照ノ富士春雄

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照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお、1991年11月29日 - )は、モンゴル出身の大相撲力士。本名は「ガントルガ・ガンエルデネ」。

プロフィール[編集]

四股名[編集]

  • 若三勝 由章(わかみしょう よしあき) 2011年5月技量審査場所
  • 若三勝 章明(わかみしょう よしあき) 2011年7月場所 - 2011年11月場所
  • 若三勝 由章(わかみしょう よしあき) 2012年1月場所 - 2013年7月場所
  • 照ノ富士 由章(てるのふじ よしあき) 2013年9月場所
  • 照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお) 2013年11月場所 -

概要[編集]

アマチュア[編集]

鳥取城北高等学校に相撲のために留学。同じ道場に通っていた逸ノ城と同じ飛行機で来日しており、同じ部屋に住んでいた。鳥取城北高校の相撲部メンバーとして活躍して、全国高等学校総合体育大会相撲競技では団体戦の大将として出場。団体戦での優勝を経験している。

入門[編集]

間垣部屋に入門して、2011年1月場所前の新弟子検査を通るも、ビザを取得に時間がかかって2011年5月技量審査場所が初土俵となった。

初土俵から順調に出世して幕下に昇進。しかし、2012年7月場所に初の負け越しを経験して、翌場所も負け越してしまう。西幕下37枚目に番付を落とした。2013年3月場所限りで間垣部屋が閉鎖されて伊勢ヶ濱部屋に移籍すると、翌場所以降は再び順調に勝ち越していく。幕下上位で迎えた2013年7月場所に勝ち越し、翌場所に十両に昇進した。

関取昇進[編集]

新十両の2013年9月場所は12勝3敗で鏡桜と相星で優勝決定戦となって十両優勝。翌場所以降も勝ち越して、2014年3月場所に幕内に昇進した。

幕内下位でも勝ち続け、2014年9月場所には幕内前頭筆頭に昇進。9月場所こそ負け越したものの、翌場所以降は再び勝ち越しを続け、2015年1月場所には敢闘賞を受賞。この敢闘賞は三賞の該当者なしという危機によって再投票を経て提案された取り組みとなる千秋楽に勝てば受賞という条件だった[1]。また、この場所の逸ノ城との対戦にて、幕内では2009年5月場所の時天空阿覧の対戦以来の水入りとなる熱戦となって敗れている。

2015年3月場所で新三役となる関脇に昇進。初土俵以来所要23場所での新関脇は、幕下付け出しを除くと1958年以降初土俵から9位のスピード昇進となる。

関脇[編集]

自己最高位の東関脇で迎えた2015年3月場所では初日から6連勝。新三役での初日からの6連勝は、1944年11月場所の東富士以来71年ぶりの快挙で、15日制になってからは初[2]。翌日の栃ノ心にも勝利して、1940年5月の五ツ嶋以来の75年ぶりの新三役での初日からの7連勝を達成して、新三役の初日からの最多連勝記録に並んだ。[3]。記録達成を賭けて挑んだ翌日の稀勢の里との対戦には敗れて、8連勝は逃した。それでも、勝ち星を重ねていって13日目には36連勝中だった白鵬を破る。14日目の逸ノ城との対戦では2場所連続の水入りとなる熱戦を制した。2場所連続の同じ対戦相手による水入りは、1950年1月場所・3月場所で水入りとなった出羽錦若乃花幹士以来の出来事だった[4]。自身が勝利して白鵬が破れれば優勝決定戦にもつれ込む展開で千秋楽となり、豪栄道との対戦で勝利。兄弟子である日馬富士が白鵬に結びの一番で敗れて優勝決定戦とはならずに白鵬の優勝が決定したが、13勝2敗の好成績を上げて白鵬の優勝決定を千秋楽まで持ち越している。過去に新関脇の13勝は1940年5月場所の五ツ嶌、1950年9月場所の吉葉山、2005年9月場所の琴欧州がいる。この活躍によって、殊勲賞、敢闘賞を受賞した。

2015年5月場所では12勝3敗で初優勝を遂げて3場所連続の敢闘賞を受賞した。所要25場所目での初優勝は、年6場所制が定着した1958年以降で幕下付け出しの力士を除いた記録としては貴花田(後の貴乃花)と朝青龍の24場所目に次ぐ歴代3位のスピード記録となる[5]大関昇進を確実として、1958年以降では初の三役2場所での大関昇進となる[6]

大関昇進[編集]

2015年7月場所は新大関として初日から6連勝。最終的に7勝7敗で角番脱出を千秋楽で狙う琴奨菊に変化で敗れて11勝4敗の成績となった。2015年9月場所は初日から11連勝して、優勝争いのトップに立つ。しかし、栃煌山、稀勢の里に連敗。稀勢の里戦では敗れたときに靱帯を怪我してしまい、休場の危機になりつつも出場するも豪栄道戦に敗れて3連敗してしまう。それでも、千秋楽は鶴竜に本割で勝って優勝決定戦に進出。鶴竜との優勝決定戦では敗れて優勝を逃し、最終的に12勝3敗の成績で終わった。

大関陥落後[編集]

2017年7月場所から左膝の怪我の為2場所連続で負け越し大関を陥落する。復帰がかかる11月場所でも0勝5敗10休に終わる。2018年5月場所まで途中休場を繰り返し幕下まで陥落する。2019年1月場所まで全休し、翌3月場所に序二段から復帰。序二段・三段目をそれぞれ一場所で通過し、幕下も3場所で通過する。(11月場所幕下優勝)2020年1月場所に十両に復帰し、13勝2敗で十両優勝を果たす。3月場所も10勝を挙げ、新型コロナ禍による5月場所中止を挟み、7月場所は前頭17枚目で幕内復帰。幕内復帰場所で13勝を挙げ、30場所ぶりの幕内最高優勝を果たした。以後順調に番付を挙げ、11月場所に三役復帰[注釈 1]。2021年3月場所では東関脇の地位で3度目の幕内最高優勝を果たした。

大関再昇進[編集]

3月場所後、幕内復帰後の2度の優勝と直近3場所の成績が評価され、大関再昇進を果たした。大関陥落後の西序二段48枚目の地位は大関および三役経験者としては史上最低位となり、「陥落翌場所10勝特例」のない大関再昇進は魁傑に次いで2人目となった。

成績[編集]

  • 幕内最高優勝:3回(2015年5月、2020年7月、2021年3月各場所)
  • 十両優勝:2回(2013年9月、2020年1月各場所)
  • 幕下優勝:1回(2019年11月場所)
  • 三賞: / 敢闘賞:3回(2015年1月場所、3月場所、5月場所) / 殊勲賞:3回(2015年3月、2020年7月、2021年3月各場所)/技能賞2回(2020年7月、2021年1月各場所)
年数 一月場所 三月場所 五月場所 七月場所 九月場所 十一月場所
2011年 前相撲 東 序ノ口 #3
5勝2敗
西 序二段 #59
6勝1敗
東 三段目 #93
7勝0敗
2012年 東 幕下 #58
5勝2敗
西 幕下 #39
5勝2敗
西 幕下 #27
5勝2敗
東 幕下 #15
3勝4敗
西 幕下 #21
2勝5敗
西 幕下 #37
4勝3敗
2013年 西 幕下 #31
5勝2敗
西 幕下 #20
5勝2敗
西 幕下 #10
6勝1敗
東 幕下 #4
6勝1敗
西 十両 #11
12勝3敗(十両優勝)
東 十両 #3
8勝7敗
2014年 西 十両 #1
12勝3敗
西 前頭 #10
8勝7敗
東 前頭 #9
9勝6敗
東 前頭 #6
9勝6敗
東 前頭 #1
6勝9敗
西 前頭 #3
8勝7敗
2015年 東 前頭 #2
8勝7敗
敢闘賞
東 関脇
13勝2敗
敢闘賞、殊勲賞
東 関脇
12勝2敗
敢闘賞
西 大関 #2
11勝4敗
東 大関 #1
12勝3敗(優勝決定戦進出)
東 大関 #1
9勝6敗
2016年 西 大関 #1
3勝3敗9休
西 大関 #2
8勝7敗
西 大関 #2
2勝13敗
西 大関 #2
8勝7敗
西 大関 #1
4勝11敗
西 大関 #2
8勝7敗
2017年 東 大関 #2
4勝11敗
西 大関 #1
13勝2敗
東 大関 #1
12勝3敗
東 大関 #1
1勝5敗9休
東 大関 #2
1勝5敗9休
東 関脇 #2
0勝5敗10休
2018年 東 前頭 #10
0勝8敗7休
西 十両 #5
6勝9敗
西 十両 #8
0勝9敗6休
東 幕下 #6
0勝0敗7休
東 幕下 #47
0勝0敗7休
西 三段目 #27
0勝0敗7休
2019年 西 三段目 #88
0勝0敗7休
西 序二段 #48
7勝0敗
東 三段目 #49
6勝1敗
東 幕下 #59
6勝1敗
東 幕下 #27
6勝1敗
西 幕下 #10
7勝0敗
優勝
2020年 西十両#13
13勝2敗
優勝
東 十両 #3
10勝5敗

脚注[編集]

注釈
  1. この時、初の小結を経験。
出典

外部リンク[編集]