ジブチ共和国

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国旗

ジブチ共和国(ジブチきょうわこく、République de Djibouti)とは、東アフリカに位置する国で、紅海の入口にあるアデン湾の西岸に臨む国家のことである。政体共和制。国土面積は2万3000平方キロ(日本四国の約1.3倍)。人口2011年の時点で75万7000人。人口密度は32.6人/㎢。首都ジブチ市。国名の由来は諸説があり定かではない。有力説ではイッサ語の「dji et bout(ダウ船の停泊地を意味する)」のアラビア語訛りとする説である。

概要[編集]

歴史[編集]

19世紀後半にフランスがこの地に進出し、1884年に同地一帯を支配下に置いた。1897年にフランス領ソマリ海岸を形成する。1947年フランス海外県に昇格した。

この国の位置は「アフリカの角」の一部をなしており、戦略上重要な位置を占めていたことから、1917年アディスアベバ間に鉄道が開通し、これによりエチオピアの海への出口ともなった。

1967年住民投票が行なわれて、フランス領として残留することが決定され、国名はアファル・イッサと改称される。ところが民族自決運動が次第に高まりだし、1977年6月27日に独立した。同年9月20日国連に加盟する。

独立後はソマリ系イッサ人と、エチオピア系アファル人の対立が発生することになる。これに対して同国政府は、脱民族政策を採用して綱渡り的な均衡を保つという統治を行なったが、対立は潜在的にくすぶり続けた。そして、1991年に少数派のアファル族の不満が爆発して反政府組織・統一民主回復戦線FRUD)がゲリラ活動を開始する。1992年に複数政党制に基づく選挙を実施したが、イッサ系与党進歩人民連合RPP)が全議席を獲得した。2001年、政府と統一民主回復戦線(FRUD)の間で全面的な和平が成立した。

2011年6月、隣国のソマリア沖の海上で多発している海賊問題で、海賊対策の強化を目的とした日本海上自衛隊基地を建設した。これは国外に建設される日本初の、また史上初のアフリカ大陸の日本基地でもある。

地理について[編集]

国土の大半は砂漠か半砂漠で、世界で最も暑い国と言われ「世界の竈」の異名をとる酷暑の地である。年間を通じて高温が続き、の日中は50度を超える日々も少なくない。国一帯が世界屈指の暑熱地帯で、年間平均気温は日本の東京の倍近い。特に夏になると北部の砂漠から吹き込む「ハムシン」と呼ばれる熱風が猛威を振るい、日中の気温は体温あたりの36度を常時上回り、日蔭でも50度に達することがあり、日なたでは63度から65度前後まで上昇するという殺人的な暑さを誇る。日なたに置かれた自動車のドアハンドルを素手でつかむと火傷するとまで言われており、この国ではドアハンドルを握る際にはハンカチを当てたうえで素早く開けないといけないとまで言われている。

首都・ジブチ市の年平均気温は29.8度で、最高気温が7月の36.1度、最低気温は1月の25.2度であり、年間降水量は259ミリである。

経済について[編集]

この国は資源が乏しく、国家財政はジブチ港の港湾施設とフランス駐留軍による援助に依存しているのが現状。そのため、中継貿易港と金融誘致に力を入れており、いわゆる「紅海の香港化」を目指している。

宗教[編集]

住民[編集]

言語[編集]

通貨単位[編集]

国内総生産[編集]

  • 1人当たり国内総生産は1383米ドル(2010年

外部リンク[編集]

(日本語)

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