逸ノ城駿

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逸ノ城 駿(いちのじょう たかし、1993年4月7日 - )は、モンゴル出身の元大相撲力士

プロフィール[編集]

  • 出身地 - モンゴル国アルハンガイ県。ウランバートルから西へ370km。
  • 所属 - 湊部屋。師匠は元前頭湊富士。
  • 本名 - 三浦駿(みうら たかし)、前名・アルタンホヤグ イチンノロブ

概要[編集]

2014年1月場所で初土俵。モンゴル出身力士自体は珍しくはないが、モンゴルの都市部ではなく、大相撲力士としては初の遊牧民出身という異色の経歴である。

新入幕の活躍以降、CM出演やテレビ出演の依頼が増えてきたことで東映系列のマネジメント会社と提携した[1]

入門前[編集]

照ノ富士水戸龍と同時に来日して鳥取城北高等学校に相撲留学。美ノ海は高校同期である。高校時代は、後輩の義江和也(芸人)が日本語を教える係だった。
高校横綱を逃したことで高校卒業後は相撲部屋に入門せず、鳥取県体育協会職員として勤務しながら、アマチュア相撲選手としてアマの大会に出場。2013年に実業団横綱となって、国外出身者では初めて幕下15枚目格付出資格を得た。幕下では2場所連続で6勝をあげ、三場所目に十両に昇進。

上位では、白鵬の天下であったが、鶴竜が2場所連続で14勝をあげて、逸ノ城の十両昇進と同時に横綱に昇進した。

十両[編集]

新十両となった2014年5月場所で優勝決定戦を制して初の十両優勝。翌場所でも十両優勝決定戦に進むも、栃ノ心剛に敗れる。しかし、所要2場所で幕内へと昇進した。

新入幕[編集]

所要5場所のスピード出世で2014年9月場所にて東前頭10枚目となって新入幕を果たす。9月場所では快進撃が続き、11日目には大関である稀勢の里寛に勝利して、二桁勝利を達成。初土俵から5場所目での大関戦初白星と幕内2桁勝利は共に史上最速[2]。新入幕での大関戦勝利も、2000年5月場所で12日目に千代大海龍二・14日目に貴ノ浪貞博の2人を破って12勝3敗として敢闘賞技能賞を受賞した栃乃花仁以来14年ぶりの出来事だった。12日目には、大関の豪栄道豪太郎との取り組みに勝利。新入幕力士としては史上初の連日での大関戦連勝となった。13日目には横綱鶴竜力三郎戦が組まれ、新入幕力士としては、2007年9月場所で豪栄道が白鵬翔と対戦して敗れた取り組み以来となる7年ぶりの横綱挑戦となる。新入幕力士の横綱挑戦は横綱が正式にできた1909年以降で9例目であり、所要鵜5場所目での横綱戦は6場所制となってから史上最速。

13日目の鶴竜との取り組みでは立ち合いに変化して初の金星。初土俵から5場所目での金星は1994年1月場所で曙太郎に勝利した武双山正士の7場所目を上回る最速記録。新入幕の力士が横綱戦に勝利したのは1941年5月場所で男女ノ川登三に勝利した双見山又五郎、1973年9月場所で琴櫻傑將に勝利した大錦一徹に続く史上三人目の快挙であり、41年ぶりの出来事だった。14日目には白鵬翔との対戦が組まれた。新入幕で2横綱と対戦するのは1943年5月場所で安藝ノ海節男照國萬藏と対戦して連敗した東富士欽壹以来71年ぶり[3]。新入幕が連日で横綱と対戦するのは昭和以降初[4]。14日目の白鵬戦には敗れたものの、千秋楽で組まれた安美錦竜児戦には勝利して13勝2敗で9月場所を終えた。
新入幕での13勝2敗は、1964年1月場所の北の冨士勝明、1967年3月場所の陸奥嵐幸雄に並ぶ史上最多記録[注 1]。なお、過去に新入幕で13勝をあげた二人の対戦相手は全て平幕であり、1971年6月に「幕内下位が大きく勝ち越した場合は大関・横綱と対戦させることができる」と改定されてからは初の新入幕で13勝をあげた力士となった[5]。また、三賞である殊勲賞・敢闘賞を受賞した[6]。所要五場所での三賞受賞は、1999年3月場所に敢闘賞を受賞した雅山哲士に並ぶ最速記録となった。新入幕で三賞を複数受賞したのは史上4人目の快挙である[7]。過去には、1973年9月場所の大錦(殊勲賞・敢闘賞・技能賞)、1997年3月場所の出島武春(敢闘賞・技能賞)、2000年5月場所の栃乃花(敢闘賞・技能賞)の三人が新入幕での三賞複数受賞をしている。

入幕2場所目[編集]

2014年10月16日、帯状疱疹によって入院[8]。8泊9日の入院となって、神奈川県秦野市場所から再開する秋巡業は休場した。さらに、11月4日には入院生活を送った影響で骨盤にゆがみが生じたことが判明[9]。大阪に戻って緊急治療を行った。

2014年10月27日に発表された大相撲九州場所の番付発表で、逸ノ城の関脇昇進が発表された[10]。所要5場所(幕下付け出し)の新関脇・新三役は所要7場所で新三役に昇進した武双山の7場所を抜いて昭和以降最速[11]。新入幕翌場所の関脇昇進は昭和以降初の快挙。

場所前の入院などの影響による稽古不足などによって万全ではない状態で本場所に挑んだ。横綱・大関相手には1勝5敗と苦戦したものの、14日目に稀勢の里に勝って8勝として勝ち越しを決めた[12]。新三役が関脇の力士が勝ち越したのは平成以降では初。新三役の勝ち越しは2012年7月場所の妙義龍以来。新関脇の勝ち越しも、2012年9月場所の妙義龍以来である[13]。なお、2014年11月場所では同じく新関脇だった碧山も千秋楽で勝ち越しており、2007年9月場所の安美錦朝赤龍が共に勝ち越して以来となる、新関脇が共に勝ち越しの記録をつくった。

2015年[編集]

2015年1月場所では初の負け越し。それでも照ノ富士との対戦では、2009年5月場所の時天空と阿覧の対戦以来の水入りを記録して、勝利するなどして場所を盛り上げた。

2015年3月場所では西前頭筆頭に陥落してのぞんだ。初日の鶴竜戦での不戦勝、3日目の日馬富士戦の勝利と2横綱を撃破した。最終的に9勝6敗と勝ち越して翌場所の小結昇進につながった。

2015年5月場所の初日には、白鵬に初勝利[14]。これは白鵬の初日黒星は2012年7月場所以来の敗戦。この勝利で逸ノ城はこの時点での横綱・大関陣から一度以上白星を全員あげたことになる。

2018年[編集]

横綱勢が軒並み休場がちの年で、御嶽海や豪栄道が比較的安定していた中、逸ノ城も5場所連続で三役を守り、この頃が最盛期であった。

2021年[編集]

9月に日本国籍を得て帰化。名は四股名から取り、姓は親方の姓を頂いた。

2022年・2023年[編集]

前頭2枚目で迎えた7月場所は好調で14日目までで11勝3敗で照ノ富士と優勝を争い、千秋楽で宇良に勝利。7月場所結びの一番で照ノ富士が敗れて、初の幕内最高優勝が決まった。新入幕から47場所目で歴代9位のスローペースでの優勝だった。9月場所は還り三役となったが負け越し。11月場所後に週刊誌で不祥事疑惑が報道され、翌令和5年1月場所の出場停止処分が出された。

令和5年3月場所で十両優勝し、幕内復帰を決めたが、持病の腰痛が歩行の自由が効かなくなるほど悪化[注 2]2023年5月5日相撲協会は引退届を受理したことを発表した。引退後は協会に残らない意向も示した。

両国国技館引退相撲を行う資格があったが、断髪式はホテルで実施の予定。

成績[編集]

  • 十両優勝:2回(2014年5月場所、2023年3月場所)
  • 十両優勝同点:1回(2014年7月場所<栃ノ心との優勝決定戦で敗れる>)
  • 幕内最高優勝:1回(2022年7月場所)
  • 三賞:4回 / 殊勲賞:3回(2014年9月、2019年3月、2022年7月場所)/ 敢闘賞:1回(2014年9月場所)
  • 金星:9個 (鶴竜<2014年9月場所><2019年1月場所>、日馬富士<2015年3月場所><2016年5月場所>、稀勢の里<2017年11月場所><2018年1月場所><2019年1月場所>、白鵬<2019年7月場所>、照ノ富士<2022年7月場所>)
年数 一月場所 三月場所 五月場所 七月場所 九月場所 十一月場所
2014年 幕下付出 #15
6勝1敗
西 幕下 #3
6勝1敗
西 十両 #10
11勝4敗
(十両優勝)
西 十両 #3
13勝2敗
東 前頭 #10
13勝2敗
敢闘賞、殊勲賞
西 関脇
8勝7敗
2015年 西関脇
6勝9敗
西 前頭 #1
9勝6敗
西 小結
8勝7敗
西 関脇
4勝11敗
東 前頭 #4
9勝6敗
東 前頭 #1
6勝9敗
2016年 東 前頭 #3
2勝13敗
東 前頭 #11
11勝4敗
西 前頭 #2
5勝10敗
東 前頭 #7
9勝6敗
西 前頭 #3
休場
西 前頭 #13
7勝8敗
2017年 西 前頭 #13
11勝4敗
東 前頭 #7
6勝9敗
東 前頭 #9
8勝7敗
東 前頭 #6
7勝8敗
東 前頭 #6
8勝7敗
西 前頭 #4
10勝5敗
2018年 西 前頭 #1
10勝5敗
東 小結
9勝6敗
西 関脇
8勝7敗
東 関脇
8勝7敗
西 関脇
8勝7敗
2019年
2020年
2021年
2022年 西前頭 #2
8勝7敗
東前頭 #2
9勝6敗
西前頭 #1
全休 [注 3]
西前頭 #2
12勝3敗
幕内最高優勝
殊勲賞
西 小結
6勝9敗
西前頭 #2
4勝11敗
2023年 東前頭 #7
出場停止
東 十両 #3
14勝1敗
十両優勝
西 前頭 #13
引退

出演[編集]

同時代の主な好敵手[編集]

  • 大関 豪栄道
  • 大関 栃ノ心
  • 大関 貴景勝
  • 大関 正代
  • 大関 御嶽海
  • 関脇 玉鷲


脚注[編集]

  1. 後に尊富士弥輝也も記録(2024年3月場所)。
  2. 腰痛悪化は表向きの理由で、師匠の湊親方との不仲が真の引退要因ではないかとの憶測も流れている。
  3. 新型コロナ感染
出典
  1. 2014年10月27日、nikkasports.com「逸ノ城 東映系列企業とマネジメント提携」
  2. 2014年9月24日、Sponichi Annex「逸ノ城 凄すぎ“W最速”デビュー5場所目で大関撃破&2桁○」
  3. 2014年9月26日、毎日新聞「大相撲秋場所:逸ノ城、史上最速の金星 鶴竜を破る」
  4. 2014年9月26日、スポーツ報知「【秋場所】逸ノ城、ついに白鵬へ挑戦!2日連続新入幕VS横綱は昭和以降初」
  5. 2014年9月28日、中日新聞「逸ノ城 来場所史上最速関脇だ~ 記録ずくめ47年ぶり新入幕13勝」
  6. 2014年9月28日、デイリースポーツ online「逸ノ城が殊勲・敢闘をダブル三賞受賞」
  7. 2014年9月29日、スポーツ報知「【秋場所】逸ノ城、最速三役確実!「本当にうれしい」13勝W三賞」
  8. 2014年10月17日、スポーツ報知「逸ノ城が入院!注目されすぎストレスで帯状疱疹」
  9. 2014年11月4日、スポニチアネックス「逸ノ城 骨盤にズレ…「力入らない」原因判明、大阪で緊急治療」
  10. 2014年10月27日、nikkasports.com「逸ノ城スピード出世!九州場所は新関脇」
  11. 2014年10月27日、朝日新聞DIGITAL「逸ノ城、新関脇に昇進 大相撲の新番付発表」
  12. 2014年11月22日、スポーツ報知「【九州場所】逸ノ城、勝ち越し決めた!稀勢から白星」
  13. 2014年11月23日、スポニチアネックス「逸ノ城勝ち越し 新関脇では2年ぶり「ホッとしてます」」
  14. 2015年3月10日、産経ニュース「白鵬、逸ノ城に敗れる波乱 日馬と3大関は白星発進」
  15. 2014年11月30日、スポーツ報知情熱大陸に逸ノ城が登場
  16. 2014年12月10日、nikkasports.com「逸ノ城初CM ベビースターラーメン」

外部リンク[編集]