ナザレのイエス
ナザレのイエスとは、西暦の一世紀前半において活動していたとされる人物。
のちに偶像化され、イエス・キリストとして崇拝されることになった。大工の息子として生まれ、刑死したとされる。ユダヤ民族の血を引くらしいが、「イエス・キリストはユダヤ人ではない!」とする強硬なクリスチャンも多くいる。ユダヤ教に通じており、ラビ(教師。「ラボニ」とも呼ばれる)としても慕われたらしい。
概要[編集]
その言行録は福音書として広く知られるが、後世においてさまざまな粉飾や捏造があるため、信頼できるテクストはせいぜい共同訳聖書くらいである。ただし、正文批判の観点からいうと、それでもマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四つの福音書の記述には矛盾する点があるので、「文字通り」解釈するのは危険である。
一時期は実在を疑われたこともある。世紀末をクリアしたのち、現在は釈尊ことゴータマ・シッダールタと東京都立川市内のアパートに居住しているというのはイエス・キリストの方であり、処女懐胎とか死後に復活したとかいうのもそっちである。このあたりを勘違いして「キリスト教もどき」「キリスト教まがい」に引っかかる人もおり、エホバの証人や統一教会などに引っ掛けられる人も少なからずいて、社会問題となっている。
日本では「影武者身代わり説」「海外脱出説」が大正時代には存在する<ref>「竹内文書」は偽書だとされるが、その成立は大正時代である。青森県戸来村には、「キリストの墓」と「その影武者であり、双子の兄弟であったイスキリ(たぶんイスカリオテのユダと比定するのが順当であろう。十二使徒のうち、イエスの受難後に行方をくらましたのはユダだけなので)」の墓がある。</rer>。「海外脱出説」は人気があり、源義経(大陸に渡ってジンギスカンとなったという説。川端龍子が描いている)・織田信長・大塩平八郎などの海外脱出説がある。
人物[編集]
紀元前三年から五年の間ごろに生まれたとされる。現在ではクリスマスが誕生日だとされることが多いが、これは太陽信仰と習合した結果冬至に祝祭日をもってきたというだけの理由である。なお、サンタクロースはクリスマスにやってくるとされるが、サンタクロースのモデルである聖ニクラウスの聖日は十二月八日である。
福音書の記述によれば、酒好きでスケベなおっさんであり、説法において下ネタで笑いをとることもしばしばあるが、キリスト教においてはこの部分を改変する傾向があり、翻訳された福音書からは読み取りづらい。
参考文献[編集]
- 共同訳聖書
脚注[編集]