柄谷行人
柄谷行人(からたに こうじん、1941年8月6日ー )は、文藝評論家・哲学者。
人物[編集]
兵庫県尼崎市生まれ。本名・善男。代々善右衛門を名乗る裕福な家の長男として生まれる。柄谷工務店の次男というのはデマ。甲陽学園高等学校卒、東京大学経済学部卒。大学時代にブント(共産主義者同盟)系の学生運動に参加し、1961年に社学同(社会主義学生同盟)再建に関わった[1]。また宇野弘蔵の『経済原論』や宇野学派の鈴木鴻一郎の『経済学原理論』を読み、マルクス理解に大きな影響を受けた。大学院は英文科に進み、アメリカ文学を専攻、二歳年上の原政子(冥王まさ子)と結婚した。修士論文ではロレンス・ダレルを論じた。修士課程修了後、東京医科大学専任講師、法政大学教養部専任講師、助教授、教授として英語を教えた。
1968年「<意識>と<自然>-漱石試論」で群像新人文学賞(評論部門)を受賞。文藝評論家としては当初、江藤淳の門下とされていた。中上健次と知り合い、中上にフォークナーを読むよう助言した。イェール大学客員教授となり、ポール・ド・マンと知り合う。『群像』に「マルクスその可能性の中心」を連載し、同作で亀井勝一郎賞を受賞。引き続き、『日本近代文学の起源』にまとめられる諸論考を発表。
1983年から始まったニュー・アカデミズムのブームにより、浅田彰らと連携する形で有名になる。『隠喩としての建築』『探究』などを刊行し、1990年から浅田とともに編集委員となって『批評空間』を創刊し、知的な若者たちのアイドルとなり、カリスマとなった。同誌巻頭の「共同討議」の常連は蓮實重彦、三浦雅士で、柄谷ー蓮實の弟子筋として絓秀実、渡部直己がいたが、のち三浦は丸谷才一グループに転じた。
1990年の湾岸戦争に際して、「湾岸戦争に反対する文学者声明」の旗振り役となったが、これは柄谷の従来の政治的姿勢とは一線を画すもので、この声明には蓮實や渡部は参加しなかった。江藤淳もこの声明を批判したので江藤との距離も遠くなった。妻との間には二男児がいたが、離婚し、若い柄谷凜と再婚した。96年の『坂口安吾と中上健次』で伊藤整文学賞を受賞。コロンビア大学教授も務めた。
ヘビースモーカーだったが、45歳のころ断煙を試みた。この時期『文學界』で中野孝次、秋山駿、中上と行った座談会で中野と怒鳴りあいになったが、これも断煙の副産物ではなかったか。この時は9ヶ月でやめてしまったが、のち2000年代に断煙に成功している。熊野大学にも常連の参加者だった。
『トランスクリティーク』あたりから文学とは縁遠くなる。「NAM」の運動を始めて、別様のマルクス主義を試みるが、2002年に担当編集者が死んだことで頓挫するが、運動は続いている。その後「日本近代文学の終わり」を書くが、これは「近代文学」の終わりでしかなかった。だが自身、文藝評論からは手を引くと宣言し、今日に至っており、その後は『世界史の構造』のような非文学の仕事をしている。
2022年、米国の、哲学者に与えられるバーグルエン賞を受賞し、同年度の朝日賞を受賞した。
著書[編集]
単著[編集]
- 『畏怖する人間』(冬樹社、1972年/トレヴィル、1987年/講談社文芸文庫、1990年)
- 『意味という病』(河出書房新社、1975年/講談社文芸文庫、1989年/講談社文芸文庫Wide、2018年)
- 『マルクスその可能性の中心』(講談社、1978年/講談社文庫、1985年/講談社学術文庫、1990年)
- 『反文学論』(冬樹社、1979年/講談社学術文庫、1991年/講談社文芸文庫、2012年)
- 『ダイアローグ』(冬樹社、1979年)[2]
- 『日本近代文学の起源』(講談社、1980年/講談社文芸文庫、1988年)
- 『定本 日本近代文学の起源』(岩波現代文庫、2008年)
- 『日本近代文学の起源 原本』(講談社文芸文庫、2009年)
- 『隠喩としての建築』(講談社、1983年/講談社学術文庫、1989年)[3]
- 『思考のパラドックス』(第三文明社、1984年)[4]
- 『批評とポスト・モダン』(福武書店、1985年/福武文庫、1989年)[3]
- 『内省と遡行』(講談社、1985年/講談社学術文庫、1988年/講談社文芸文庫、2018年)
- 『探究I』(講談社、1986年/講談社学術文庫、1992年)
- 『ダイアローグ Ⅲ 1984-1986』(第三文明社、1987年)[5]
- 『ダイアローグ Ⅰ 1970-1979』(第三文明社、1987年)[6]
- 『探究II』(講談社、1989年/講談社学術文庫、1994年)
- 『言葉と悲劇』(第三文明社、1989年/講談社学術文庫、1993年)
- 『柄谷行人講演集成1985‐1988 言葉と悲劇』(ちくま学芸文庫、2017年)
- 『終焉をめぐって』(福武書店、1990年/講談社学術文庫、1995年)
- 『ダイアローグ Ⅱ 1980-1984』(第三文明社、1990年)[7]
- 『ダイアローグ Ⅳ 1987-1989』(第三文明社、1991年)[8]
- 『漱石論集成』(第三文明社、1992年)
- 『増補 漱石論集成』(平凡社ライブラリー、2001年)
- 『新版 漱石論集成』(岩波現代文庫、2017年)
- 『ヒューモアとしての唯物論』(筑摩書房、1993年/講談社学術文庫、1999年)
- 『〈戦前〉の思考』(文藝春秋、1994年/講談社学術文庫、2001年)
- 『坂口安吾と中上健次』(太田出版[批評空間叢書]、1996年/講談社文芸文庫、2006年)
- 『差異としての場所』(講談社学術文庫、1996年)
- 『ダイアローグ Ⅴ 1990-1994』(第三文明社、1998年)[9]
- 『倫理21』(平凡社、2000年/平凡社ライブラリー、2003年)
- 『NAM原理』(太田出版、2000年)
- 『トランスクリティーク――カントとマルクス』(批評空間、2001年/岩波現代文庫、2010年)
- 『柄谷行人初期論文集』(批評空間、2002年)
- 『思想はいかに可能か』(インスクリプト、2005年)
- 『柄谷行人の初期思想』(講談社文芸文庫、2023年)
- 『日本精神分析』(文藝春秋、2002年/講談社学術文庫、2007年)
- 『定本 柄谷行人集(全5巻)』(岩波書店、2004年)
- 「1 日本近代文学の起源」
- 「2 隠喩としての建築」
- 「3 トランスクリティーク――カントとマルクス」
- 「4 ネーションと美学」
- 「5 歴史と反復」
- 『近代文学の終わり――柄谷行人の現在』(インスクリプト、2005年)
- 『世界共和国へ――資本=ネーション=国家を超えて』(岩波新書、2006年)
- 『柄谷行人政治を語る』(小嵐九八郎聞き手、図書新聞、2009年)
- 『政治と思想――1960-2011』(平凡社ライブラリー、2011年)
- 『世界史の構造』(岩波書店、2010年/岩波現代文庫、2015年)
- 『「世界史の構造」を読む』(インスクリプト、2011年)
- 『哲学の起源』(岩波書店、2012年/岩波現代文庫、2020年)
- 『柳田国男論』(インスクリプト、2013年)
- 『遊動論――柳田国男と山人』(文春新書、2014年)
- 『柄谷行人インタヴューズ1977-2001』(講談社文芸文庫、2014年)
- 『柄谷行人インタヴューズ2002-2013』(講談社文芸文庫、2014年)
- 『帝国の構造――中心・周辺・亜周辺』(青土社、2014年/岩波現代文庫、2023年)
- 『定本 柄谷行人文学論集』(岩波書店、2016年)
- 『憲法の無意識』(岩波新書、2016年)
- 『柄谷行人講演集成1995−2015 思想的地震』(ちくま学芸文庫、2017年)
- 『坂口安吾論』(インスクリプト、2017年)
- 『柄谷行人書評集』(読書人、2017年)
- 『世界史の実験』(岩波新書、2019年)
- 『柄谷行人発言集 対話篇』(読書人、2020年)
- 『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社、2021年)
- 『柄谷行人対話篇Ⅰ 1970-83』(講談社文芸文庫、2021年)[10]
- 『柄谷行人対話篇Ⅱ 1984-88』(講談社文芸文庫、2022年)[11]
- 『力と交換様式』(岩波書店、2022年)
- 『柄谷行人対話篇Ⅲ 1989-2008』(講談社文芸文庫、2023年)[12]
共著[編集]
- 『小林秀雄をこえて』(中上健次共著、河出書房新社、1979年)[13]
- 『ポスト・モダニズム批判――拠点から虚点へ』(笠井潔共著、作品社[<現在>との対話]、1985年)
- 『<批評>のトリアーデ――文学の<内部>と<外部>をめぐる最前線のクリティックを解き明かす 蓮実柄谷中上論収録』(絓秀実、渡部直己、江中直紀、蓮實重彦、中上健次共著、トレヴィル、発売:リブロポート、1985年)
- 『闘争のエチカ』(蓮實重彦共著、河出書房新社、1988年/河出文庫、1994年)[14]
- 『終わりなき世界――90年代の論理』(岩井克人共著、太田出版、1990年)
- 『漱石をよむ』(小池清治、小森陽一、芳賀徹、亀井俊介共著、岩波書店[岩波セミナーブックス]、1994年)
- 『群像 日本の作家 24 中上健次』(柄谷行人他著、小学館、1996年)
- 『皆殺し文芸批評――かくも厳かな文壇バトル・ロイヤル』(絓秀実、清水良典、島弘之、富岡幸一郎、大杉重男、東浩紀、福田和也共著、四谷ラウンド、1998年)
- 『マルクスの現在』(浅田彰、市田良彦、小倉利丸、崎山政毅共著、石谷治寛、大野裕之編集、とっても便利出版部、1999年)
- 『NAM生成』(坂本龍一、村上龍、浅田彰、山城むつみ、王寺賢太、三宅芳夫、鈴木健、山住勝広共著、NAM学生編、NAM、発売:太田出版、2001年)
- 『必読書150』(浅田彰、岡崎乾二郎、奥泉光、島田雅彦、絓秀実、渡部直己共著、太田出版、2002年)
- 『LEFT ALONE――持続するニューレフトの「68年革命」』(絓秀実、井土紀州、松田政男、西部邁、津村喬、花咲政之輔、上野昂志、丹生谷貴志共著、明石書店、2005年)
- 『ポスト新自由主義――民主主義の地平を広げる 札幌時計台レッスン2』(山口二郎編著、金子勝、片山善博、高橋伸彰、上野千鶴子共著、七つ森書館、2009年)
- 『柄谷行人中上健次全対話』(中上健次共著、講談社文芸文庫、2011年)
- 『脱原発とデモ――そして、民主主義』(瀬戸内寂聴、鎌田慧ほか共著、筑摩書房、2012年)
- 『柄谷行人蓮實重彦全対話』(蓮實重彦共著、講談社文芸文庫、2013年)
- 『知の現在と未来――岩波書店創業百年記念シンポジウム』(広井良典、管啓次郎、高橋源一郎、長谷川一、金子勝、國分功一郎、堤未果、丸川哲史共著、岩波書店、2014年)
- 『大江健三郎 柄谷行人全対話――世界と日本と日本人』(大江健三郎共著、講談社、2018年)
- 『柄谷行人浅田彰全対話』(浅田彰共著、講談社文芸文庫、2019年)
- 『戦後思想の到達点――柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る』(見田宗介共著、大澤真幸インタビュー・編、NHK出版[シリーズ・戦後思想のエッセンス]、2019年)
- 『柄谷行人『力と交換様式』を読む』(柄谷行人ほか著、文春新書、2023年)
編著[編集]
- 『シンポジウム』(編・著、思潮社、1989年)
- 『近代日本の批評 昭和篇 上』(編著、福武書店、1990年/編、講談社文芸文庫、1997年)
- 『近代日本の批評 昭和篇 下』(編著、福武書店、1991年/編、講談社文芸文庫、1997年)
- 『近代日本の批評 明治・大正篇』(編著、福武書店、1992年/編、講談社文芸文庫、1998年)
- 『シンポジウムI』(編著、太田出版[批評空間叢書]、1994年)
- 『シンポジウムⅡ』(編著、太田出版[批評空間叢書]、1997年)
- 『シンポジウムⅢ』(編著、太田出版[批評空間叢書]、1998年)
- 『可能なるコミュニズム』(編著、太田出版、2000年)
- 『「小さきもの」の思想』(柳田国男著、編、文春学藝ライブラリー、2014年)
共編著[編集]
- 『現代批評の構造――通時批評から共時批評へ』(蟻二郎、森常治共編、思潮社、1971年)
- 『中上健次全集(全15巻)』(中上健次著、柄谷行人、浅田彰、四方田犬彦、渡部直己共同編集委員、集英社、1995-1996年)
- 『中上健次発言集成(全6巻)』(中上健次著、絓秀実共編、第三文明社、1995-1997年)
- 『坂口安吾全集(全17巻+別巻)』(坂口安吾著、関井光男共同編集、筑摩書房、1998-2012年)
- 『中上健次と熊野』(渡部直己共編著、太田出版、2000年)
訳書[編集]
- エリック・ホッファー『現代という時代の気質』(柄谷真佐子共訳、晶文社[晶文選書]、1972年)
- 『現代という時代の気質』(柄谷行人訳、ちくま学芸文庫、2015年)
脚注[編集]
- ↑ 学生運動と年上の友人たち:私の謎 柄谷行人回想録④
- ↑ 蓮實重彦、中上健次、安岡章太郎、岸田秀、廣松渉との対談、樺山紘一、長尾龍一との鼎談を収録。のち樺山、長尾との鼎談を除き『ダイアローグ Ⅰ』(第三文明社、1987年)に再録。
- ↑ a b 『差異としての場所』(講談社学術文庫、1996年)に再録。
- ↑ 日高敏隆、小林司、寺山修司、田川健三、丸山圭三郎、森敦、多木浩二、中沢新一との対談、栗本慎一郎、今村仁司との鼎談、岩井克人、浅田彰との鼎談を収録。のち『ダイアローグ Ⅱ』(第三文明社、1987年)に再録。
- ↑ 木村敏、小林登、加藤典洋、岩井克人、大岡昇平、浅田彰、蓮實重彦、子安宣邦との対談、松本健一、笠井潔との鼎談を収録。
- ↑ 『ダイアローグ』(冬樹社、1979年)収録の対談(樺山、長尾との鼎談を除く)、吉本隆明、磯田光一、長崎浩、中村雄二郎、中上健次との対談を収録。
- ↑ 『思考のパラドックス』(第三文明社、1984年)収録の対談、村上龍、坂本龍一との鼎談、笠井潔との対談を収録。
- ↑ 青野聰、竹田青嗣、水村美苗、ポール・アンドラ、秋山駿、リービ英雄、大澤真幸、浅田彰、丹生谷貴志、中上健次、野家啓一、三浦雅士、島田雅彦、フレドリック・ジェイムソンとの対談、岩井克人、浅田彰との鼎談、磯崎新、浅田彰との鼎談を収録。
- ↑ 小林敏明、大西巨人、中上健次、日野啓三、高橋源一郎、川村二郎、小森陽一、富岡多恵子、後藤明生、絓秀実、村井紀、紅野謙介との対談を収録。
- ↑ 吉本隆明、中村雄二郎、安岡章太郎、寺山修司、丸山圭三郎、森敦、中沢新一との対談を収録。
- ↑ 木村敏、小林登、岩井克人、大岡昇平、子安宣邦、リービ英雄との対談を収録。
- ↑ 三浦雅士、島田雅彦、大西巨人、高橋源一郎、川村二郎、富岡多惠子、後藤明生、山城むつみ、村上龍との対談、黒井千次、津島佑子との鼎談を収録。
- ↑ 対談は『ダイアローグⅠ』(第三文明社、1987年)、『柄谷行人中上健次全対話』(講談社文芸文庫、2011年)に再録。柄谷の評論は『批評とポスト・モダン』(福武書店、1985年)、『差異としての場所』(講談社学術文庫、1996年)に再録。
- ↑ 『柄谷行人蓮實重彦全対話』(講談社文芸文庫、2013年)に再録。