近鉄田原本線
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近畿日本鉄道 I 田原本線 | |
---|---|
基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 奈良県北葛城郡、磯城郡 |
起点 | 新王寺駅 |
終点 | 西田原本駅 |
駅数 | 8駅 |
路線記号 | I |
開業 | 1918年4月26日 |
最終延伸 | 1928年5月1日 |
改軌 | 1948年6月15日(概要) |
所有者 | 近畿日本鉄道 |
運営者 | 近畿日本鉄道 |
車両基地 | 西大寺検車区 |
路線諸元 | |
路線距離 | 10.1 km |
軌間 | 1,435 mm (標準軌) |
線路数 | 単線 |
電化方式 | 直流1,500 V 架空電車線方式 |
閉塞方式 | 自動閉塞式 |
保安装置 | 近鉄型ATS |
最高速度 | 65 km/h |
田原本線(たわらもとせん)は、近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線。
概要[編集]
近鉄の路線の一つ。路線図から見ると、いわゆる孤立路線と思われがちだが、西田原本駅から先に延びる線路は橿原線との連絡線となっており、車両の回送等はそこを経由して行われる。
沿線には主に法隆寺、耳成山、馬見丘陵公園、竹取公園、信貴山、法輪寺、舟戸児童公園、竜田川緑地、藤ノ木古墳、唐古・鍵遺跡、開運橋などがある。
歴史[編集]
大和鉄道によって、1,067mm軌間の蒸気鉄道として開業。昭和初期に桜井まで通じ、名張までの路線免許も得て、参急開業にも影響を与えたが戦時中に路線縮小した。
軌間拡幅前、旅客車両は次いでガソリンカー、木炭代燃車が登場した[1]。日本国有鉄道(国鉄)から直通の貨物輸送も行っていた[1]。
戦後は、信貴生駒電鉄を経て、1964年(昭和39年)に近鉄の路線となった。
王寺で接続する生駒線と共に、奈良線のかつての小・中型車の活躍の場だった[1]。
沿革[編集]
※出典:[1]
- 1911年(明治44年) - 田原本鉄道として鉄道事業免許を受ける。
- 1918年(大正7年)4月26日 - 田原本鉄道を大和鉄道に改称。田原本線開業。
- 1923年(大正12年) - 桜井町まで延長。
- 1928年(昭和3年)- 桜井まで延伸。
- 1944年(昭和19年)- 田原本(現・西田原本)- 桜井間休止(1958年廃止)。
- 1948年(昭和23年)6月15日 - 軌間を狭軌から標準軌(1,435mm)に拡幅。
- 1961年(昭和36年) - 大和鉄道が信貴生駒電鉄と合併。
- 1964年(昭和39年) - 信貴生駒電鉄が近畿日本鉄道と合併。
- 1969年(昭和44年) - 架線を1,500Vに昇圧。
- 1992年(平成4年)3月 - ダイヤ改正を機に大型車8400系3両編成を投入。全列車でワンマン運転も実施。
駅一覧[編集]
廃止区間については「#廃止区間」を参照
駅番号 | 駅名 | 駅間キロ | 営業キロ | 接続路線 | 線路 | 所在地 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
I36 | 西田原本駅 | - | 0.0 | 近畿日本鉄道:B 橿原線 (B36) …田原本駅 | ∨ | 磯城郡 | 田原本町 |
I37 | 黒田駅 | 2.0 | 2.0 | | | |||
I38 | 但馬駅 | 1.0 | 3.0 | | | 三宅町 | ||
I39 | 箸尾駅 | 1.5 | 4.5 | ◇ | 北葛城郡 | 広陵町 | |
I40 | 池部駅 | 1.6 | 6.1 | | | 河合町 | ||
I41 | 佐味田川駅 | 1.0 | 7.1 | | | |||
I42 | 大輪田駅 | 1.1 | 8.2 | ◇ | |||
I43 | 新王寺駅 | 1.9 | 10.1 | 近畿日本鉄道:G 生駒線 (G28) …王寺駅 西日本旅客鉄道:Q 関西本線(大和路線)・T 和歌山線…王寺駅 |
| | 王寺町 |
廃止区間[編集]
桜井 - (桜井町) - 東新堂 - 大泉 - 味間 - 寺川 - 西田原本
車両[編集]
先述のように8400系の3両固定編成が全運用を担う。たまに1252系VE58編成が検測のために入ることがあるが、回送扱いで営業運転は行わない。
運行形態[編集]
毎時2 - 3本程度、線内完結列車のみが終日運転される。
関連項目[編集]
脚注[編集]
外部リンク[編集]
- 田原本線 - 近鉄列車走行位置
近畿日本鉄道 (近鉄) の路線 |