姜錫崇
ナビゲーションに移動
検索に移動
姜 錫崇(カン・ソクスン、MR式・1992年式:Kang-Sŏk-Sung/2000年式:Gang-Seok-Sung、1932年9月18日 - 2001年5月11日)は、朝鮮民主主義人民共和国の政治家。
姜錫崇 | |
---|---|
各種表記 | |
ハングル: | 강석숭 |
漢字: | 姜錫崇 |
発音: | カン・ソクスン |
日本語読み: | きょう せきしゅう |
ローマ字: | Kang Sok-Sung |
概要[編集]
朝鮮民主主義人民共和国の最高峰大学・金日成総合大学出身で、在校中はモスクワ大学への留学経験もある。それによってか、存命中はチョソン労働党の要職をしていた。弟に元同国外務省第一外務次官であった、姜錫柱同志がいる。姜錫柱同志は7歳下で、2016年に亡くなっている。
略歴[編集]
- 1932年5月11日 - 日本統治下のチョソン平安南道平原郡にて生誕
- 1950年代
- 1957年10月 - 朝鮮労働党中央委員会副部長
- 1961年
- 1月 - 内務省政治局長
- 8月 - 朝鮮労働党中央検閲委員会委員
- 9月 - 朝鮮労働党中央委員会検閲委員会委員
- 1962年2月 - 平安南道人民委員会内務局長
- 1963年8月 - 朝鮮労働党中央委員会副部長
- 1968年10月 - 松濤政治経済大学学長
- 1969年7月 - 朝鮮労働党慈江道委員会責任秘書
- 1971年6月 - 金日成高級党学校校長
- 1972年12月 - 最高人民会議第5期代議員
- 1974年8月 - 朝中親善協会常務委員会委員
- 1975年7月 - 朝鮮労働党党歴史研究所所長
- 1980年10月 - 朝鮮労働党中央委員会候補委員
- 1982年
- 2月 - 最高人民会議第7期代議員
- 4月 - 金日成勲章叙勲
- 5月 - 朝鮮労働党中央委員会委員
- 1985年
- 1986年11月 - 最高人民会議第8期代議員
- 1990年
- 4月 - 最高人民会議第9期代議員
- 12月 - 朝鮮労働党代表団長として、タンザニア訪問
- 1994年
- 1995年
- 2月 - 呉振宇国家葬儀委員会委員
- 3月 - 金星政治大学学長
- 1996年
- 朝鮮労働党党歴史研究所所長
- 10月 - 打倒帝国主義同盟結成大会中央報告会参席
- 1997年
- 1998年
- 8月 - 反日労働組合結成70周年記念中央報告大会参席
- 9月 - 最高人民会議第10期代議員
- 10月 - 偉大な領導者金正日同志の祥原セメント連合企業所現地指導に基づく史跡碑除幕式参席
- 12月 - 偉大な領導者金正日同志の金策工業総合大学現地指導に基づく史跡碑除幕式参席
- 1999年
- 2000年
- 2001年
死後[編集]
- 2009年3月
- 国旗勲章1級叙勲
- 金星メダル叙勲
- 朝鮮民主主義人民共和国英雄称号授与