1326年
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1326年(せんさんびゃくにじゅうろくねん)は、1300年代の26年目のことであり、日本の元号では正中3年であったが4月26日(ユリウス暦5月28日)に改元が行なわれて嘉暦元年となる。日本の天皇は後醍醐天皇である。鎌倉幕府の征夷大将軍は守邦親王である。執権は第14代執権の北条高時であったが、嘉暦の騒動により高時が隠退して北条貞顕が第15代執権となるも、貞顕も10日で辞職し、北条守時が第16代執権に就任した。
日本の出来事[編集]
- 3月 - 後醍醐天皇の皇太子に定められていた邦良親王が死去(27歳)。幕府が工藤祐貞を陸奥に派遣して蝦夷を討伐する。北条高時が執権職を辞職して出家し、一族の貞顕が新たな執権になるが10日ほどで辞職する(嘉暦の騒動)。
- 4月 - 北条守時が第16代執権に就任する。
- 7月 - 量仁親王が皇太子に立てられる。工藤祐貞が安東季長を捕縛して鎌倉に帰還する。
- 9月 - 勝長寿院・建長寺造営料船が元より帰国する。