桜島
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桜島(さくらじま)は鹿児島県鹿児島市にある活火山。周辺は半島となっている。
概要[編集]
鹿児島湾(錦江湾)のシンボルであり、鹿児島県の放送局が毎日「桜島周辺の風向予報」を報道するほど、錦江湾周辺の住民の日常生活と密接に関わる火山である。
歴史[編集]
かつては鹿児島湾内の大隅国北大隅郡所属の独立島であったが、1914年(大正3年)の大正大噴火の際に噴出した溶岩流が港湾部に到達、そのまま冷え固まって大隅半島と繋がり地続きの半島となった。
1897年に所属郡が鹿児島郡となり、1950年に東桜島村が、2004年に桜島町が鹿児島市に合併編入され島内全域が鹿児島市である。
交通[編集]
- 船舶
- 鹿児島本港より桜島港まで鹿児島市船舶局の車両渡船が運行されている。2022年現在200円。
- 路線バス
- 島内に鹿児島市交通局(旧・桜島町営バス)のバス路線がある。南側には垂水方面との三州自動車のバス路線もある。
かつて営業していた宿泊施設[編集]
主な噴火史[編集]
764年(天平宝字8年) | - | 旧暦12月に島の東岸で噴火。スコリア丘の鍋山を形成し、長崎鼻溶岩流を噴出。『続日本紀』によれば、民家56戸が埋没し、80余人が死亡したという[1][2]。 | |
1471年 (文明3年)~ 1476年(文明8年) | - | 文明大噴火。9月12日および1476年9月12日の2回にわたって大噴火を起こし、溶岩流出、死者多数[3][4]。 | |
1779年(安永8年) | - | 10月1日、安永大噴火。多量の溶岩を流出し、翌年には海底噴火も発生。長崎や江戸でも降灰があり、死者153名[3][4][5][6][7]。 | |
1781年(安永10年) | - | 安永10年3月18日、海中噴火による津波で死者・行方不明者15名[4][7]。 | |
1914年(大正3年) | - | 1月12日、大正大噴火[7]。噴出量20億km³[6]。溶岩流は海まで達し、地震・噴火被害は死者58名、負傷者112名、全焼家屋約2,140戸、全半壊315棟。 噴出した火山灰・軽石・溶岩の総量は2立方キロメートルと見積もられており、雲仙岳噴火(1991年)の約10倍、富士山の貞観大噴火(864年)と宝永大噴火(1707年)を合わせた量に匹敵。 | |
1946年(昭和21年) | - | 昭和大噴火。1月30日以降、5月末まで活動継続。多量の溶岩を流出し山林焼失、死者1名[4][11]。 | |
1955年(昭和30年) | - | 昭和30年10月13日から17日までに8回の爆発・噴火、死者1名・負傷者7名または9名の人的被害および農作物被害。これ以降2001年現在に至るまで断続的に爆発が続く[12][3][4]。 | |
1964年(昭和39年) | - | 2月3日、爆発。噴石により下山途中の高校生が被災し重軽傷7名[12]。 | |
1973年(昭和48年) | - | 昭和48年6月1日、爆発。最大でこぶし大の噴石により車100台に被害、負傷者1名[12]。 | |
1974年(昭和49年) | - | 6月17日と8月9日の合計で死者8名[3]。 | |
1978年(昭和53年) | - | 7月29日から8月1日にかけて爆発、火山礫による負傷者3名、自動車・家屋窓ガラス破損、錦江湾対岸の鹿児島市吉野町で停電家屋2,500戸の被害が発生[4][12]。 | |
1985年(昭和60年) | - | 昭和60年7月21日、降灰による踏切遮断機誤作動により普通列車と乗用車が衝突事故、負傷者1名[12]。 | |
1986年(昭和61年) | - | 昭和61年11月23日、直径2m、約5tの噴石がホテルを直撃、重軽傷6名。付近の飼料乾燥室全焼[12][7]。 |
脚注[編集]
- ↑ 薩摩
- ↑ 小林哲夫. “桜島火山の噴火史”. 鹿児島大学. 2015年5月5日確認。
- ↑ a b c d e “桜島 有史以降の火山活動”. 気象庁. 2015年5月1日確認。
- ↑ a b c d e f g “火山防災エキスパート派遣に係る参考資料(PDF)”. 内閣府 (2001年8月24日). 2015年4月30日確認。pp.5.
- ↑ 早川由紀夫. “噴火に備える(長期予知)Long-term prediction(PDF)”. 群馬大学. 2015年5月2日確認。
- ↑ a b “エピローグ 御嶽山の教訓 噴火の歴史を生かす”. 日本経済新聞社. 2016年1月22日確認。
- ↑ a b c d e “主な火山災害年表(PDF)”. 気象庁. 2015年5月2日確認。
- ↑ “北海道・千島列島での火山観測におけるInSAR活用の可能性(PDF)”. 北海道大学 (2006年3月). 2016年1月23日確認。
- ↑ “大正3年の桜島噴火”. 四国災害アーカイブス (1914年1月13日). 2016年1月27日確認。
- ↑ “普賢さんとわたしたち【教師用資料】(PDF)”. 国土交通省 (2001年3月). 2015年5月1日確認。
- ↑ “御嶽山噴火 その時”. 東京新聞 (2014年10月27日). 2015年4月30日確認。 および2014年10月27日 朝刊18-19面。
- ↑ a b c d e f “桜島100年の主なできごと”. 南日本新聞社. 2015年4月30日確認。