菅義偉

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikipedia-logo.pngウィキペディア菅義偉の項目があります。

菅 義偉(すが よしひで、1948年(昭和23年)12月6日 - )は、日本の政治家内閣官房長官元号発表者令和おじさん。自由民主党所属の第8期衆議院議員、沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣でもある。父は菅和三郎

来歴[編集]

高校卒業まで[編集]

高校卒業後[編集]

  • 1967年(昭和42年)、東京都板橋区の段ボール工場の現場で住み込みで働き始めたが、このままでは寂しい人生と思い、数カ月で退社した。昼夜働き、ガードマンやカレー屋などのアルバイトをしながら、法政大学法学部政治学科に進学する。「視野を広げるため、大学で学びたい」との理由。
  • 1973年(昭和48年)法政大学法学部卒業。その後、民間企業の建電設備株式会社(現:株式会社ケーネス)に就職し、2年間働く。

政界入り[編集]

  • 1975年(昭和50年)4月、衆議院議員小此木彦三郎の秘書となる[1]。世の中が見え始め、世の中を動かしていくのは政治だと考えるようになる。人生をかけてみたいと思い、政治の道へ進んだ。大学の就職課で「先輩の政治家を紹介してほしい」と頼み、法政大学OB会を紹介され、参議院選挙を手伝うことになる。その時の働きぶりが素晴らしかったと評価され、多くの政治家の事務所から誘いがかかった。橋本昇が秘書をしていた小此木彦三郎の秘書となった。秘書時代に役人との関係の作り方を覚える。
  • 1984年(昭和59年)6月、通産大臣秘書官。
  • 1983年(昭和61年)10月1日に、11年勤めた小此木事務所を辞め、横浜市会議員選挙のため、一日300軒、4月の選挙前までに3万軒をまわり、6足の靴をつぶす。昼に蕎麦屋に入ると、菅は倒れ込んだ。同公社が休むことを勧めたが、菅は、平気だと言い、一軒一軒、家をまわり始めた[2]
  • 1987年(昭和62年)4月、誰もが当選しないと思っていた選挙で横浜市会議員に当選する。
  • 1996年平成8年)10月、第41回衆議院議員総選挙に当選し、衆議院議員になる。小渕派(平成研究会)に所属。
  • 1998年(平成10年)、梶山静六とともに平成研究会を退会。
  • 2000年(平成12年)、「加藤の乱」で加藤紘一らに同調し、不信任案の採決では欠席した。
  • 2001年(平成13年)1月からは堀内派に参加した。5月、自民党副幹事長。
  • 2002年(平成14年)1月、国土交通大臣政務官。
  • 2003年(平成15年9月)、経済産業大臣政務官
  • 2004年(平成16年)10月、国会対策委員会副委員長
  • 2005年(平成17年)11月、総務副大臣
  • 2006年(平成18年)、9月、総務大臣 郵政民営化担当。
  • 2006年(平成18年)12月、内閣府特命担当大臣 地方分権改革担当
  • 2007年(平成19年)6月、自民党神奈川県支部連合会会長
  • 2007年(平成19年)8月、自民党選挙対策総局長
  • 2007年(平成19年)10月、自民党選挙対策副委員長
  • 2009年(平成21年)9月15日、古賀派に退会届を提出。総裁選では河野太郎を応援することが理由であった[3]
  • 2010年(平成22年)9月、衆議院 議院運営委員会筆頭理事
  • 2011年(平成23年)10月、自民党組織運動本部長
  • 2012年(平成24年)9月、自民党幹事長代行
  • 2012年(平成24年)12月、内閣官房長官、国家安全保障担当(第2次安倍内閣)。自民党総裁選で安倍晋三の側近として、安倍政権実現に尽力した[4]
  • 2013年(平成25年)、郵政民営化の考えにそぐわないとして、日本郵政の社長、坂篤郎を就任わずか6か月で退任させた。坂篤郎は2014年(平成26年)3月5日に日本郵政株式会社顧問の退任を発表した。
  • 2014年(平成26年)9月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当(第2次安倍改造内閣)
  • 2014年(平成26年)12月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当(第3次安倍内閣)
  • 2015年(平成27年)10月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当(第3次安倍改造内閣)
  • 2016年(平成28年)7月7日、内閣官房長官の在職期間が歴代最長記録になる。2016年(平成28年)7月7日時点で在職期間は1,290日。
  • 2016年(平成28年)8月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当(第3次安倍第2次改造内閣)
  • 2017年(平成29年)8月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当(第3次安倍第3次改造内閣)
  • 2017年(平成29年)11月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当(第4次安倍内閣)
  • 2018年(平成30年)10月、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当、拉致問題担当(第4次安倍改造内閣)
  • 2019年(平成31年)4月1日午前11時41分、11分遅れて平成の次の元号令和を発表した。

人物[編集]

  • アルコールは全く飲まない。好きなものは「甘いもの」、大福は大好物。

外部リンク[編集]

注・リファレンス[編集]