イラク
イラク
- イラク共和国 - 中東、西アジアの国。本項で扱う。
- イラク王国 - 1921年から1958年まで存在した国家。
イラク共和国(イラクきょうわこく)は、アジア西部の連邦共和制国家。
概要[編集]
面積は437,072km²。首都はバグダード(バグダッド)。公用語は、アラビア語、クルド語。
サウジアラビア王国、クウェート国、シリア・アラブ共和国、トルコ共和国、イラン・イスラム共和国、ヨルダン・ハシミテ王国と国境を接している。接している面は少ないが、ペルシャ湾とも接している。
歴史[編集]
カーシム[編集]
1958年7月14日、アブドルカリーム・カーシムやムハンマド・ナジーブ・アッ=ルバーイーらによってクーデターが起こされて、王制を打倒して共和制となる。カーシムは、クウェートの領有権を主張。エジプトよりの政治家を弾圧して、共産党に支持基盤をおく。こうしたことから諸外国はイラクの台頭を懸念して反発。クウェートの併合にも失敗したことで、国内からの反発が強まっていく。1963年2月8日にバアス党によるクーデターが発生して、カーシムは死亡する。
サッダーム・フセイン[編集]
1968年7月17日にバアス党が実権を握る。諸外国との戦争を経てサダム・フセインが権力を掌握。1979年7月16日にサダム・フセインが大統領に就任。1980年9月からはイラン革命の混乱に乗じてイランとの国境を流れるシャトルアラブ川の領有権争いでイラン・イラク戦争が勃発する。開戦当時は欧米諸国の支持を得たイラクが優勢だったが、イラン側も祖国防衛を掲げて反撃して戦争は長期化し、1988年8月20日にようやく停戦する。
1990年にイラクがクウェート侵攻を強行すると、湾岸戦争が発生。イラクはクウェートから撤退を強いられる。2003年のイラク戦争によって、フセイン政権は崩壊する。
イラク戦争後[編集]
イラク戦争後も、選挙は行われたものの治安は改善されていない。
2014年に入ってからは、イスラム国からの侵攻を受けている。