日本大学

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日本大学(にほんだいがく、英: Nihon University)は東京都千代田区九段南に本部がある私立総合大学である。略称は「日大」(にちだい)。学生数が多いことから、マンモス大学と言われる。日本を代表する私学[1]であり卒業生総数約116万人である。2019年10月4日に創立130周年を迎えた。各学部の独立採算制を特徴とする。

概要[編集]

日本大学は1889年(明治22年)に創立された日本法律学校が前身である。 創立時に中心的な役割を果したのが、司法大臣(当時)の山田顕義であった。山田顕義は、当事の法学教育は欧米法が主流であり、日本の歴史や文化から乖離した知識を教えているため、現実に即した日本法学の研究教育が課題と考えていた。山田顕義は宮崎道三郎らが自分と同じ趣旨の学校設立計画を進めていることを知り、彼らを全面的に支援することとした。校舎は顕義が所長をしていた皇典講究所を借用し、1889年(明治22年)10月4日、日本大学の前身である日本法律学校が誕生した。日本大学では、創立に関与した宮崎道三郎金子堅太郎などの若き法律学者など11名を創立者とし、彼らを支援した司法大臣・山田顕義を学祖とする。

1893年には司法省の指定学校となる。1898年(明治31年)高等官・判事検事・弁護士受験合格者を対象として高度な法学研究を実施するため「高等専攻科」を設置する。卒業生には「日本法律学士」の称号が与えられた。1903年(明治36年)大学組織への移行を進めて、学則改正の認可を文部大臣に申請。校名を「日本法律学校」から「日本大学」と改称した。本科は「専門部」、高等師範科は「高等師範部」、高等予備科は「大学予科」と改称された。1904年(明治37年)大学部に「政治科・商科(現・経済学部と商学部)」を設置し、専門学校令により大学となった。1906年(明治39年)大学では初の「学科目制」履修制度を採用した。

1920年(大正9年)日本大学は「大学令」による私立大学の設立を申請・認可され、新しい「日本大学」が誕生した。1920年(大正9年)法文学部「法律科」「政治科」「宗教科」「社会科」、商学部「商科(大正12年に商業学科に名称変更)」が設置された。1920年(大正9年)「高等工学校(現・理工学部)」を設置した。設置当初は「土木科」「建築科」の2学科から翌年の大正10年には「機械科」、大正11年には「専攻部」を設置した。1920年(大正9年)専門部、高等師範部に女子の入学を認めた。1921年(大正10年)美学科(現・芸術学部)」を設置する。1925年(大正14年)専門部に「医学科(現:医学部)」を設置する。その後、1942年に医学部が設置され、1948年に専門部医学科を廃止した。1928年(昭和3年)工学部を設置した。早稲田大学理工学部に次いで2番目の工学系学部で、「土木工学科」「建築学科」「機械工学科」「電気工学科」の4学科を置いた。1937年(昭和12年)法文学部文学科芸術学専攻を「芸術学科(文芸学・演劇美学・映画美学・美術史・音楽美術専攻)」に改組した。

基本事項[編集]

  • 名称:日本大学
  • 設置者:学校法人日本大学
  • 所在地:
  • 創立:1889年(明治22年)10月4日
  • 学祖:山田顕義
  • 創立者:宮崎道三郎、金子堅太郎、上條慎蔵、斯波淳六郎、末岡精一、添田寿一、野田藤吉郎(長森藤吉郎)、樋山資之、平島及平、穂積八束、本多康直

学部[編集]

学部はそれぞれが独立して、1学部1キャンパスとなっている[2]

No 学部 学生数 キャンパス  所在地
1 法学部 6,864 神田三崎町キャンパス 東京都千代田区神田三崎町2丁目3番1号
2 法学部(第二部) 612 神田三崎町キャンパス 東京都千代田区神田三崎町2丁目3番1号
3 文理学部 8,245 文理学部キャンパス 東京都世田谷区桜上水3丁目25-40
4 経済学部 6,615 経済学部キャンパス 東京都千代田区神田三崎町1-3-2
5 商学部 5,527 砧キャンパス 東京都世田谷区砧5丁目2−1
6 芸術学部 3,894 江古田キャンパス 東京都練馬区旭丘2-42-1
7 国際関係学部 2,981 三島キャンパス 静岡県三島市文教町2-31-145
8 危機管理学部 1,278 三軒茶屋キャンパス 東京都世田谷区下馬3丁目34-1
9 スポーツ科学部 1,250 三軒茶屋キャンパス 三軒茶屋キャンパス
10 理工学部 8,953 駿河台キャンパス
船橋キャンパス
東京都千代田区神田駿河台1丁目8-14
千葉県船橋市習志野台7-24-1
11 生産工学部 6,204 津田沼キャンパス
実籾キャンパス
千葉県習志野市泉町 1-2-1
千葉県習志野市新栄2-11-1
12 工学部 4,368 工学部キャンパス 福島県郡山市田村町徳定字中河原1
13 医学部 752 医学部板橋キャンパス 東京都板橋区大谷口上町 30-1
14 歯学部 810 歯学部キャンパス 東京都千代田区神田駿河台1-8-13
15 松戸歯学部 787 松戸歯学部キャンパス 千葉県松戸市栄町西2-870-1
16 生物資源科学部 6,677 湘南キャンパス 神奈川県藤沢市亀井野1866
17 薬学部 1,536 薬学部キャンパス 千葉県船橋市習志野台7-7-1

創立時の危機[編集]

創立4年目に窮地に陥り、一時は学校を閉鎖する決議をした。松岡学長は硬派校友やその他の有志に図ってようやく維持することができた[3]

社長が多い[編集]

東京商工リサーチの2019年調査によると、全国社長の出身大学で日本大学が9年連続でトップを維持している。集計対象外企業は26万3,690社であり、東京商工リサーチの企業データベース約379万社の代表者データ(個人企業を含む)から、公開されている出身大学を抽出し、集計したものである。社長の出身大学トップは、日本大学が2万1,581人である。都道府県別でも日本大学が20都県(前年19都県)でトップを占めている。

No 大学名 人数
1 日本大学 21,581
2 慶應義塾大学 10,650
3 早稲田大学 10,441
4 明治大学 8,525
5 中央大学 7,807
6 法政大学 6,296
7 近畿大学 5,893
8 東海大学 5,755
9 同志社大学 4,967
10 東京大学 3,953


関連項目[編集]

公式ページ[編集]

日本大学

[編集]

  1. 橋下徹「日大広報が炎上した本当の理由」(PRESIDENT)2018年5月30日
  2. 例外として三軒茶屋キャンパスがある。
  3. 平元兵吾(1912)『八大学と秀才』日東堂書店