あかぎ (列車)
あかぎとは、日本国有鉄道および東日本旅客鉄道(JR東日本)が運行する列車である。名称は群馬県の赤城山から。なお、本項目では「スワローあかぎ」を始め、その他派生列車や類似列車に関しても記述する。
前史[編集]
1950年に快速列車として登場[注 1]したのが始まりである。10年後の1960年には不定期準急となり、1966年に急行列車となった。当時の車両は国鉄80系電車で、ヨンサントオダイヤ改正より国鉄165系電車となった。基本的に上野駅から両毛線を経由して小山駅・桐生駅・前橋駅などを結んでおり、草津・ゆけむりといった他の急行列車と併結する多層建て列車として運行されていた。
特急列車へ[編集]
転機となったのは昭和57年11月15日日本国有鉄道ダイヤ改正である。185系200番台を使用した特急列車に格上げされた。本数は下り2本・上り1本で、エル特急谷川・白根と併結していた。3年後の昭和60年3月14日日本国有鉄道ダイヤ改正で急行「はるな」[注 2]も吸収し、名称も「新特急あかぎ」となってエル特急に指定された。
一方で1989年3月のJR東日本ダイヤ改正では長年運行された桐生直通[注 3]が廃止され、全列車前橋打ち切りとなった[注 4]。これ以降、愛称の由来である赤城山の麓から徐々に後退することになる。
JR化後[編集]
民営化直後は後述の派生列車が増えた一方で、1997年10月のJR東日本ダイヤ改正でエル特急指定が解除され、2002年12月のJR東日本ダイヤ改正により新特急呼称がなくなるなどもしている。
2014年から2016年にかけて651系が投入され、「スワローサービス」も導入されるなどイメージを一新した。
一方で運行区間は縮小の一途をたどり、2021年3月のJR東日本ダイヤ改正からは全列車高崎線内完結となった。そして、2023年3月のJR東日本ダイヤ改正でE257系2500・5500番台に置き換えられ、列車名も再び「あかぎ」に統一された。なお、これと同時に自由席・グリーン席が消滅し、平日運転の下り1号は史上最短となる鴻巣終着となった。
さらに2025年3月改正で土休日の運行が廃止される予定のほか、群馬県内へ乗り入れる列車は1往復のみとなりより通勤特急としての色合いが濃くなる。
派生・類似列車[編集]
新特急ウィークエンドあかぎ/ウィークエンドあかぎ[編集]
1994年に「新特急あかぎ21・22号」の改称で登場。その名の通り休日を中心に運転されていた。1997年に新宿駅発着も設定された。2002年に「新特急」が外され、「ウィークエンドあかぎ」となり、8年後の2010年に運転取りやめとなった。
新特急さわやかあかぎ[編集]
「新特急ウィークエンドあかぎ」の平日バージョン。1997年に登場し、5年後の2002年に「あかぎ」へ吸収された。
ホームライナー鴻巣[編集]
1988年に189系を使用したホームライナー鴻巣の運行が開始。下りのみの運行で、全列車鴻巣駅止まりであった。使用車両は189系を始め、183系・185系・485系など様々であった。なかでも、急行能登の間合い運用で使われていたJR西日本所属の489系は鉄道ファンの注目を集めた。2014年に「スワローあかぎ」に格上げされ廃止となった。
新特急ホームタウン高崎[編集]
1993年12月のJR東日本ダイヤ改正から「ホームライナー鴻巣」のパワーアップ版として登場した。平日夕方の下りに運転されていたが、2002年に「あかぎ」に統合された。
スワローあかぎ[編集]
2014年3月のJR東日本ダイヤ改正にて「ホームライナー鴻巣」の格上げと平日運転の「あかぎ」を編入し、オレンジ帯を追加された651系1000番台によって運行を開始した。平日の朝夕に運行されていて、着席率を高めるため、「スワローサービス」の取り組みを開始し、全車指定席である。
2015年には改良版である「座席未指定券」のシステムを投入。東海道線のグリーン車で先んじて採用された「事前料金」「車内料金」の制度が始まったのもここからである。そんな「スワローあかぎ」であるが、2023年3月にE257系が投入されると同時に列車名が元の「あかぎ」に戻されてしまった。やはりスワローあかぎ=651系というイメージが定着していることや、「ひたち」・「かいじ」・「踊り子」などに同様のサービスが導入されたことで「スワロー」の名が陳腐化してきたことがあると思われる。
注釈[編集]
関連項目[編集]