安倍晋三
安倍 晋三(あべ しんぞう、昭和29年(1954年)9月21日 - 令和4年(2022年)7月8日)は、日本のかつての内閣総理大臣。(第90代、96-98代)自由民主党所属。国民的アンチ巨人。あなたもわたしも安倍総理である。
2022年7月、参院選の応援演説で入っていた奈良県奈良市において、同県同市在住の旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)により人生が破壊されたとして同団体に恨みを持っており、安倍晋三が旧統一教会を支援しているとして恨みを持ったとされる男(当時41歳)により、暗殺された(安倍晋三銃撃事件)。満67歳没。
経歴[編集]
内閣総理大臣就任まで[編集]
1954年9月21日東京新宿で出生[注釈 1]。小学校からの「成蹊ボーイ」で成蹊大学法学部政治学科を卒業後、神戸製鋼所に3年間在職し、後に父・晋太郎の秘書官に転じた。1984年には妻・昭恵(旧姓・松崎。森永製菓の松崎昭雄の娘)と出会い、3年の歳月をかけてゆっくり愛を育むと、1987年に盛大な結婚式を挙げた。
1993年、父の地盤を継ぎ、衆議院議員に初当選。以降、山口4区(下関市、長門市)から立候補し続け、塁計10回当選。2005年、官房長官になる。
第一次安倍内閣[編集]
2006年9月20日に自由民主党総裁に、9月26日に内閣総理大臣に就任。当時52歳で、戦後最も若い就任だった。北朝鮮の拉致問題解決や国民投票法成立に取り組んだが、2007年の参議院議員通常選挙で所属する自民党が大敗、9月26日には辞任に追い込まれた。
第二次安倍内閣[編集]
2012年9月26日、再び総裁に就任。同年の衆議院議員総選挙で大勝すると、12月26日に再び内閣総理大臣になる。一旦辞任して再び内閣総理大臣になったのは、吉田茂以来。アベノミクスを開始し、株価は上昇、円安が進んだ。2013年には特定秘密保護法を成立させた。2014年、衆議院を解散すると、再び大勝利した。
第三次安倍内閣[編集]
2014年12月24日、第97代内閣総理大臣となった。2015年には安保法制を可決、2016年には個人番号制度を開始した。激しくなった北朝鮮の核問題にも対応した。これを乗り切るため、2017年、再び衆議院を解散、ここでも勝利した。
第四次安倍内閣[編集]
2017年11月1日、第98代内閣総理大臣となった。2018年には、成人年齢を18歳にする改正民法を可決。さらに、同年の自民党総裁選で、3選を果たした。2020年8月28日、自身の持病の悪化を理由に退陣を発表。
菅義偉が9月14日に自民党総裁に選出、9月16日に安倍の後継として内閣総理大臣に就任した。
内閣総理大臣退任後[編集]
菅は1年で退任し、岸田文雄が後を継ぐこととなる。岸田の総理・総裁就任の1ヶ月後、細田博之からの禅譲を受諾し党内最大派閥である細田派の会長となる。これにより、細田派は安倍派に改名された。
最期[編集]
令和4年(2022年)7月8日午前11時30分頃、第26回参議院議員通常選挙のため、街頭演説を奈良県奈良市の大和西大寺駅付近にて行っていた際に、銃で背後から2発続けて銃撃され、心肺停止状態になる。銃撃した奈良市在住で当時41歳の山上徹也が奈良県警察に取り押さえられ、同日午前11時42分に殺人未遂容疑で現行犯逮捕された(安倍晋三銃撃事件)。
その後、安倍は奈良県橿原市にある奈良県立医科大学附属病院に救急搬送されて集中治療室に入れられて治療を受けた。しかし同日夕方の午後5時3分、銃撃による失血死のため、死亡が確認されたという。67歳没。
尚、奇しくも敬愛していた父・安倍晋太郎と同年齢で亡くなっている。
長期政権[編集]
安倍晋三は近年稀に見る長い期間、内閣総理大臣を務めている。2019年11月に、桂太郎を抜いて通算在職日数1位を達成した。また、2020年8月まで務めたので、佐藤栄作を抜いて連続在職日数1位となる。
安倍政権の良い点[編集]
- 耳当たりの良い形容詞をたくさん取り入れる。ただし耳当たりの良い形容詞は「真摯に、誠実に、寄り添う」と国民に呼びかけるが、これは心にもない大嘘であったことが多い。
- 周囲の官僚の忖度に慣れ親しみ「責任は私にあります」と述べる(責任とは誰かにある、個人が感じる・果たすものではなく、負い、取り、担うべきものであるということが理解できない。安倍の責任とは、官僚や周囲の人達に転嫁すべきものであるとして実践している)。
- 安倍の前がほとんど短期政権だったことから、一応の長期政権で安定は見せた点。
- 経済が一時的に好転に転じた点(ただしアベノミクスによっても氷河期、非正規雇用問題未解決などの格差は拡大している。しかもアベノミクスの効果があるように見せるため、基幹統計調査が粉飾されていたことが退陣後に判明した)。
安倍政権の悪い点[編集]
- 移民推進法の成立。
- 中国人旅行者ビザ発行条件緩和。
- 日韓慰安婦合意。
- 在日関係が利用する免税店大幅拡大。
- 拉致調査合意で経済制裁一部解除。
- 河野談話の全面踏襲の閣議決定。
- レーダー照射事件のデータ非公開の決断。
- 日韓の軍事機密共有協定締結。
- 竹島問題の国際裁判所への提訴中止。
- コロナ対策より春節・国賓招待優先。
- 北方領土はわが国固有の領土の文言削除。
- 尖閣の領海侵入常態化。
- 加計獣医学部韓国で留学生大量募集。
- ロシアの北方領土開発支援。
- 社会保障費を削減して増税ばかりを繰り返して国民生活は悪化。
- 安保法制、武器輸出、派遣法改正、残業代ゼロ法案、秘密保護法(情報隠蔽)、カジノ法案、核兵器禁止条約に反対。
- 種子法改正、水道民営化、相続税増税、株価操作、年金の株式運用で多額の損失。
- ガーゼマスクをアベノマスクでレトロニムに貶める。
口だけの任命責任者[編集]
安倍は長期政権であるため、たびたびその任命責任が問題視されているが、ほとんどが口だけ「任命責任」というだけで実際に具体的な行動はほとんどしていないのが実情である。
- 2014年10月 - 法相の松島みどりと経済産業相の小渕優子の辞任に対し「2人の任命責任は私にある。難問は山積している。行政、政治に遅滞があってはならない」。
- 2016年1月 - 経済再生担当相の甘利明の辞任に対し「任命責任は私にある。アベノミクスは正念場だ」。
- 2017年4月 - 復興相の今村雅弘の辞任に対し、「任命責任は首相である私にある。掲げた政策を実現し、結果を出して国民の信頼を回復したい」。
- 2019年4月 - 五輪相の桜田義孝の辞任に対し、「任命責任は首相たる私にある。今後も東北の復興に全力を傾ける」。
- 2019年10月 - 法相の河合克行と経済産業相の菅原一秀の辞任に対し、「任命した者として責任を痛感している。行政を前にして進めていくことに全力を尽くす」。
会見しない首相[編集]
新型コロナウイルスで大変な時期である2020年6月18日以来、安倍は1か月以上も会見を行なっていない。わずかに報道陣にコメントを一方的に話すだけであり、その事態が7月25日まで続いている。
親族[編集]
祖父母[編集]
- 安倍寛 - 祖父(父方)。戦前のハト派政治家。「大津聖人」と親しまれた。
- 岸信介 - 祖父(母方)。元内閣総理大臣。佐藤栄作の実兄(岸家へ養子に出されたので姓が変わった)。敗戦後A級戦犯容疑に問われながら不起訴処分となる。「妖怪」とあだ名された。
- 西村静子 - 祖母(父方の祖母)。
父母[編集]
妻子[編集]
兄弟[編集]
傍系[編集]
- 佐藤信二 - いとこおじ(元衆参議員)
甥[編集]
- 岸信千世 - フジテレビ記者を経て信夫の秘書。信千代は誤記。父が後継指名している。