開城市

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開城市(かいじょうし、ケソンし)とは、北朝鮮南部の直轄市である。朝鮮戦争における軍事停戦会議場が行なわれた板門店の北西8キロ、北緯38度線上近くに位置する。開城の名の由来は「開かれた土地」を意味する。

黄海北道 開城市
開城特級市
Kaesong-City area.png
開城市市街地
位置
Hwangbuk-Kaesong.png
各種表記
チョソングル개성시
漢字:開城市
日本語読み仮名:かいじょう-し
片仮名転写:ケソン-シ
ローマ字転写 (RR):Gaeseong-Si
ローマ字転写 (MR):Kaesŏng-Si
英語表記:Kaesong-City
統計(2008年
面積:179.26 km2
総人口:308,440 人
行政
国:朝鮮民主主義人民共和国
上位自治体:黄海北道
下位行政区画:27洞9里


概要[編集]

現在は黄海北道に属する市であるが、一時期は開城直轄市開城特級市として、直轄市(革命の首都・平壌と同等)や特級市(羅先市南浦市などと同等)に指定されていたこともあった。しかし、近年の朝鮮中央テレビをみていると、各道の人民委員会所在地と同じクラスで扱っているものの、直轄市や特級市と言った呼称はみられない。

また、昔は高麗の都で、松都(ソンド・송도)開京(ケギョン・개경)などと呼ばれていた。

地理[編集]

黄海北道の南部に位置し、北は金川郡、西は開豊郡、東は黄海北道長豊郡と、南は臨津江軍事境界線を挟んで大韓民国京畿道金浦市仁川広域市江華郡と、南東は同じく臨津江と軍事境界線を挟んで大韓民国京畿道坡州市と接している。

市の北部境界地域には阿虎飛嶺山脈の末端部や天摩山脈が走っており、市の南部は漢江礼成江の下流地域にあたり、盆地が広がっている。

北部は標高716メートルの水竜山・標高762メートルの天摩山・標高558メートルのファジャン山などが聳え立っている。地形は南西部側でますます低くなって市の西部と南部地域にまで至るとプンドク・サムソン・シングァン平野など広い平野が広がっており、北部郊外には標高489メートルの松岳山があり、その南東には標高178メートルの龍岫山、西南には標高310メートルの進鳳山、南には開城盆地が広がっており、負山帯水の地勢を形成している。

市の南部境界地域には漢江・臨津江・礼成江が合流しており、市内には臨津江の支流であるサチョン江とサマ川などが流れている。

基盤岩は始生代下部原生代下部古生代地層と中生代貫入岩の花崗岩があり、亜鉛石灰石蛍石カオリナイトなどが地下資源として埋まっている。土壌の大部分は赤褐色山林土であり、河川流域には沖積土塩類土が分布している。

気候は温暖かつ湿潤であり、年平均気温は平壌などと比べ比較的高い10.3度、1月平均気温はマイナス5.9度、8月平均気温は24.7度である。初霜は、10月中旬に、終霜は4月中旬になる。年平均降水量は1,300~1,400ミリメートルである。森林は、市域の55パーセントであり、その中で松林が80パーセントを占めている。松が多いことが、この街が松都と言われる所以である。

開城市の天然記念物指定物には朝鮮民主主義人民共和国天然記念物390号の開城百松と391号の板門白鶴生誕地がある。この一帯は、北方及び南方界の動物たちも混生しているところで、その種類も多い。哺乳類は30種、鳥類は250種余りを超える。キタタキと開城地域の鶴は天然記念物で保護されている。

歴史[編集]

都市そのものは高句麗の時代に建設されたとされ、古くは松岳と言われたという。918年高麗が建国されると高麗の創建者・王建は自らの出身地である当地に翌919年遷都して首都に定め、同時に大規模な改造を行なった。995年に現在の開城と都市名を定めた。

13世紀モンゴル帝国チンギス・ハーンが台頭し、朝鮮半島にもモンゴル軍が侵入すると、高麗政府はモンゴル軍を恐れて1232年に首都を江華島に遷し、そのため開城は事実上モンゴル軍に占領されて廃墟に近い有様になったという。高麗はフビライ・ハーンの時代にモンゴルに服属し、1270年に首都を開城に戻した。この江華島に逃亡した時期を除いて開城は朝鮮における政治的中心都市として繁栄した。

1392年に高麗が滅び、李氏朝鮮が建国された後もしばらくは首都として繁栄を遂げたが、1394年李成桂は首都をソウルに遷したため、当地は首都では無くなる。以後、李氏朝鮮の支配都市として当地は商業都市として繁栄し、当地出身の商人は「開城商人」と称され、「開城簿記」を考案するなど、朝鮮における一大商業都市として大いに栄えた。

1950年から開始された朝鮮戦争で当地は激戦地となり、市街の大半は崩壊してしまった。1953年の板門店協定成立で南北分断が固定化すると、開城を含む1市3郡は北朝鮮の領土として編入され、1958年に市に昇格した。

元々、歴史的に商業の町であったことから朝鮮半島でも随一の高麗人参の特産地であり、さらに分断後は繊維食品陶磁器などの工業化も推し進められて一大工業都市として繁栄している。2001年1月には経済特区に指定され、韓国企業が工業団地造成事業を開始している。

また、北朝鮮秘密工作員とされる金賢姫の誕生地としても知られている。

年表[編集]

  • 919年 - 高麗を開いた王建が都を移し、開城郡と松嶽郡を合わせて開州と称する。
  • 995年 - 開城府と称する。
  • 1232年 - モンゴルの侵攻を受け江華に遷都。
  • 1270年 - 開京(開城)に還都。
  • 1394年 - 朝鮮王朝を開いた李成桂により漢陽に遷都。
  • 1399年 - 定宗が都を開京に戻す。
  • 1405年 - 太宗が都を再び漢陽に戻す。
  • 1438年 - 開城府を設け、開城府留守の職を置いた。
  • 1895年 - 開城府の留守職を廃して新たに観察使を置き、13郡を管轄した(二十三府制)。
  • 1896年 - 京畿道に属し開城府尹が置かれた(十三道制)。
  • 1906年 - 開城郡となった。
  • 1914年 - 旧市街地は開城郡松都面となった。豊徳郡が開城郡に併合される。
  • 1930年12月 - 京畿道開城郡松都面および青郊面・中西面・嶺南面の各一部が合併し、開城府が発足。
  • 1945年8月15日 - 米軍管理下に置かれる。
  • 1949年8月15日 - 開城府が開城市に改称。
  • 1951年 - 朝鮮戦争において朝鮮民主主義人民共和国に占領される。
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、開城市に以下の洞・里が成立。(14洞3里)
    • 善竹洞・雲鶴里・東興洞・徳岩里・寿昌洞・西興洞・社稷洞・龍山洞・太平洞・冠訓洞・銅峴洞・南安洞・孫河里・高麗洞・満月洞・北安洞・子男洞
  • 1953年7月 - 停戦協定の発効により、京畿道開城市・開豊郡板門郡を含めた開城直轄市が発足。(1市2郡、うち開城市14洞3里)
  • 1954年10月 - 開城直轄市を廃止。開城市・開豊郡・板門郡が黄海北道に編入。(14洞3里)
  • 1955年1月 - 黄海北道開城市・開豊郡・板門郡を同道から独立させ、開城地区として再編。(1市2郡、うち開城市14洞3里)
  • 1957年6月 - 開城地区が開城直轄市に改称。(1市2郡、うち開城市14洞3里)
    • 高麗洞の一部が分立し、海雲洞が発足。
    • 寿昌洞が南安洞に編入。
  • 1958年6月 (1市2郡、うち開城市14洞3里)
    • 西興洞が南安洞に編入。
    • 徳岩里の一部が分立し、歩仙洞が発足。
    • 板門郡の一部(大蓮里の一部)が開豊郡に編入。
  • 1959年2月 - 雲鶴里が雲鶴洞に昇格。(1市2郡、うち開城市15洞2里)
  • 1960年3月 - 黄海北道長豊郡を編入。(1市3郡、うち開城市15洞2里)
    • 黄海北道金川郡の一部(山城里の一部)が長豊郡に編入。
  • 1961年3月 (1市3郡、うち開城市16洞4里)
    • 黄海北道金川郡の一部(礪峴里および江南里の一部)が開豊郡に編入。
    • 黄海北道金川郡の一部(山城里)、江原道鉄原郡の一部(席屯里・率賢里・冷井里・佳川里・貴存里・獐鶴里)が長豊郡に編入。
    • 長豊郡の一部(龍興里・三居里)が開城市に編入。
    • 満月洞の一部が分立し、松嶽洞が発足。
    • 板門郡の一部(田斎里の一部)が徳岩里に編入。
  • 1961年末 - 長豊郡の一部(山城里)が開城市に編入。(1市3郡、うち開城市16洞5里)
  • 1967年10月 (1市3郡、うち開城市20洞5里)
    • 太平洞の一部が分立し、駅前洞が発足。
    • 南安洞の一部が分立し、南門洞が発足。
    • 高麗洞・善竹洞・雲鶴洞の各一部が合併し、扶山洞が発足。
    • 龍山洞・銅峴洞の各一部が合併し、南山洞が発足。
  • 1977年9月 - 社稷洞が勝戦洞に改称。(1市3郡、うち開城市20洞5里)
  • 1981年10月 - 太平洞が内城洞に改称。(1市3郡、うち開城市20洞5里)
  • 1983年11月 (1市3郡、うち開城市24洞4里)
    • 孫河里が城南洞に昇格。
    • 山城里が朴淵里に改称。
    • 雲鶴洞が分割され、雲鶴一洞・雲鶴二洞が発足。
    • 扶山洞の一部が分立し、紡織洞が発足。
    • 板門郡田斎里の一部が分立し、開城市恩徳洞が発足。
  • 1988年7月 - 龍興里が龍興洞に昇格。(1市3郡、うち開城市25洞3里)
  • 1993年12月 - 南山洞が分割され、南山一洞・南山二洞が発足。(1市3郡、うち開城市26洞3里)
  • 1994年3月 - 徳岩里が徳岩洞に昇格。(1市3郡、うち開城市27洞2里)
  • 2002年 - 開城市および板門郡の一部地域を開城工業地区に指定されるとともに、板門郡廃止。(1市2郡、うち開城市27洞9里)
    • 板門郡の一部(板門邑・進鳳里・平和里・東倉里・板門店里および三鳳里・田斎里の各一部)が開城市に編入。
    • 板門邑が鳳東里に降格。
    • 板門郡の残部が長豊郡・開豊郡に分割編入。
  • 2003年6月 - 開豊郡・長豊郡が黄海北道に編入。(27洞9里)
  • 2003年9月 - 開城直轄市が廃止。同市が黄海北道に編入される。(27洞9里)
  • 2004年1月 - 開城特級市に昇格。(27洞9里)
  • 不明 - 黄海北道開城市になる。
  • 2019年11月22日 - 民族遺産保護局傘下朝鮮民族遺産保存社と社会科学院考古学研究所の科学者たちと、松都師範大学の教師、学生と共に高麗第2代王・恵宗の墓が発掘された。

行政区画[編集]

  • 高麗洞(コリョドン)
  • 冠訓洞(クァヌンドン)
  • 南門洞(ナンムンドン)
  • 南山一洞(ナムサニルトン)
  • 南山二洞(ナムサニドン)
  • 南安洞(ナマンドン)
  • 内城洞(ネソンドン)
  • 徳岩洞(トガムドン)
  • 銅峴洞(トンヒョンドン)
  • 東興洞(トンフンドン)
  • 龍山洞(リョンサンドン)
  • 龍興洞(リョンフンドン)
  • 満月洞(マヌォルトン)
  • 紡織洞(パンジクトン)
  • 歩仙洞(ポソンドン)
  • 扶山洞(プサンドン)
  • 北安洞(プガンドン)
  • 善竹洞(ソンジュクトン)
  • 城南洞(ソンナムドン)
  • 松嶽洞(ソンアクトン)
  • 勝戦洞(スンジョンドン)
  • 駅前洞(ヨクチョンドン)
  • 雲鶴一洞(ウナギルトン)
  • 雲鶴二洞(ウナギドン)
  • 恩徳洞(ウンドクトン)
  • 子男洞(チャナムドン)
  • 海雲洞(ヘウンドン)
  • 朴淵里(パギョンニ)
  • 三居里(サムゴリ)
  • 平和里(ピョンファリ)
  • 鳳東里(ポンドンニ)
  • 三峯里(サンボンニ)
  • 進鳳里(チンボンニ)
  • 田斎里(チョンジェリ)
  • 東倉里(トンチャンニ)
  • 板門店里(パンムンジョムニ)

観光[編集]

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高麗の古都である開城(市街など)は観光地としても有望な場所であり古くから外国人観光用にも開放されている。後述するが、平壌を観光する外国人はあわせて開城を訪問する事例が多い。高麗時代の城壁、王陵、教育機関などは2013年に「開城の歴史的建造物群と遺跡群」として世界遺産リストに登録された。

南側からの観光[編集]

2005年8月にソウル発の日帰り観光が試験的に実施された。その後北側に支払う観光料などの条件面で交渉が続いた。2007年12月からは金剛山観光なども手掛けた観光会社の現代峨山が実施する南側からのバスによる陸路での観光が開始された。

南朝鮮国民は大韓民国旅券ではなく観光証を携帯する。外国人も参加可能であるが、外国人は旅券を持参する必要がある(都羅山で通常の出入国審査がある。ただし、出入国スタンプには「都羅山開城」の但し書きスタンプが添えられる)。

しかし2008年11月28日をもって開城観光は中断された。これにより、すでに中断している金剛山観光も含め、韓国側からの北側への陸路観光が全面中断することになった。

他国からの観光[編集]

基本的なコースに開城と板門店は含まれていることが多い。例えば中外旅行社世界遺産を巡る旅〜平壌・開城4日間(3泊4日)〜をみてみよう。「1日目は北京から空路平壌へその後ホテルへ。2日目は平壌南浦高句麗古墳群を巡る。3日目はいよいよ開城板門店を巡る。4日目は朝食後北京へと空路経つ。」というコースだ。これは一番オーソドックスな上に開城と平壌の間の移動だけのため移動距離も短く初心者向けのコースである。開城市内観光の内容としても、北南分断の象徴である板門店や開城歴史遺跡地区と呼ばれる高麗の首都としての色を濃く残す地域を巡るという、この辺りの地域を多く回るコースであるだろう。という面からしても平壌観光の付属品という見方も多いが、自由の家を、正面から見るなんてことはなかなかないことなので、付属品と言うには少し合わない気がする。

尚、中上級者向けとなると、元山咸興清津と言った朝鮮東海側の街々や、東北部山間地域にある白頭山白頭山密営など、数多くの革命史跡地鯉明水白頭温泉白頭山天池三池淵大記念碑三池淵を抱える三池淵郡や同じく革命史跡地を抱える普天郡を擁する両江道慈江道一帯などに足を運ぶひともいる。

交通[編集]

鉄道[編集]

開城市内には平壌市から軍事境界線を通ってソウル市、それを超えて釜山広域市へ至る平釜線(南側では京義線)が南東方向へと通っている。

ソウルからの開城への鉄道は2003年6月までに修復され、2007年5月には列車の試運転が行なわれていた。同年12月からは、開城工業地区に隣接する板門駅と韓国側の汶山駅との間で、貨物列車日曜日を除いて毎日1往復運行されていた。しかし、朝鮮側が南北間の列車往来を中断すると発表し、2008年11月28日から再び中断した。以後旅客列車の定期運行は行われていない。

尚、2018年12月5日までに北南合同の平義線平釜線の現状調査を行い、同日に結果概要を統一部長官が発表。枕木トンネルを含む施設の老朽化や1990年代から続く慢性的な電力不足や粗悪な鉄を使ったレールなどにより、運行が困難な状況にあるとみられるという。

道路[編集]

この地域の道路は石炭・鉱石・建材・肥料・果物・食塩などさまざまなものを運搬する。これらは開城市における貨物輸送量の82パーセント、旅客は98パーセントを道路運輸が占めている。また、鉄道が敷設されていない長豊郡板門店地域の最大運輸手段であるためである。道路網は平壌開城高速道路を始め、2.3級の各種道路がある。

高速道路[編集]

2級道路[編集]

3級道路[編集]

  • 開城〜ソクドゥン間道路
  • 開城〜豊徳間道路

水上運輸[編集]

漢江臨津江礼成江などの川を使って水上交通が開設されている。碧瀾渡などのさまざまな港湾が加工にある。

教育施設[編集]

大学[編集]

  • 高麗成均館
  • 松都師範大学
  • 開城芸術大学
  • 開城共産大学
  • 開城工業大学
  • 開城体育大学
  • 松都大学
  • アン・ヨンエ大学

中学校[編集]

小学校[編集]

  • 南安小学校

姉妹友好都市[編集]

外部リンク[編集]