営団地下鉄東西線列車横転事故

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営団地下鉄東西線列車横転事故とは、1978年(昭和53年)2月28日午後9時34分頃、営団地下鉄(現・東京メトロ)東西線荒川中川橋梁にて発生した事故である。

概要[編集]

この事故は南砂町駅 - 葛西駅間に架かる荒川中川橋梁(当時は西葛西駅は開業していなかった)に差し掛かった快速中野行列車が1973年の春一番によって発生した竜巻に襲われ、西船橋側から数えて8・9・10両目が脱線。9・10号車については線路にブレーキなどの機器を残して横転した。

被害[編集]

この事故で負傷者は23人。中には物に挟まれて動けない人や、横転で「川に落ちるのでは」という恐怖に襲われた人もいたという。車両に関しては、『橋梁』という重機が全く入れない現場での事故の為、自走不可の9・10号車は現地で少しずつ解体された。

原因[編集]

原因の殆どは前述した竜巻や車両の重量(横転した10号車は重量が27.5tであり、当時としては軽量化が進んでいた)とされているが、実は営団地下鉄の判断ミスも事故の一因とされている。そもそも、当時の営団は「強風のリスクもあるかもしれない」と橋梁をはじめとする地上部に風速計を設置して万が一の時には速度制限をかけていた。風速15m/s以上でブザーが鳴動して徐行運転、風速20m/sで一時出発見合わせ、風速25m/sを超えると無条件で運休になる仕組みであった。しかし、当時の風速は少なくとも15m/sは超えており、運転司令からの指示も無かった為当該列車は橋梁を85km/hで進入。司令所のブザー鳴動は無かったのは『局地的な強風の発生による共鳴現象』と推測されている。共鳴現象とは、『通常はいくら軽量化した列車であっても横転しないが、列車の橋梁を渡る事による揺れ(振り幅)と強風が共鳴して列車を横転させた』という意味で、強風による列車横転事故はこの共鳴現象によって起こるケースが大半だという。

同じ原因により発生した事故の例[編集]

  1. 余部鉄橋列車転落事故 - 1986年(昭和61年)12月28日午後1時26分頃発生
  2. 羽越本線特急いなほ脱線事故 - 2005年平成17年)12月25日 19時14分頃発生

関連項目[編集]

鉄道での事件・事故
国内新今宮駅突き落とし事件 - 近鉄大阪線河内国分駅ホーム転落事故 - 甘木鉄道列車脱線事故 - 地下鉄サリン事件
東海道新幹線焼身自殺事件 - 相鉄本線天王町踏切事故 - 京急本線八丁畷駅前踏切人身事故 - 京浜東北線蕨駅ホーム転落事故
山陽本線作業員触車事故 - 営団地下鉄東西線列車横転事故 - JR福知山線脱線事故 - しなの鉄道線踏切衝突事故
流鉄流山線踏切事故 - 常磐線羽鳥駅列車衝突脱線事故 - 東海道本線踏切衝突脱線事故 - 銀座線青山一丁目駅ホーム転落事故
琵琶湖線架線断線事故 - 京急神奈川新町駅脱線事故 - 北陸トンネル火災事故 - 余部鉄橋列車転落事故 - 信楽高原鐵道列車衝突事故 - 筑豊電気鉄道踏切事故 - 水戸線小山駅構内車両故障事故 - 京王線排障器破損事故 - 鹿児島本線における列車と自動車との衝突事故 - 肥薩線特急「かわせみ やませみ」踏切障害事故 - 長崎本線における踏切ワイヤー破断事故 - 小田急線列車内無差別殺人未遂事件
海外大邱地下鉄放火事件 - ルーヴェン列車脱線事故 - 上海列車事故 - 台湾北東部特急列車脱線事故 - 北廻線太魯閣号脱線事故
ケイシーアムトラック衝突事故 - マドリード列車爆破テロ事件
関連項目鉄道事故の一覧 - 鉄道事件の一覧