パキスタン・イスラム共和国

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国旗

パキスタン・イスラム共和国(パキスタン・イスラムきょうわこく、Islamic Republic of PakistanPK))とは、南アジア西部に位置する国家である。政体共和制。国土面積は79万6000平方キロ(日本の2.1倍)。人口2011年の時点で1億8734万人。人口密度は235.3人/㎢。首都イスラマバード。国名の由来は国家を構成する5つの地方の頭文字パンジャブのP、アフガンのA、カシミールのK、シンドのS、バルチスタンのSTAN)を組み合わせた造語である。同時にウルドゥー語の「pak(清廉な)stan(国)」を意味する。

概要[編集]

歴史[編集]

当地において紀元前3000年頃にインダス文明が誕生した。この地はインダス川の流域に開ける世界4大文明の発祥地の1つであり、モヘンジョダロハラッパといった世界最古の都市遺跡がその代表と言える。同国北部のガンダーラ地方は大乗仏教の源流となり、華やかな仏教美術が開花した。古代から東西の文明の接点として繁栄を遂げ、8世紀イスラム教がもたらされた。以後、この地にはカズニ朝ゴール朝ムガル帝国とその時代の有力王朝が次々と支配下に置いた。ムガル帝国がセポイの乱によってイギリスに滅ぼされた1858年以降はイギリス領インドの行政下に置かれることになる。1906年全インド・イスラム連盟を創設してイスラム教徒の建国運動を開始する。1940年にはインドからの分離での独立を要求するようになり、1947年8月14日にイスラム教徒の多数派の地域がパキスタンの国名をもってインドと共に独立を果たした。独立から1か月半後の9月30日国連に加盟する。1956年に共和制に移行する。

インドとはカシミール地方の帰属をめぐって、1947年1965年1971年の3度にわたって第1次印パ戦争第2次印パ戦争第3次印パ戦争を行い、大規模な戦火を交えている。結局、この戦争での決着は着かず、独立以来インドとの間でカシミール地方の領有をめぐって過激な紛争は続いており、現在まで解決の道筋も全く見えていない状況である。1971年には飛び地となっていた東パキスタンがバングラデシュの国名で分離独立してしまった。

1977年ムハンマド・ジア=ウル=ハクによる軍事政権が誕生し、この政権はパキスタンのイスラム化を推し進めた。ハクは正統イスラムへの回帰を叫び、その強力な独裁をもって旧弊的なイスラム政策を全土に浸透させた。具体的に言うと、元来は利子をとる行為を禁じているイスラムの伝統に従って、1981年から国営銀行の金利を原則全廃にするという「無利子金融制度」を採用した。これにより利益が出れば相応の分配金が受け取れるが、損失が出た場合には預金者も銀行もお互いにリスクを背負うという投資信託に近い制度が導入されることになる。一方で共産主義ソ連に接近して関係を強化する。ところが1988年にハクが飛行機事故により事故死すると、軍政から民政に戻されて総選挙によりイスラム圏で初となる女性宰相としてベーナズィール・ブットーが勝利して誕生する。この女性による政権は大いに期待されて世界から注目されたものの、わずか2年後の1990年に汚職により解任されてしまう。

1992年には非イスラム教徒にまで適用する全面的な禁酒令を採用した。1998年にはインドの核実験に対抗して、パキスタンも同国南西部のチャガイ丘陵で初となる核実験を強行。これにより、パキスタンは世界で7番目の核保有国となった。

2001年、軍事クーデターが勃発してパルヴェーズ・ムシャラフが大統領に就任する。しかしパキスタンでは不安定な政情が続いて2008年8月に辞任する。この頃のパキスタンの政情が不安定だったことを示すものとして、アフガニスタンと並んで政治的安定度が最悪のマイナス2.75ポイントという烙印まで押されているほどである。なお、2007年12月には元首相のベーナズィール・ブットーまで暗殺されている。

アフガニスタンとの国境一帯はタリバーンなどイスラム原理主義組織の拠点と化しており、中央政府の統制が届きにくくテロ行為も相次いでいる。2011年5月には国際テロ組織・アルカイダの指導者であったオサマ・ビンラディンが首都のイスラマバード郊外に潜伏中、アメリカ海軍特殊部隊によって殺害されるという世界に衝撃的な事件も起きている。

地理について[編集]

南アジアの西部に位置し、北西部から南東部にかけて高度が下がり、ほぼ中央部をインダス川が縦に流れている。北部は「世界の尾根」と評されるパミール高原カラコルム山脈が連なっている。北部と西部は乾燥気候であるが、平野部は温帯モンスーン気候の特色があり、6月から7月には猛烈な砂嵐が吹き荒れることもある。

ちなみにこの国の最北部には、世界屈指の長寿村として知られるフンザが存在する。

首都・イスラマバードの年平均気温は22.1度で、最高気温が7月の32.2度、最低気温は1月の10度であり、年間降水量は1166ミリである。

経済について[編集]

パキスタンは労働人口の45パーセントが農民という典型的な農業国であり、小麦は世界第10位、綿花は世界第4位、サトウキビは世界第5位の生産力を誇っている。パンジャブ地方を中心に灌漑用水が整備され、その結果としてかつては食糧輸入国であったパキスタンは輸出国に転換することになってもいる。伝統的に綿織物の生産が盛んであるが、近代化が進むに連れて石油化学や化学肥料などの新興工業も次々と興り、サッカーボールの生産量が世界一を誇るようになった。また、古代からインダス文明が栄えた結果、都市遺跡など様々な史跡や美術が存在し、それを元に観光事業にも力を入れて、パキスタンを訪れる観光客は貴重な外貨獲得資源のひとつとなっている。

しかし、インドとの対立による核開発やミサイル購入により、巨額の軍事費がこの国の財政を苦しめている。またアフガン内戦により175万人から300万人の難民がパキスタンに流入するなど、依然として財政問題や経済問題に課題が多く存在する。

宗教[編集]

住民[編集]

  • パンジャブ人が44パーセント。
  • パシュトゥーン人が15パーセント。
  • シンド人が14パーセント。

言語[編集]

通貨単位[編集]

国内総生産[編集]

  • 1人当たり国内総生産は1050米ドル(2010年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

加盟国
英連邦王国

アンティグア・バーブーダ | イギリス | オーストラリア | カナダ | グレナダ | ジャマイカ | セントクリストファー・ネイビス | セントビンセント・グレナディーン | セントルシア | ソロモン諸島 | ツバル | ニュージーランド | バハマ | パプアニューギニア | バルバドス | ベリーズ

その他の加盟国

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脱退国

アイルランド | ジンバブエ

11はイギリスの植民地・保護国だったことのない国。