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東海道新幹線大阪運転所脱線事故
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東海道新幹線大阪運転所脱線事故(とうかいどうしんかんせんおおさかうんてんじょだっせんじこ)は、 1973年(昭和48年)2月21日に発生した鉄道事故(列車脱線事故)である。
車両基地から出庫した回送列車が出庫線と本線の合流部で停止信号を冒進し、退行しようとしたことで脱線した。
一連の経過[編集]
ひかり338号となる予定の回送715A列車は摂津市の大阪運転所を出庫した。出庫線から本線へ向けて進出しようとした際に停止信号を冒進。異常に気づいた運転士が緊急停止させるも間に合わず、分岐器を割り出して本線へ乗り入れる形で停止した。更に東京の集中司令室の係員が分岐器が出庫線側に開通していることを確認しないまま715Aに後退指示を出し、結果後退を始めた715Aが脱線した。
事故原因[編集]
死傷者は出なかったが、新幹線の安全を揺るがす事故と重大視した国鉄は大規模な調査団を編成して原因の究明に努めた。その結果
- 出庫線の曲線区間にはレール側面とフランジの摩擦を軽減するため、自動塗油器が設置されていた。しかし事故のおよそ10日前に故障したため、手作業で潤滑油を塗っていたがこれが塗りすぎだった。
- 塗り過ぎの潤滑油によって車輪の空転が生じていた。空転を検知した車両搭載の滑走防止装置はブレーキ緩解・強制制動を繰り返し、結果制動距離が通常よりも延びてしまった。
といったことが判明。更にATCの不具合も原因ではないかとされた。
脚注[編集]
鉄道での事件・事故 |