小林亜星

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小林 亜星(こばやし あせい、昭和7年(1932年8月11日 - 令和3年(2021年5月30日)は、日本作曲家作詞家俳優タレント。妹はイラストレーターの川村みづえ、次男は元俳優の小林朝夫。従兄弟違い(母塩子の兄の孫)に経済学者の有賀敏之

プロフィール[編集]

概要[編集]

旧制慶應義塾普通部から慶應義塾高等学校慶應義塾大学医学部を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。なお、医学部から経済学部には自ら転部したものである。

服部正に師事して作曲を学び、服飾メーカーのCMソングである「ワンサカ娘」が評判を呼んで売れっ子となる。テレビアニメ魔法使いサリーひみつのアッコちゃんなどの主題歌を手掛けたり、幼児番組で使用されたピンポンパン体操が大ヒットし、どこまでも行こうこの木なんの木など数千曲ともいわれるCMソングを作曲し、多くの人から親しまれた。昭和51年(1976年)に都はるみが歌った北の宿から日本レコード大賞を受賞。演歌にニューミュージックの作風を融合した曲調で、その後の歌謡曲に新しい流れを作っている。

なお、小林は体重が100キロを超えており、その体格を逆に買われて向田邦子脚本の寺内貫太郎一家の主人公・貫太郎役で俳優としても活動分野を広げたが、短気で頑固な親父ぶりが逆に人気を集めて、平均視聴率30パーセントを記録する話題作となる。俳優として他にも「冬の華」「まあだだよ」など多くの作品に出演した。タレントとしても活動したり、日本作曲家協議会会長を務めたりもしている。

晩年は平成26年(2014年)の「六花亭製菓」のCMソングである「花咲く六花亭」発表を最後に表立った仕事はほとんどせず、自宅で妻と暮らしながら作曲を行ったりしていたという。

令和3年(2021年)5月30日早朝、自宅で転倒した状態の小林を同居する妻が発見するが、この時点で既に反応が無かったとされる。妻は119番通報し、小林は都内の病院に緊急搬送されたが、心不全のため、東京都内の病院で死去した。88歳没。その死は6月14日に所属事務所によって明らかにされた。葬儀は近親者のみで行われた。

逸話[編集]

  • 小林の母親(築地小劇場の劇団員だったという)は102歳の長寿だったという。小林自身は「俺はそこまで長生きはしたくない」と語っていた。
  • 小林の主演ドラマとなった貫太郎は、当初はフランキー堺高木ブーに話が来ていたがいずれも多忙を理由に断られ、小林に話が来た。小林がこれを受けると、久世光彦に理髪店に連れていかれて丸刈りにされ、さらに法被を着た姿を見た向田が、「これが貫太郎よ」と納得したという。
  • 俳優の大滝秀治親戚に当たる。
  • 小林は近年の流行歌に対して「流行歌の世界が全くダメ。紅白歌合戦もみんな昔の歌を歌っている。おじいちゃんから孫まで知っている曲がない。似たような詞ばかり。流行歌は滅びたね。ポップスはいい曲はあるが、世の中、同じ曲ばかりで街で流れているのはない」と語っていた。また演歌に対しても「作曲家、作詞家がいけない。現代を直視して現代を表現していない。演歌はひどい。何とか船とか何とか道中とかまだ作っている。みんなが愛する曲を作るには、いろんな経験と音楽的成熟が必要だが、そういう人がいなくなった。昔は「演歌」という言葉じゃなかった。「流行歌」と言ったもの」と語っている。
  • 平成10年(1998年)に自身のCMソング「どこまでも行こう」とそっくりな曲を作ったとして、作曲家の服部克久に損害賠償を求めて法廷闘争を開始。4年後の2審判決で勝訴し、翌年に確定したが、仲間の音楽家を訴えたことについては先輩などから批判を受けたという。だが小林は知的財産権が重要視される時代に盗作を放置はできないという自らの信念をもとに訴えるという、作曲家やその権利について先見の明を見せる行動を起こした。

CMソング[編集]

アニメ・特撮ソング(オープニング&エンディング曲)[編集]

楽曲[編集]

作品[編集]

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

バラエティ[編集]

CM[編集]

著書[編集]

  • 『小林亜星のああせいこうせい』立風書房 1976
  • 『あざみ白書』サンケイ出版 1980 改題『軒行灯の女たち』光文社文庫
  • 『やさしい作曲のしかた 初心者のために』成美堂出版 1981
  • 『タマちゃんのクラリネット 初めてモーツァルトに出逢った夜』絵と文 フォルテミュージックエンタテインメント(発売)c1995 フォルテCD文庫 マルチ・アーチスト・シリーズ
  • 『亜星流! ちんどん商売ハンセイ記』朝日ソノラマ 1996

共著[編集]

  • 『小林亜星の夫婦でダイエット』小林早苗共著 河出映像センター 1988
  • 『世なおし直訴状』野坂昭如永六輔共著 文藝春秋 2001

脚注[編集]

  1. 村上ゆき南佳孝曽我部恵一鈴木雅之アルケミスト等のバージョンもある。

    詳細は「積水ハウス#テレビCM」を参照

  2. 現・第一三共胃腸薬。
  3. 興和「ウナコーワ(広告)」、『毎日新聞縮刷版』第284巻、毎日新聞社1973年9月、 769頁。