顕宗天皇
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顕宗天皇(けんぞうてんのう 450年(允恭天皇39年) - 456年(顕宗天皇3年4月25日))は第23代天皇[1]。
概要[編集]
履中天皇長子である市辺押磐皇子の子で仁賢天皇の弟[1]。清寧天皇に実子が無かったため皇位を継承することになった。父の市辺押磐皇子が雄略天皇に殺害された際に、兄の億計王[読 1]とともに難を逃れ播磨国明石にて身を隠していた。清寧天皇2年に播磨国司伊予来目部小盾[読 2]が明石に新嘗祭の供物を供えに来た際に、億計王と弘計王[読 3]は出自を明らかにした[2]。
清寧天皇は二人を自らの後継者にしたいとの意向を示した。清寧天皇がまもなく崩御すると兄で有り皇太子となっていた億計王と弟の皇子の弘計王は互いに皇位を譲り合って、皇位がなかなか定まらなかった。しかし、最終的には弟の弘計王が皇位継承を承諾し顕宗天皇として即位した。顕宗天皇は父の敵である雄略天皇の陵墓を破壊しようとしたが、兄であり皇太子である億計王にたしなめられ陵墓破壊を思いとどまった[2]。
内政外交の記録がほとんど無く、天下泰平で豊作の年が続き儒教的な仁政を行ったとされるが、実在性には疑問がある[1]。
脚注[編集]
読み方[編集]
注釈[編集]
出典等[編集]
参考・引用等[編集]
- 尾崎克之 栗原加奈夫 岡林秀明 常井宏平 『完全保存版 天皇125代』2128、宝島社〈別冊宝島〉、2014年2月23日、1st。ISBN 978-4-8002-2156-8。
- 笠原秀彦 『歴代天皇総覧 皇位はどう継承されたか』1617、中央公論社〈中公新書〉、2013年5月10日、27th。ISBN 4-12-101617-3。
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