サンデーモーニング

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サンデーモーニング(英字:Sunday Morning)は、TBS系列(JNN)で、毎週日曜日に放送されている関口宏司会の報道ワイドショー情報番組である。それまで30分単位の番組が当たり前だった各局日曜午前がワイド化する先鞭となった。

裏番組の中山秀征が司会を務めるシューイチ(日本テレビ系列ほか)とは毎週激しい視聴率争いを演じている。2005年以降は『サンデーモーニング』の方がリードしている。また、「生放送(シューイチ)より録画(サンデーモーニング)が勝つ」のジンクスがこの時間帯にも現れている。

概要[編集]

初期(1987年10月 - 1997年9月)[編集]

1987年10月4日に放送が始まった(当時の放送時間は8:30 - 9:54(以下、JST)、初期のみ一部地域では9:30まで)。企画・立案は、大橋巨泉である。ちなみに、大橋巨泉は出演しない(スーパーバイザーとして参加)。

1994年4月3日からは、放送開始が30分繰り上がって8:00開始になった。1997年9月までは『関口宏のサンデーモーニング』というタイトルで、北野大ケント・ギルバート三屋裕子新堀俊明定岡正二などがレギュラーコメンテーターとして出演。そのうち、北野大、ケントギルバートの二人は、大橋巨泉の推薦である[1]。関口の所属事務所である三桂タレントが多く出演した。制作スタッフは平日の『モーニングEye』とほとんど同じだった。1994年4月からは8:00開始の2時間に枠が拡大し、テーマ曲が変更されるなどリニューアルされた。

1996年に明るみになったTBSビデオ問題により番組制作を担当していた社会情報局が廃止され、制作を報道局に移管することで番組は継続することになった。

初期から収録日は土曜日で隔週2度録だった(1回目は翌日、2回目は翌週日曜日に放送)。

新サンデーモーニング(1997年10月 - 1999年3月)[編集]

放送開始10周年を機に、1997年10月『新サンデーモーニング』に改題した。関口は残るものの出演者を総入れ替えした。アシスタントに中江有里、コメンテーターには矢崎滋、リポーターとして報道局記者や報道番組のキャスターが出演した。また、声優によるナレーションを導入。ナレーションには戸谷公次が担当した。このテコ入れは、大橋巨泉によるものだった。

現行(1999年4月 - )[編集]

1999年4月に再びリニューアルし、番組タイトルを『サンデーモーニング』と改めた。同年9月からは1997年まで使用していたテーマ曲や一部BGMを復活させ、コメンテーターを新たに起用、三桂セント・フォース所属のフリーアナウンサーがナレーターとして出演している。リニューアル当初はコメントを求めるために大学生が観客として出演する演出があった。また、放送事故は石原発言捏造テロップ事件以外、一切起きていない。

2002年以降、関東地区で15%前後の視聴率を獲得しており、2005年頃から本番組が時間帯1位を奪取し、その後も長らく保持している。一方で番組の主要キャストが高齢化してきた事情から、テレビ誌記者が今後の視聴率について、「その先はどうなるかわからないという弱みを抱えている」と指摘している[2]。これを鑑みて、ジャニー喜多川氏が本番組のリニューアルを模索している。

2002年2月に報道局が、生放送化した上で、司会をみのもんたに交代させる案を企てたが、大橋巨泉に却下された。

2012年9月以降は本番組が関口の地上波における唯一のレギュラー番組となっている。

2013年7月以降は前番組であるがっちりマンデー!!とのステブレレス接続で放送されている。このときから、収録方式が毎週土曜日収録、翌日放送の撮って出しとなった。

2016年7月この番組の主導権を握っていた大橋巨泉が死去。これにより、スーパーバイザー枠を廃止。

年末・新春スペシャルについて[編集]

年に1回、年末または年始に11:25まで拡大して放送される(代わって2001年10月以降、後座番組となっている『サンデージャポン』は休止)。12月30日か31日が日曜の場合は「年末スペシャル」に、1月2日 - 4日が日曜の場合は「新春スペシャル」になるが、元日が日曜日の場合は休止[3]となり1週間前の12月25日に年末スペシャルとして放送される。スペシャル版は2部構成となり、第1部は通常のタイムスケジュールで進行され、9:40頃「風を読む」コーナー部分から第2部となり当年(または前年)をVTRで振り返り、来年(または今年)がどういう年になるかコメンテーターとともに討論する形式になる。2009年 - 2010年は1月3日が日曜にあたっていたが「新春スペシャル」はなく(特別番組で休止)、1週間前の2009年12月27日に年末スペシャル、翌年1月3日にレギュラー版を放送した。2010年 - 2011年は前年と同様に、12月26日に年末スペシャル、翌年1月2日はレギュラー版を放送。2011年 - 2012年は2011年12月25日に年末スペシャル(この年は『報道の日 2011 記憶と記録そして願い』の第一部として)、翌年1月8日はレギュラー版を放送。なお、曜日配列によっては、年末年始も休まず放送する。この場合、12月中旬に収録する。

その他の休止[編集]

出演者[編集]

司会[編集]

アシスタント[編集]

太字三桂所属

現在の出演者

「週刊御意見番」専属アシスタントは2002年9月以前は川村美絵子が、同年10月から2008年9月までは今山佳奈がそれぞれ務めていた。今山退任後は専属担当者を決めず、橋谷以外の3人が持ち回りで担当していたが、2008年12月から唐橋が専属で担当するようになった。なお、今山不在の時は津島や唐橋が代理をしたこともあった。

過去の出演者

  • 佐藤渚(TBSアナウンサー・2011年4月 - 2012年3月〈柴田奈津子と入れ替わり〉)

現在はサンジャポに出ている

初期の頃、司会の関口はアシスタントを「○○君」(例・橋谷君)と呼んでいたが、現在の放送では「○○さん」と呼んでいる。

ナレーション[編集]

パネリスト(コメンテーター)[編集]

コメンテーターの人名紹介テロップは、必ず「さん」付けされる。

過去の出演者

  • 与良正男(毎日新聞論説委員)※岸井の代役。
  • 後藤謙次(政治コラムニスト)※岸井の代役。2008年10月から月1回程度のペースで出演。

週刊御意見番[編集]

  • 大沢啓二( - 2010年9月19日) - 2010年9月26日と10月3日は休演。10月3日に本人からの手紙を関口が紹介し、その中で「体調不良」を明らかにしていたが、10月7日に死去した。
  • 張本勲

大沢死去後の2010年10月17日から週替わりで、TBS系列の野球解説者を含め、様々なジャンルのスポーツ評論家が出演している。

週替わり[編集]

1回の放送に5~6名が出演。太字三桂所属

過去の出演者

主なコーナー[編集]

メインニュース[編集]

放送開始前の1週間以内に起きた出来事3つ程度をニュースとして取り上げ、VTRによる検証とスタジオトークを展開する。現在は手作り風の小道具を用意し、アシスタントがそれを用いながら原稿読みをしている。

週刊御意見番[編集]

雑誌の中吊り(順番は中吊りの右側から順に進む)をイメージした項目フリップに沿って関口が進行し、御意見番がプロ野球を中心にスポーツの様々な話題について「球界の御意見番」として辛口のコメントをする。憤りを感じるネタには『喝』、素晴らしいネタには『あっぱれ』と称して、関口がそれぞれのワッペンを項目フリップに貼っていく。ゲストコメンテーター制になってからはゲストは一週のみ出演であり、コーナーの勝手が分からないのか、あまり積極的に『喝』や『あっぱれ』を言わないため、関口に促されて『喝』や『あっぱれ』を言うことが非常に多い。ちなみに、ゲストコメンテーターが初登場の場合に限り、過去の懐かしいまたは印象的な映像を用い、当該日に出演するゲストの当時のエピソードなどを語るのが決まりとなっている。赤丸が付いている記事はアシスタントのナレーション付きで紹介する。時に自分で製作した表を使ってその内容を詳しく解説することもある。

本コーナーは1999年7月頃に『親分は怒ってるんだぞ』と言う題名のコーナーでスタートし、程無くして現在の形態となった。当初は20分程度のコーナーであったが、好評だったために段々と時間が延ばされ、現在は40分程度となっている。前半で進行が遅れると後半の話題がカットされることがあり、その場合には中吊り風フリップに合った見出しの上に無地の紙が貼られて隠される。後半には日本ではあまり有名ではないスポーツ(ニュースポーツ)が取り上げられることが多く、例えばカバディペタンクスポーツチャンバラといった競技から、変わった所では競技かるたをスポーツとして取り上げることもある(年明け最初の放送で、必ず競技かるたの名人・クイーン決定戦の模様を放送する[4])。また、少年少女や高齢者のみで行われるスポーツ大会も後半で取り上げられる。これらについては勝敗に関係なく、参加した全員に対し健闘を称え「あっぱれ」をあげることが多い(極稀ではあるが、マナーの悪い小中学生がいた場合等は「喝」をつけることがある)。

2009年から、日本人メジャーリーガーはその週の結果によって、投手・野手関係無く成績の良かった選手には「エエジャー」(顔はピンクで笑顔)、反対に成績の悪かった日本人選手は「ダメジャー」(顔は青で罰顔)と言う称号で紹介する様になり、2010年からは良いとも悪いとも言えない場合の「どっちジャー」の称号も使用されている。しかし張本らのメジャーリーグ嫌いが影響してか、2011年にはコーナーで扱われることは減り、称号も使用されなくなった。

中西哲生出演時はサッカーに関する話題を中西が解説し、理論面からサポートする。その際に中西が「喝」「あっぱれ」を入れることがある。中西は本コーナーで2006年のドイツワールドカップでの予想を求められた際には、「予選リーグで3連勝もあれば3連敗の可能性もある」というコメントをしており、実際に日本はグループリーグで1分2敗を喫して敗退した。

スポーツが専門である中西以外のコメンテーターも関口からコメントを求められたり、自主的に発言することもある。特にラグビーの話題や出身校である早稲田大学関連の話題に関しては浅井慎平、横浜DeNAベイスターズの話題に関しては浅井信雄、相撲の話題に関しては岸井成格、水泳ゴルフの話題に関しては大宅映子、卓球の話題に関しては佐高信、陸上競技の話題に関しては河野洋平と、その競技に縁のあるコメンテーターが発言し、「喝」「あっぱれ」の判定に影響を及ぼすこともある。

張本(かつては大沢も)が地方の仕事などでスタジオに来られない場合に、バーチャル出演することがある。この場合、地方のスタジオから出演している姿を、東京のスタジオの本来のポジションに合成する[5]。コーナー開始当初は大沢と張本のどちらかが出演できない場合に、TBS解説者である衣笠祥雄が出演することがあったが、その後はバーチャル出演もしくはどちらかのみの出演になった。ただし、2012年12月13日放送分は、張本が諸事情で欠席しバーチャル出演も行わなかったため、代理に大八木淳史上原浩治の2人を招聘して本コーナーを進行した。

  • 張本は「喝」を、かつて出演していた大沢は「あっぱれ」をよく付ける傾向にあり、また関口が「喝」「あっぱれ」を付けるように2人に促す場合もある。
  • 著しく不愉快なものや、スポーツマンシップに反する行為については「大喝」をつける。
  • プロ野球経験者ならではの視点で、特に野球に関しては素人から見れば「喝」をつけそうなネタでも、同情的なコメントをしたり、逆に称賛されるべきことに対して厳しいコメントをすることがある。
  • プロ野球人気の低下を危惧しており、メジャーリーグの話題も「日本人選手のことが気になるだけで、別にどこが勝とうがどうでもいい」(大沢・張本両名は「メジャー嫌い」をこのコーナーで公言している)という発言や、TBSだけでなく他の在京キー局がプロ野球中継を削減していることに関して「なぜこんないい試合(=クライマックス・シリーズや国内のペナントレース)をテレビでやらないのか」とコメントしている。
  • 野球に次いで積極的に発言するのはゴルフである(ゴルフの解説は小山武明が担当する。この際、小山は副調整室から出演し、関口が司会を務めていた『クイズ100人に聞きました』になぞらえて「屋根裏のゴルファー」と呼ばれる)。
  • 一方、サッカーについては、野球やゴルフほどクローズアップされない。過去に中西のDFのポジション取りの説明中に関口が「わけわかんないから、ゴルフにしてくれ!!」と強制的にゴルフ替えられることがある。サッカーでは、中西以外が「あっぱれ」「喝」をつけることは少ない。ただし、Jリーグの成績を示したフリップ(J1は18チームあるので縦長になる)を映す際、関口が「最後まで映りましたか?」と最下位チームの成績まで映ったかを必ず確認する配慮をしている。
  • 大沢が全国野球振興会の元理事長で、振興会が設立に深く関わったプロ野球マスターズリーグ議長職を務めていたため、マスターズリーグ開催中はその試合内容を伝えることが多い。マスターズリーグが行われる冬季においては、コーナーの最後では懐かしの名選手の紹介を交えながら、マスターズリーグの珍プレー好プレー・開催予定のマスターズリーズの試合日程を伝えていた。
  • 2005年12月に仰木彬の死去の際に関口が(生前の功績に対し)「“あっぱれ”をあげましょう」と発言したが、張本に発言の真意が伝わらず「亡くなっているのに“あっぱれ”はあげられません」と発言した。
  • 通算安打の話題ではプロ野球記録保持者の張本の名前が上がる。また退場の話題では通算退場回数7回(生前歴代4位)の大沢の名前が必ず上がり、毎回笑いを呼ぶのが恒例だった。
  • 2000年代中頃からは大沢がその1週間で中心になった人物に関する自作自演歌(多くは替え歌)を歌いながら登場するのがこのコーナーがスタートする時のお決まりになっていた。ただし、災害などの不幸事が起きた場合は自粛していた。大沢の死去後は、かつてのTBSスポーツ中継のテーマ曲「コバルトの空」で登場するようになった。
  • このコーナーは『王様のブランチ』の「視聴率瞬間ランキング」にも毎週のように登場し、上位にランクする。
  • プロ野球のハイライトでは実況音源がよく使われている。基本的にはテレビ放送からの中継音源だが、ラジオ放送から(TBS系列でのテレビでの中継放送がない時)の音源や、取材用に収録した音源が使われることもある(テレビ・ラジオ放送の音源はTBS系列局からの放送のみ使用)。ラジオの野球中継がJRN(TBSテレビの兄弟会社・TBSラジオがキー局)・NRNニッポン放送文化放送がキー局)のクロスネットになっている局東北放送毎日放送中国放送)の音源も、ネットワークの担当曜日に係わらず使用しているため、NRNナイターとして放送された中継音声が流れることもある。ただし、ヤクルト主催試合はラジオも含めてTBSに放送権がないため(ヤクルト主催試合の放映権はフジテレビにある)、実況音源なし、もしくはアフレコ実況となる(試合映像はフジテレビから提供)。2010年度からはTBSラジオでの土曜・日曜の野球中継が編成されなくなったため(ビジターチームの地元局向け裏送りは継続)、当該曜日の在京球団主催試合の音源がアフレコになるケースが増加している。
  • プロ野球以外の一部のスポーツにもプロ野球同様のアフレコ実況が加えられている場合がある(Jリーグ、ラグビー、大相撲他)。
  • 2010年5月23日放送分で、張本が途中降板した当時東北楽天ゴールデンイーグルス投手の岩隈久志へ「エースとしてマウンドを守るべき」と「喝」を入れた。この際、出演者である江川紹子は「途中降板もありなのでは」という意見を述べた。放映中には口論にならなかったものの、両者の関係がこじれたため、後日TBS側は何度か両者と話し合いを行った。しかし解決に至らず、江川は6月20日放映分への出演自粛をTBSから求められたとツイッターで明らかにした。江川は今後の出演予定は未定としていた。その後江川はツイッター閲覧者からの「復帰しないのか」という質問に、「張本さんがお出になっている間、私の復帰はない、とのことです。数日前、正式に通告がありました」と回答。番組関係者は、「江川さんとは年間契約などをしているわけではない。コメンテーターとしての出演をお願いしないということです」と説明した。
  • 大沢が死去した週の週末となる2010年10月10日放送分では番組冒頭からスタジオに大沢の写真を置き、御意見番コーナーでは約半分を「追悼 大沢親分」として大沢の野球人生や番組に関する思い出などを振り返った。その後、同年12月19日放送分の2010年墓碑銘でも、少しではあるが取り上げられた。
  • 1年の最後にはその年1年のスポーツを振り返るコーナーとして「総喝スペシャル」が放送される。2006年にはナンバーワンの喝とその主役に「大喝グランプリ」が贈られた。
  • 2008年の最後の放送では、大沢と張本それぞれが1年の間に印象に残った「喝」を取り上げた。
  • 2009年の年末スペシャルでは、1年間放送されてきた喝のシーンを「あんな喝、こんな喝」と題して取り上げた。ちなみに、ゲストコメンテーター制になってからは、この1年間に放送された中から特に印象深かったものを取り上げ、該当する放送日に出演したゲストのエピソードも交えて振り返る。
  • 「カツをいれる」という慣用句は、喝を入れるではなく活を入れるという表現が正しい。2010年11月21日放送のフジテレビ系列『平成教育委員会』でこの問題が出題されたが、本コーナーの影響からか出演者の多くが「喝」と答えていて、北野武も「大沢親分の喝」と発言しており、いかに本コーナーの影響力が大きいかというのを物語っている。
  • 2001年にアメリカ同時多発テロ事件が発生した際は2週休止になった。2011年3月13日と20日は東北地方太平洋沖地震東日本大震災)による番組内容の大幅変更でコーナー自体が休止し、27日から再開したが、「喝」「あっぱれ」という表現は行わなかった。
  • TBSが株式を保有するプロ野球球団・横浜DeNA(前身・横浜ベイスターズ時代はTBSが親会社)の結果や話題を取り上げることが多い。また、2013年1月20日放送分では横浜DeNA監督の中畑清が助っ人ご意見番として出演した。
  • 2013年9月8日は、(日本時間)同日早朝に2020年夏季オリンピック・パラリンピックの東京開催が決定したことから、番組冒頭は関連情報を放送し、そのつながりで、通常より15分ほど早い8時25分頃からコーナーが始まった。

2015年2月1日は後藤謙二が殺害された為休止になった 2015年11月8日は張本が女性と言いすぎた為喝と言われてしまった。ヤフー乗っていた。ヤフーに乗るのは珍しい。サンジャポはほぼ毎週乗っている。 2016年5月8日は張本が岡崎にあっぱれ言わずゴルフにあっぱれと言った。ヤフー乗っていた 2016年6月19日は張本がイチローにあっぱれ言った。ヤフー乗っていた

一週間のニュース・週間天気[編集]

開始以来続くコーナー。テーマ曲をBGMにして関口がその週の主なニュースを紹介し、コメンテーターに意見を求める。訃報も爽やかなテーマ曲が流れ続ける不謹慎な一幕もあった。現行では前半で取り上げなかった話題が中心。

  • 一通りニュースを読み終わった後に関口による『カメラ外に出ます』という一言で映像がお天気カメラ(概ね横浜または皇居、夏場や富士山がよく見える場合などは江の島)に切り替わり、それをバックに週間天気が表示され、スタジオからコメントが入れられ、その後次のコーナーに移る。2013年夏からは中継コーナーが長くなり、毎回首都圏各地の変わった場所を、カメラマンが手書きフリップを見せながら現地中継するようになった。
  • 通常は前週の日曜から順番に取り上げていくが、2004年11月に発生した元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件の際は最初に取り上げて、前コーナーからそのまま待機させていた大沢と張本にコメントを求めた。
  • 週間天気は「風をよむ」のコーナーの登場とともに終了となった。

風をよむ[編集]

ニュースよりも主に世相の動きを取り上げ、通行人のインタビューを織り交ぜながら、コメンテーターの見解を聞いていく。現代の世相をそぎ切りつつ、明日の日本、世界を展望する。

  • 現在のタイトルになったのは2002年になってからで、2000年までは「ブリッジ21」、2001年は「breeze21」というタイトルで放送していた。コメンテーターが発言する時にBGMとしてエンヤの「Only Time」が流れていたが、2013年現在は2002の「First Daughter of the Moon」に代わっている 。
  • 当日出演のコメンテーター全員が必ず指名されて発言する。毎回政治や外交の話題が殆どではあるが、サッカーが専門の中西などもコメントする。
  • 2011年3月13日から休止され、代替企画として3月27日からは「考(こう)・震災」が放送されていたが、2012年3月18日から再開された。

今週の一枚[編集]

番組のエンディングで行われ、CM前に一部分が隠された写真を見せ、CM明けに隠された部分をめくって紹介する。

  • 世相を反映したと思われる光景・現象の写真が多い。
  • 「風をよむ」が長引いた場合は中止される(この場合、最後にコメントする岸井の見解をCM明けにまわし、エンディングで岸井が見解を語る)。まれに、関口が写真を出そうとしたが、「あっ、時間がない?」と言って写真を下げる光景もある。かつては、中央競馬の主要GIレース(日本ダービー有馬記念など)がある日にも中止して、出馬表を紹介していたこともある。

○○年墓碑銘[編集]

通常放送の年内最終日限定のコーナーで「風をよむ」の代わりに行う。9:35頃、その年に亡くなった有名人・著名人を一気に紹介する。ただし、芸人は取り上げない。

終了したコーナー[編集]

早わかり一週間
番組冒頭で、一週間のニュースをコンパクトに振り返る。このコーナーが放送されていた時期は本コーナーを3分程度放送してからオープニングが放送されたが、番組開始直後とオープニング、MC挨拶の間にCMが入るやや変則的な構成になっていた。
ニュースのその後
世間を騒がせたニュースの現場の「その後」を、当時出演していた長岡杏子アナウンサーらが取材。

テロップ捏造事件[編集]

詳細は「石原発言捏造テロップ事件」を参照

2003年11月2日の放送で、当時東京都知事の石原慎太郎の「私は日韓合併を100%正当化するつもりはないが、(以下略)」という発言に「私は日韓合併を100%正当化するつもりだ」という正反対のテロップをつけ、音声・映像もテロップに合わせるように「…つもりは…」と切って編集し、放送した。コメンテーター達もその映像、テロップに沿って都知事を批判した。しかし一方では、後枠『サンデージャポン』では普通に「つもりはない」と、石原の発言を出していた(岸井成格はこの発言の翌日に石原と面会したと発言していたが、テロップミスに気付いていなかった)。翌週の番組内にこの放送に関しての謝罪があったが、あくまでも「テロップミス」に対する謝罪であり、意図的ともいえる編集、及びそれらに基づいてなされた都知事批判に対する謝罪はなかった。石原知事は告訴し、2004年12月14日、番組制作にかかわったプロデューサーら4人が名誉毀損の疑いで書類送検されたが、その後刑事処分は不起訴となった。

その後石原はTBSに相手に8000万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしたが、2006年6月22日に東京地裁で和解が成立。TBSが誤報を認めて謝罪し、石原は賠償請求を放棄した(同年6月23日未明のNHKラジオニュースで放送し、TBSは『イブニング・ファイブ』が伝えた)。

備考[編集]

  • 男性出演者は関口を筆頭に原則ノーネクタイ(冬季の場合はアスコットタイをする人もいる)などカジュアルな装いで出演する(大抵は背広ブレザーワイシャツ。ただし浅井慎平のみ主にジージャン、ご意見番の大沢のみ和装で出演)。ただし、事件・事故など緊急時になると関口は(場合によっては男性出演者全員)スーツ・ネクタイ姿になる。
    • 大沢死後最初の放送となった2010年10月10日の放送では出演者全員が黒めの服装で出演。
    • 2011年3月11日の東日本大震災発生直後となる3月13日放送分から4月24日放送分までの毎週および12月25日の年末スペシャル(『報道の日』の第1部)では、スーツ・ネクタイ姿。
    • その東日本大震災による原発停止の影響で電力不足が懸念された2011年夏季の放送では、ほぼ全ての男性出演者が半袖シャツにネクタイ姿という、他のニュース番組より度合いが強いクールビズの装いに統一されていた(ただし、浅井慎平はここでもノーネクタイ)。
  • ナレーションは女性アシスタントがスタジオで原稿を読む。時間が長くてもストレートニュースと構図は同じであり、芸能の話題はほとんど取り上げない(例外として、大物芸能人の死去や引退のニュースについては取り上げることもある)。ニュース、スポーツが内容の中心であり、政治や国際情勢に重きを置いている。
  • 先述の2011年3月13日の放送では、東日本大震災関連の報道特番としてCMなしで11時30分まで延長放送された(詳細はそちらを参照)。
  • 番組中のテロップはTBS報道局の現行デザインではなく、1997年からのものを継続して使用し続けている(少なくとも『総力報道!THE NEWS』で一度デザインが変更されているので、それ以前のデザインであると思われる)。
  • 1990年頃から女性リポーター専属事務所セント・フォースからもフリーアナウンサーを起用し始めている。1997年のリニューアル時に、報道局主導の制作に代わったことによりキャスター陣全てをTBSアナウンサーに代えた時期もある。現在、キャスターはTBSアナウンサーの佐藤渚以外、三桂とセント・フォース所属、レギュラーコメンテーター陣の一部が三桂所属とするスタイルに戻っている。
  • 東海地区中部日本放送)・関西地区毎日放送)・北部九州地区RKB毎日放送)では常時15%以上の高視聴率を得ている(週間視聴率ベスト10にランクインされることもしばしばである)。回によっては、20%以上得ることもある。
  • 湾岸戦争イラク戦争に関しては、対話での解決よりも武力で国際紛争に介入するアメリカの姿勢を開戦当時から批判し、「爆撃の被害を受けたイラク」というスタンスで報道する。湾岸戦争終結後の1992年にはイラクでの現地取材を行い、アメリカが「化学兵器製造工場」だとして爆撃した施設を、「粉ミルク製造工場」であるとのイラクの主張に則って取材している。2008年現在、日本のテレビでイラク戦争に関する関心が遠のきつつある中、積極的に報道を続けている。
  • 大相撲が若貴フィーバーに湧いていた1991年、NHKテレビ朝日の『大相撲ダイジェスト』以外の番組は、1回の放映に原則1取組しか放映できなかったため、関口が「相撲協会さん、せめて2取組位放送させてください」と発言したところ、その年の夏場所の映像の配信を日本相撲協会から拒否されたことがあった。この配信拒否は本番組のみならず、TBSテレビの全番組に及んだ。
  • 本番組内で天気ループを表示している地域は非常に少なく、現在ではチューリップテレビ北陸放送山陽放送あいテレビ大分放送琉球放送の6局のみである。
  • 毎年4月上旬に『マスターズゴルフ』が生中継されるため、この時に限り8:30スタートになる。
  • 本番組内で放映されるCMは高齢層を意識した内容のものが多い[6]
  • 本番組が生放送できない理由は、出演者に高齢層が多いことや、体調面を考慮しているためである。

スタッフ[編集]

  • 構成:平松邦宏、雀部俊毅、田中陽一、藤井誠、大野剛
  • 監修:上西研三郎
  • ナレーション:鈴木麻里子
  • TD:瀬戸博之、山田賢司、依田純
  • VE:姫野雅美、下山剛司、菅沼智博(菅沼→以前は、音声)、佐藤公幸
  • 音声:朝日拓郎、渡邊学、山田健吾、相馬敦
  • 照明:山本守
  • カメラ:中村年正
  • 美術制作:平原道夫
  • 美術プロデューサー:中西忠司
  • フラワーアレンジ:中川雅子
  • 装置:西原武志(以前は、大道具操作)
  • マルチ:小林篤(以前は、電飾)
  • オブジェ製作:中島勘也
  • AD:戸所佑輔、杉浦慎一
  • ディレクター:松井幸雄、原哲男、市来忠紀、田向玲子、塩飽達也、杉山拓、工藤和靖、吉田敦、大橋孝大、荒井正春、久我雄三、大槻悦子、重原由佳
  • 制作協力:東京ビデオセンター、ファーストハンド、メディア・バスターズ泉放送制作、プロジェクトウィング、JOBX、81NEWS、Profit inc
  • 番組宣伝:樋口真佳
  • 協力:sankei(清水康三)
  • チーフディレクター:出原宏明、金富隆
  • アシスタントプロデューサー:橋本敏雄
  • スポーツプロデューサー:松原健(以前は、ディレクター→チーフディレクター)
  • 番組プロデューサー:廣井紀年
  • 制作プロデューサー:西野哲史(2011年10月9日 - )
  • 製作著作:TBS

過去のスタッフ[編集]

  • 制作プロデューサー:日野桂文、向山明生(2010年4月4日 - 2011年10月2日)
  • 番組プロデューサー:鈴木宏友、赤坂知泰
  • チーフディレクター:鮎澤毅、岡崎吉弘、石川豊、遠山友季、水口康成、本田三奈(本田→以前、番組宣伝)
  • 制作協力:C3、千代田ラフト、TRIM、幸喜、エフエフ東放
  • ディレクター:深川隆司、中村有里、佐藤純一、遠藤靖、仙波幸英、本橋英明、進藤昭人、古橋大輔、飯村雅之、山瀧祥子、峠田浩、橋本梓、山本有人、近藤容一、八木仁士、溝口勝之、浦弘二、稲田博臣、片山薫、福永大輔
  • 番組宣伝:小池由起
  • 大道具製作:藤満達郎
  • 音響効果:アーツポート企画
  • スーパーバイザー: 大橋巨泉

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. 北野大は「クイズダービー」で、ケント・ギルバートは「世界まるごとHOWマッチ」でそれぞれ回答者として共演経験をもつ
  2. http://wjn.jp/article/detail/8156922/ 週刊実話(2013年3月17日)
  3. ニューイヤー駅伝』を放送する。
  4. ただし、2013年の放送は、競技かるたを取り上げられなかった。
  5. この技術は、同じTBSの番組である『情報7days ニュースキャスター』で橋下徹(大阪府知事時代)がMBSのスタジオから出演する際にも活用された。
  6. 日刊ゲンダイ』2011年9月2日付

関連項目[編集]

ニューススター。2014年10月6日スタートの芸能スポーツの見出しが週刊ご意見番意識している

外部リンク[編集]