金正日

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金正日(キム・ジョンイル、韓:김정일、英:Kim Jong-il 、1941年2月16日 - 2011年12月17日)は朝鮮民主主義人民共和国の元最高指導者である。元朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長であり、金日成の長男である。生前は「将軍様」「北の将軍様」と言われていた。後継者は三男の金正恩である。

金正日
各種表記
ハングル김정일
漢字金正日
発音:キム・ジョンイル
日本語読み:きん せいにち
英語表記:Kim Jong-Il
Kim Jeong-Il

経歴[編集]

  • 1941年(昭和16年)2月16日、金日成金正淑との間に生まれる。出生地は諸説あり確定していない。一説にロシア・ハバロフスク近郊のビヤツコイ村[1]で生まれたとされる。
  • 1944年、3歳で母と死別。幼少時は「ユラ」という名前で呼ばれていた。有羅(ユラ、김유라)はロシア人名「ユーリイ」(スラヴ系の男性名)に由来する。
  • 1947年夏、平壌の金日成官邸で弟の金万一(金修羅)が溺死。
  • 1948年、平壌市内の南山幼稚園に入学したとされる。(1950年まで)[2]
  • 1950年、中国の吉林学院に入学。(1952年まで)
  • 1952年、万景台革命学院に入学。(1953年まで)
  • 1953年、サムソク人民学校入学。
  • 1954年9月、平壌第1中学校(少年団委員長)に入学。(1957年まで)
  • 1957年、南山高級中学校(民青副委員長)入学。
  • 1958年6月27日、学校民青総会を招集し、政治闘争を行う[3]
  • 1960年9月1日、金日成総合大学経済学部政治経済学科に入学。
  • 1964年3月、金日成総合大学経済学部政治経済学科卒業。
  • 1964年、朝鮮労働党組織指導部指導員。
  • 1966年、護衛総局勤務。
  • 1967年、朝鮮労働党宣伝扇動部課長。
  • 1970年9月、朝鮮労働党宣伝部副部長。
  • 1972年10月、党第5期中央委員会第5回総会で中央委員に選出。
  • 1973年、組織指導部部長。9月、3大革命小組運動総責任者(第5期7回党中央委全員会議)。
  • 1974年2月、後継者として確定する。叔父の金英柱(キム・ヨンジュ、韓:김영주)を失脚させ、公式行事から排除した。これは金正日の異母弟金平一(キム・ピョンイル、韓:김평일)を推す義母金聖愛との間の権力闘争に勝利したことを意味する[4]。朝鮮労働党中央委員会政治委員(1974年から「親愛なる同志党中央」)
  • 1979年、金平一を駐在武官としてユーゴスラビア社会主義連邦共和国に赴任させ、権力から遠ざけた。
  • 1980年10月、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員、党中央委員会書記、党中央軍事委員会の委員に選出され、後継者としての権力基盤が確立した。パルチザン派の支持があったと言われる。10月、秘書局秘書、軍事委員会委員、政治局委員。政治局常務委員。
  • 1982年2月、最高人民会議第7期代議員。
  • 1986年11月、最高人民会議第8期代議員。
  • 1990年、国防委員会第1副委員長。
  • 1991年12月、朝鮮人民軍最高司令官となる。
  • 1993年4月9日、第9期最高人民会議第5回会議で国防委員会委員長となり軍の指揮権を得た。
  • 1994年7月8日、父の金日成が死去。
  • 1997年10月8日、朝鮮労働党中央委員会総書記となる。
  • 2001年、金日成と金日成主席の専属マッサージ師の女性との間に生まれた金賢(キム・ヒョン)が処刑されたと伝えられる[5]。ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談。
  • 2002年9月17日、日本の小泉純一郎総理大臣との日朝首脳会談で金正日は日本人13人を拉致したことを認めた。
  • 2007年10月2日から10月4日、大韓民国の盧武鉉大統領が北朝鮮・平壌を訪問し、金正日総書記と会談した。
  • 2009年4月9日、憲法を改正し、国家元首に就任。
  • 2010年9月28日、党代表者会で再び総書記となる。朝鮮労働党中央委員会委員。朝鮮労働党政治局常務委員。
  • 2009年3〜4月頃、金正恩(キム・ジョンウン)を国家安全保衛部長に任命し、後継者候補とした。
  • 2011年12月17日8時30分、熙川発電所現地指導を視察する途中の列車で急性心筋梗塞により死亡。71歳。一説に次女・金雪松宅の寝室で倒れたともいわれる。
  • 2012年2月、大元帥

人物[編集]

  • 洪一茜(ホン・イルチョン)は最初の妻で、1966年ごろ洪一茜と正式に結婚した。間に娘の金恵敬(キム・ヘギョン、長女)が生まれた。1971年頃離婚した[6]
  • 映画俳優だった成恵琳(ソン・ヘリム)は二番目の妻だが正式の結婚とは認められなかった。1969年から同棲していたという。長男の金正男が生まれる。
  • 金英淑(キム・ヨンスク、三番目の妻。正妻で1973年に結婚式を挙げる。間に金雪松(キムソルソン、次女)、金春松(キムチュンソン、三女)が生まれる[7]
  • 高英姫(コ・ヨンヒ)は、四番目の妻だが、正妻にはなっていない。間に金正哲(キム・ジョンチョル、次男)、金正恩(キム・ジョンウン、三男)、金与正(キム・ヨジョン、四女)が生まれる[8]
  • 金玉(キム・オク)は五番目の妻。間に娘が生まれたとされる。
  • 飛行機に乗るのを嫌がった。中国やロシアには列車で移動した。列車は最高時速60km/hで走らせる[9]
  • 日常は12時ころ起床し、16時から24時まで公務を行い、翌日3時から4時頃に就寝する生活パターンとされる。

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