キリスト教

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キリスト教の教祖ナザレのイエス

キリスト教(キリストきょう)は、ナザレのイエスを救世主とする宗教。

概要[編集]

現在、広いくくりでみたキリスト教の信者の数は世界で一番多い。

宗派[編集]

西方教会[編集]

東方教会[編集]

歴史[編集]

前史[編集]

マカバイ戦争を経て自らの独立国家バビロン捕囚以来数百年ぶりに手に入れたユダヤ人であったが、教義の違いなどを巡りパリサイ派サドカイ派、及びエッセネ派の3派に分裂してしまう。一方でこのような争いの結果ユダヤ教が民衆の心から徐々に離れて行き、そのことを批判する洗礼者ヨハネのような人物も現れる事になった。

原始教団の成立[編集]

そんな中ガラリア地方にイエス・キリストが現れる。彼は従来のユダヤ教を批判しつつ自らの教えを民衆に説いて行く[1]。彼はその影響を恐れたユダヤ人聖職者らにより有罪を宣告され、十字架に架けられ殺害される事になるが、彼の教えはやがて弟子たちによって広められて行く事になる。

ユダヤ教との分離[編集]

当初はあくまでユダヤ教の一派として出発したキリスト教であったが、教義の違いなどを巡り次第に対立して行く事になる。また当初からの(つまりユダヤ系の)信者が弾圧を受けて殉教するなどの結果、次第にユダヤ色が薄れて行く事になる。やがてエルサレム神殿の破壊以降ユダヤ教の主流派となったパリサイ派がキリスト教の聖典である七十人訳聖書を外典と認定した結果、キリスト教はユダヤ教と完全に袂をわかつ事になった。

拡大と弾圧[編集]

その後聖パウロなどの布教の結果、信者数は次第に増大し、3世紀末には当時のローマ帝国の人口の約4割がキリスト教徒だったとも言われ、教えは周辺のアルメニア王国ペルシャ帝国などにも広がって行く事になる。しかしその勢力を恐れたローマ皇帝による弾圧は地域的な物も含めて増加して行き、またその結果による異端の出現などが問題になって行く。

弾圧の終焉[編集]

他国に比べキリスト教徒の人口に占める割合が特に多かったアルメニア王国では国王ティリダテス3世が弾圧しようと試みるも、最終的に301年聖グレゴリウスの働きによってキリスト教が公認され、世界で初めてのキリスト教国家が誕生する。その後ローマ帝国では303年に皇帝ディオクレティアヌスがかつて無い規模の弾圧に乗り出すも、信者数は一向に減らず、遂に後継者のガレリウス311年、寛容令を布告し、2年後にはミラノ勅令が出されローマ帝国におけるキリスト教弾圧が終焉を迎える。

宗教改革[編集]

宗教改革が起きたことで16世紀にカトリック教会から独立した宗派プロテスタントが派生。この宗教改革は、フランスやイギリスなどのヨーロッパにおいて政教分離という考え方が広まるきっかけとなった。

カトリック教会[編集]

現在にいたるまでカトリック教会において、司祭の結婚は認められていない。司祭による性事件が勃発するなどしていることもあって、この制度の批判がある。また、避妊、妊娠中絶、同性愛、離婚を認めていないことも批判の対象になっている。

日本とキリスト教[編集]

江戸時代[編集]

鎖国制度によって、司教は日本にこなくなる。島原の乱をキリスト教徒による反乱だと決めつけた江戸幕府によってキリスト教は禁止。キリスト教徒に対する迫害が行われ、一部が隠れて信仰していたほかはキリスト教徒がいなくなってしまう。

明治維新[編集]

明治維新によってキリスト教徒を名乗り出た信徒が出ても、当初は従来と同じようにキリスト教徒を弾圧。しかし、ヨーロッパ諸国からの強い抗議を受けたことで方針を転換して、キリスト教を認めることとなった。

第二次世界大戦[編集]

1930年代に入ると、思想統制によってキリスト教が弾圧される。一応、日本基督教団なる組織はあったものの、監視の目はひどかった。

第二次世界大戦後[編集]

第二次世界大戦が終わると、思想の自由が認められる。これによって、様々なキリスト教の団体が生まれて普及していく。

現在、日本のキリスト教徒は120万人程度と推定されているが、この数字にはキリスト教系のカルト集団の信者がどの程度含まれているか不明である。また、どの教派をカルトと見なすかに付いても見解は別れる。教派によって信徒数の数え方はまちまちである。ほぼ毎週礼拝に出席している教会員だけを信徒としてカウントしている教会。教会に来なくなってしまった消息不明の教会員も信徒としてカウントしている教会。礼拝に一度でも出席した者は信徒としてカウントしてしまう教会。引っ越して遠い町の教会に行っている者が、双方の教会から二重にカウントされている場合。70年前に洗礼を受けた消息不明の者を信徒としてカウントしている教会などもあるからである。

関連項目[編集]

  • この時点でイエス自身が新しい宗教を創始しようとしていた訳では無い事に注意。