刊行して左派から批判を浴びたのがきっかけで協会の役職を辞任した。大内力・新田俊三・大内秀明らは平和経済計画会議、大内力・馬場宏二・新田俊三は労働者自主管理研究会議、馬場宏二・新田俊三・大内秀明は日本社会党社会主義理論センターに参加した。労働者自主管理研究会議は社会党の綱領的文書「日本における社会主義への道」(通称:「道」)を批判し、社会主義理論センターは「道」の見直し、「日本社会党の新宣言」の作成に携わった。宇野経済学はブント中核派革マル派など新左翼運動にも大きな影響を与えた。宇野経済学を適用して日本資本主義を分析した姫岡玲治の「民主主義的言辞による資本主義への忠勤――国家独占資本主義段階における改良主義批判」(『共産主義者』第3号、1959年/『日本国家独占資本主義の成立』現代思潮社、1960年)は第一次ブントの理論的支柱となった。岩田弘世界資本主義論(岩田理論、岩田危機論)は共産主義者同盟マルクス主義戦線派(マル戦派)、第二次ブントの理論的支柱となった。第二次ブントの崩壊後、岩田弘や川上忠雄共産主義者党(前衛派)を結成して活動した。

宇野経済学の入門書[編集]

宇野弘蔵の著書[編集]

  • 宇野弘蔵『経済学方法論』(東京大学出版会[経済学大系]、1962年)
  • 宇野弘蔵『経済原論』(岩波全書、1964年/岩波文庫、2016年)
  • 宇野弘蔵『資本論の経済学』(岩波新書、1969年)
  • 宇野弘蔵、大内力大島清『資本主義――その発達と構造』(角川選書、1978年)
  • 宇野弘蔵『資本論に学ぶ』(ちくま学芸文庫、2015年)
  • 宇野弘蔵『社会科学としての経済学』(ちくま学芸文庫、2016年)
  • 宇野弘蔵編著、大島清、玉野井芳郎、大内力著『経済学(上・下)』(角川ソフィア文庫、2019年)

宇野弘蔵以外の著書[編集]

  • 大内力、戸原四郎大内秀明『経済学概論』(東京大学出版会、1966年)
  • 降旗節雄『マルクス経済学の理論構造』(筑摩書房、1974年/筑摩書房、1976年)
  • 大内秀明、鎌倉孝夫林健久佐伯尚美『宇野弘蔵 著作と思想』(有斐閣新書、1979年)
  • 桜井毅『宇野理論と資本論』(有斐閣、1979年)
  • 清水正徳、降旗節雄編『宇野弘蔵の世界――マルクス理論の現代的再生』(有斐閣、1983年)
  • 日高普『経済原論』(有斐閣選書、1983年)
  • 山口重克『資本論の読み方――宇野弘蔵に学ぶ』(有斐閣、1983年)
  • 山口重克『経済原論講義』(東京大学出版会、1985年)
  • 日高普『改訂版 経済学』(岩波全書、1988年)
  • 伊藤誠『資本主義経済の理論』(岩波書店、1989年)
  • 降旗節雄『降旗節雄著作集 第2巻 宇野経済学の論理体系』(社会評論社、2002年)
  • 伊藤誠『『資本論』を読む』(講談社学術文庫、2006年)
  • 小幡道昭『経済原論――基礎と演習』(東京大学出版会、2009年)
  • さくら原論研究会編『これからの経済原論』(ぱる出版、2019年)

関連文献[編集]

宇野経済学に関する文献[編集]

  • 降旗節雄「宇野弘蔵」、日高普林健久桜井毅渡辺寛、降旗節雄、鈴木博『日本のマルクス経済学――その歴史と論理(下)』(青木書店、1968年)
  • 大内秀明『宇野経済学の基本問題』(現代評論社、1971年)
  • 清水正徳海原凛岩田弘山口重克、桜井毅、鎌倉孝夫、大内秀明、降旗節雄、山口勇『宇野弘蔵をどうとらえるか』(芳賀書店、1972年)
  • 廣松渉『資本論の哲学』 (現代評論社、1974年/勁草書房、1987年/平凡社ライブラリー、2010年)
  • 東京大学社会科学研究所編『宇野経済学関係文献目録』(東京大学社会科学研究所特定研究「戦後日本の社会科学」研究組織、1981年)
  • 松本和日子『過渡期世界経済論の課題と方法――マルクス=宇野経済学の再構築とグローバル・ソーシャリズム史観』(学文社、2002年)
  • 青木孝平『コミュニタリアニズムへ――家族・私的所有・国家の社会哲学』(社会評論社、2002年)
  • 櫻井毅、山口重克、柴垣和夫伊藤誠編著『宇野理論の現在と論点――マルクス経済学の展開』(社会評論社、2010年)

宇野経済学批判の文献[編集]

  • 黒田寛一『宇野経済学方法論批判』(現代思潮社[現代叢書]、1962年/こぶし書房、1993年)
  • 吉村達次『経済学方法論――宇野理論批判』(雄渾社、1966年、新装普及版1972年)
  • 佐藤金三郎『『資本論』と宇野経済学』(新評論、1968年)
  • 見田石介『宇野理論とマルクス主義経済学』(青木書店、1968年)
  • 見田石介、横山正彦林直道編著『マルクス主義経済学の擁護――宇野弘蔵氏の学説の検討』(新日本出版社、1971年)
  • 重田澄男『マルクス経済学方法論』(有斐閣、1975年)
  • 榎原均『『資本論』の復権――宇野経済学批判』(四季社、1978年)
  • さらぎ徳二『宇野経済学体系の批判』(季節社、1978年)
  • 尼寺義弘『価値形態論』(青木書店[阪南大学叢書]、1978年)
  • 中西洋『日本における「社会政策」・「労働問題」研究――資本主義国家と労資関係』(東京大学出版会、1979年)
  • 松代秀樹片桐悠『宇野経済学との対決』(こぶし書房、1980年)
  • 林紘義『林紘義著作集 第1巻 「労働価値説」擁護のために――一切の俗流学派とりわけ宇野学派に反対して』(ういんぐ・出版企画センター、1998年)
  • 林紘義『林紘義著作集 第4巻 観念的、宗教的迷妄との闘い――黒田寛一、宇野弘蔵、広松渉、林道義等批判』(ういんぐ・出版企画センター、1999年)

脚注[編集]

  1. 『農業問題序論』(改造社、1947年/青木書店、1965年)、『宇野弘蔵著作集 第8巻』(岩波書店、1974年)、『増補 農業問題序論』(こぶし文庫、2014年)に所収。
  2. 『宇野弘蔵著作集 第8巻』(岩波書店、1974年)に所収。
  3. 『社会科学の根本問題』(青木書店、1966年)、『宇野弘蔵著作集 第9巻』(岩波書店、1974年)に所収。
  4. VI. 「現状分析」の試み 貴重書展示室特別展「宇野文庫展」
  5. 降旗節雄「解体する宇野学派」『現代の眼』1982年11月
  6. カール・ポランニー著、玉野井芳郎、平野健一郎編訳『経済の文明史――ポランニー経済学のエッセンス』日本経済新聞社、1975年
  7. 絓秀実『革命的な、あまりに革命的な――「1968年の革命」史論』作品社、2003年、208頁
  8. 絓秀実『1968年』ちくま新書、2007年、59頁
  9. 渡辺寛「宇野先生の御逝去に際会して」、宇野マリア編『思い草――宇野弘蔵追悼文集』宇野マリア、1979年
  10. 柴崎慎也「これからの経済原論」北星学園大学図書館
  11. 八木紀一郎日本アカデミズムのなかのマルクス経済学」季刊『現代の理論』2018夏号[vol.16]、2018年8月1日
  12. 氏原正治郎ほか「2 討論―社会政策学・経済学・社会科学」、労働問題文献研究会編『文献研究日本の労働問題』総合労働研究所、1966年
  13. 濱口桂一郎『働く女子の運命』文春新書、2015年
  14. 森田成也「開発主義論と新自由主義との政治的親和性――『情況』新田論文の教訓」、赤堀正成岩佐卓也編著『新自由主義批判の再構築――企業社会・開発主義・福祉国家』法律文化社、2010年
  15. 柄谷行人『マルクスその可能性の中心』講談社、1978年/講談社文庫、1985年/講談社学術文庫、1990年
  16. VII. 宇野学派の流れ 貴重書展示室特別展「宇野文庫展」
  17. alue without Fetish : Uno Kōzō's Theory of 'Pure Capitalism' in Light of Marx's Critique of Political Economy 紀伊國屋書店
  18. 「表現の自由」研究会編著『現代マスコミ人物事典』二十一世紀書院、1989年、501頁

外部リンク[編集]

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