慶應義塾大学

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慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく、英:Keio University)は、安政5年(1858年)に創立された男女共学の総合大学である。略称は「慶大」。

沿革[編集]

  • 1858年安政5年)10月、藩命により江戸築地鉄砲洲の中津藩中屋敷内に福澤諭吉が蘭学塾を開く。
  • 1863年文久3年)、蘭学塾を英学塾に変更した。
  • 1867年慶応3年)、鉄砲洲から芝新銭座に移転。
  • 1868年(慶応4年、明治元年)、塾名を「慶應義塾」とする。
  • 1871年(明治4年)、島原藩の中屋敷があった三田に移転する。
  • 1875年(明治8年)、日本で最初の演説会場・三田演説館を開館する。
  • 1890年(明治23年)、修業年限3年の大学部を発足し、文学・理財・法律の3科を設置する。
  • 1898年(明治31年)、大学科(5年)、普通学科(5年)、幼稚舎(6年)の16年の一貫教育体系を発足させる。
  • 1903年(明治36年)、綱町運動場約4千坪で第1回早慶野球試合が行われた。
  • 1920年大正9年)、大学令による大学となる。文学・経済学・法学・医学の四学部から成る総合大学。
  • 1939年(昭和14年)、日吉に藤原工業大学開校(工学部の前身)。
  • 1944年(昭和19年)、藤原工業大学が寄付され、工学部となる。
  • 1949年(昭和24年)4月、新制大学となる。文学・経済学・法学・工学の4学部開設。
  • 1957年(昭和32年)4月、商学部増設。
  • 1990年平成2年)4月、湘南藤沢キャンパスに総合政策学部・環境情報学部を開設。
  • 2000年(平成12年)4月、新川崎タウンキャンパス開設。
  • 2001年(平成13年)4月、看護医療学部開設。
  • 2004年(平成16年)4月、法科大学院(大学院法務研究科)開設。
  • 2008年(平成20年)、学校法人共立薬科大学との合併により薬学部・大学院薬学研究科開設。
  • 2013年(平成25年)5月、慶應大阪シティキャンパス開設。
  • 2016年(平成28年)4月、殿町タウンキャンパス開設。

基本事項[編集]

  • 名称:慶應義塾大学
  • 創立者:福澤諭吉
  • 創立年:1858年(安政5年)
  • 所在地(本部):〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
  • 校章:ペン2つ、斜めに交叉
  • 教育理念:「独立自尊」「実学」「気品の泉源」「半学半教」「自我作古」「社中協力」
  • 学生数:学部 28,712名、大学院 博士前期 3,127名、博士後期 1,3764名、専門職大学院 414名。
  • 学部
    • 経済学部
    • 商学部
    • 文学部
    • 医学部
    • 理工学部
    • 総合政策学部
    • 環境情報学部
    • 看護医療学部
    • 薬学部
  • キャンパス
    • 三田キャンパス(〒108-8345 東京都港区三田2-15-45)。文学部(2~4年)、経済学部、法学部、商学部(3・4年)
    • 信濃町キャンパス(〒160-8582 東京都新宿区信濃町35)。医学部(2~6年)、看護医療学部(3年)
    • 矢上キャンパス(〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3-14-1)。理工学部(3・4年)
    • 日吉キャンパス(〒223-8521 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1)。文・医・薬学部(1年)、経済・法・商・理工学部(1・2年)
    • 芝共立キャンパス(〒105-8512 東京都港区芝公園1-5-30)。薬学部(2~4年/2~6年)
    • 新川崎タウンキャンパス(〒212-0032 神奈川県川崎市幸区新川崎7-1 )
    • 殿町タウンキャンパス(〒210-0821 神奈川県川崎市川崎区殿町3丁目25-10)
    • 鶴岡タウンキャンパス(〒997-0035 山形県鶴岡市馬場町14-1)
    • 浦和共立キャンパス(〒336-0977 埼玉県さいたま市緑区上野田600)
    • 慶應大阪シティキャンパス(〒530-0011 大阪市北区大深町3番1号)[1]
    • 慶應丸の内シティキャンパス(〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-5-2 三菱ビル10階)[2]

参考文献[編集]