スロバキア

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スロバキア(Slovenska)とは、ヨーロッパ東部(東欧)に位置し、全土的に山岳地帯が多い内陸国である。首都ブラチスラバ。国土面積は4.9万平方キロ(九州の約1.3倍)。政体は共和政で、正式な国名はスロバキア共和国(スロバキアきょうわこく、The Slovak Republic)。人口2011年の時点で547万7000人。人口密度は111.7人/平方キロ。スロバキアの由来は6世紀に定住した西スラブ系スロバク人の名に由来し、語義は「スラブ民族の地」を意味する。スラブとは元来、言葉を意味する。

概要[編集]

歴史[編集]

この国は南西部のドナウ川流域と東部のハンガリー平原の一角に平原が開け、中央には高峰タトラ山脈が走っている。

歴史的には、9世紀大モラビア帝国の一部となるが、906年以降はハンガリーの支配下に入る。1699年オーストリアハプスブルク家によって支配下に置かれ、1918年チェコと統合してチェコスロバキアとして独立する。しかしナチス・ドイツアドルフ・ヒトラーの台頭により、同国はナチス保護国とされる。戦後1948年ソ連の影響下に置かれて社会主義体制が確立し、1960年チェコスロバキア社会主義講和国と改称される。1989年冷戦終結の余波とビロード革命によりチェコスロバキア共産党による一党独裁体制が事実上崩壊し、1990年にスロバキアの対等な主権を要求して国名をチェコ・スロバキア連邦共和国と改称したが、民族文化や経済政策の相違などから1993年1月1日にチェコとの連邦を解消して単独国家・スロバキア共和国として独立した。

1994年に独立後に初となる総選挙を実施したのを皮切りに、2000年経済協力開発機構OECD)に、2004年4月北大西洋条約機構NATO)に、同年5月欧州連合EU)に加盟している。2009年1月にはEU単一通貨ユーロを導入した。

経済[編集]

伝統的な農業国であるが、世界7位のマグネシウム鉱山や鉄鉱などの鉱物資源に恵まれており、そのため自動車鉄鋼機械などの重工業もかなり盛んになっている。

気候[編集]

は暑く、冬は寒い大陸性で、東進するにつれてその傾向が強まる。首都・ブラチスラバの1年の平均気温は9.8度。最高気温は7月の20.4度。最低気温は1月のマイナス1.9度で、年間降水量は611ミリである。

言語[編集]

民族[編集]

宗教[編集]

風習[編集]

民族的にはチェコ人と近親関係にあるが、ハンガリー文化が浸透しているため、ゲルマン文化への帰属意識が強いチェコ人に対する被支配意識が強く、最終的にこれが国家分裂の原因となった。

東欧や北欧に見られるのだが、スロバキアには「名前の日」(メニニ)と呼ばれる慣習がある。これはキリスト教でいう聖人の日の名残といわれ、例えば4月1日はヒューゴ、12月31日はシルベスター(1月1日12月25日などは例外で名前はなし)というように、あらかじめ決められた名前が記され、その名前の人を盛大に祝福するという慣わしである。つまり誕生日と自分と同じ名前の日を2度祝われるというわけである。

日本で有名な「おお牧場は緑」はスロバキア民謡と言われている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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